バカな私。―望乃夏
「………………あ、あの、雪乃…………。」
「………………知らない、もう…………。」
向こうのベッドに横たわる雪乃に声をかけるけど、連れない態度。
「………………その………………引き出し開けちゃったのは謝るから………………。」
むすーっとする雪乃の背中に向けて謝る。
「………………あのアルバムは、望乃夏にだけは見られたくないの。」
「そう、なの………………。」
「………………いつか、…………そう、いつか見せてあげるから、今はまだダメ。」
そう語る雪乃は、どこか無理してるみたいで。………………思わず、自分のベッドを立つ。そして、一直線に雪乃のベッドに向かって、布団を剥いで自分も包まる。
「………………入ってくるなら、一言言いなさいよ。寒い。………………それに、風邪移っても知らないわよ?」
「雪乃の風邪なら、貰ってあげたいぐらい。…………練習休ませちゃったし、そのせいで辛い思いもさせちゃったし。」
あっ、しまった。口止め、されてたのに………………。だけど、雪乃はそれに気づかなかったようで、
「………………そうね、一日身体を動かせなかったから感覚も鈍ってるだろうし、明日は猛特訓しないと。」
「へぇ……………………。そ、そういえば雪乃ってバレー部の中でも期待されてるんだってね。鍋焼きうどん作ってる時に経堂さんと安栗さんから聞いたけど。」
「………………あら、一足先に会ってたのね。………………まぁ、一年生で公式戦のスタメンに入れて貰ってるのなんて私だけだし。………………まぁ他にも何人か代打的なポジションで控えに入ってる人はいるけど。安栗さんもその一人よ。」
「へぇ、そうなんだ………………。」
雪乃はどこか誇らしげに話してくる。…………………………でも、こんな雪乃を嫌いな人がいるなんて、私は信じたくない。
どこか自慢げな雪乃だったけど、突然何かを思い出したように焦り始める。
「………………ねぇ望乃夏、経堂先輩はともかく、…………安栗さんから何か変なこと吹き込まれてないでしょうね?」
「へ、変なこと…………?た、例えば?」
「そ、それは………………その…………」
「…………………………辛いものが苦手だから、合宿のメニューを甘口カレーにするようにせがんだこと、とか?」
雪乃が、暗闇でも分かるぐらい真っ赤になる。
「なっ…………………………ど、どうしてそれを…………まぁ情報源は想像がつくけど………………」
文化のやつ後でどうしてくれようかしら?なんて物騒なセリフが聞こえてきて、私も焦る。
「い、いや、辛いのが嫌いなのは別におかしい事じゃないと思うよ、うん。……………………こ、これからの参考にもなるし。」
「………………わ、悪かったわね。お子様で。」
雪乃が半ばヤケになりながら言う。
「………………私にだって嫌いなものあるよ。白いアスパラに、生のトマトに、あとお刺身とか。だから雪乃も嫌いなものとか苦手なものとか教えて?………………つ、次のデートの参考にするからっ…………」
私の顔もぽふん、と爆発する。
「………………そ、そうね…………明日にでも教えてあげるわ…………。」
…………雪乃かわいい。そんな受け答えで気持ちが緩んだからか、私はつい口にしてしまった。
「もう、そんなに可愛いんだからもっとみんなと仲良くすればいいのに。」
「………………望乃夏、それどういう意味………………?それと、仲良くすればって………………まるで私がみんなと仲悪いみたいじゃない。なんでそう言いきれるの?」
雪乃の質問を聞いた途端、背中に氷水が流し込まれるような感覚を覚えて身震いする。………………しまった、言っちゃった………………。
「そ、それは………………。」
必死に目を泳がせるけど、それがますます雪乃の追求を厳しくする。
「ねぇ望乃夏。私に何を隠してるの?………………なんで私の人間関係を予測できるの?………………………………そして、『お風呂で一体何があったの』?」
