ダブル椛…………―雪乃
全く、遅いわね………………望乃夏は一体、何してるのかしら。
………………そりゃあ、ゆっくりしてきなさい、とは言ったけど。それにしても、遅すぎない?
私は、望乃夏が出ていってからもうすぐ一周しそうな時計を睨む。………………まさか、またお風呂で倒れてるんじゃ。私の頭に、嫌な予感がよぎる。
スニーカーを履いて立ち上がる………………うん、もう、動