追求の刃が、私に突き刺さって抉りとっていく。……………………経堂さん、安栗さん………………どうやら、もう秘密には出来ないみたいです。
ちょうどその時、部屋の扉をノックする音。雪乃をチラッと見ると…………厳しい顔をしてる。けど、扉は私達の返答を待つことなく開く。
「ども〜墨森ちゃんいる?」
「く、栗橋さん…………返事ぐらいは待ってよ…………」
「ごめんごめん。でもお礼言いたくて。お風呂場で私のパンツ見つけてくれたんでしょ?ほんとありがとぉー♪」
「あ、ああ、あれ、ね………………」
隣の雪乃も、すっかり毒気を抜かれて呆気に取られてる。今回ばかりは栗橋さんにめっちゃ感謝する。
「あ、そーそー。右腕だいじょーぶ?お風呂場で派手な立ち回りしてたからねー、いやー墨森ちゃんもやるときゃやるんだねーうんうん。」
ごめん前言撤回。こいつ今すぐつまみ出したい。
首をギギギと曲げると、案の定雪乃は私のことを興味深そうに眺めてる。………………ただし、その目は全くもって笑ってないけど。
「あっ、それじゃあ私は郷奈ちゃんとこ戻るね!!」
と、場を荒らすだけ荒らしまくって栗橋さんは出ていく。そして、扉が閉まると同時に、私は雪乃に肩をつかまれる。
「さて、お風呂場で何があったのか、じっくり聞かせてもらおうかしら………………?場合によっては、今夜は寝かせないわよ?」
「お、おおおおおおおお手柔らかにっ!?」
「………………なるほど、お風呂場で私の醜聞?というか悪口を話し合う二人組を掴まえて、一発殴ったと………………。」
「…………………………はい。」
現在、私はベッドの下の床に正座させられて、ベッドに腰掛ける雪乃に見下ろされている。
「……………………その話から察するに、その二人組は須田さんと大原さんね。練習態度はお世辞にもいい方じゃないからあまり多くは知らないけど………………そう、私に対してそんなことを思ってたのね。」
雪乃が伏し目がちになる。
「ご、ごめん……………………雪乃が悲しむと思って、黙ってようと思って………………」
「………………バカね。手を出した時点で噂になって、次の日には私の耳に入ってたわよ……………………。それに、経堂先輩と安栗さんに止められたってことは、口止めもさせられたんでしょ?………………全く、あの二人はどれだけ私に対して過保護なのかしら………………。」
「ゆ、雪乃………………悲しんでないの?」
「………………なんで?むしろ腹なら立ってるけど。」
「い、いや………………部活の仲間からそういう風に思われてて………………寂しくないのかなって。」
雪乃が、大きなため息をつく。
「大丈夫よ。………………私は『あの時』から一人で生きるって決めたんだから……………………。ま、それも誰かさんのせいでおじゃんだけどね。」
雪乃が私のことをチラッと見る。
「でも………………ごめん、雪乃………………あいつらに、謝らせることも、発言を撤回させることも出来なかった…………。」
ポロッと、涙が零れる。そんな私を、雪乃が優しく抱きとめて。
「………………望乃夏は、私のことで泣いてばっかりね。………………私のことじゃなくて、たまには自分の心配もしなさいよっ………………。」
「………………だって、雪乃のこと…………。」
頭と背中をよしよしと撫でられる。………………こんなの、いつもと逆じゃん…………。
「………………さ、寝ましょ。…………今日は、私がこっち向いて寝るから…………好きにしなさい。」
雪乃が、半分だけスペースを残してごろんと転がる。私は、そのスペースに身を転がして、雪乃の胸に顔を埋める。
………………ダメだな、私。雪乃を守れなかった上に、逆に雪乃に心配かけさせて………………こうやって、慰めてもらってる。
………………私って、ほんとバカ。
┌(┌'ω')┐<次回、修羅場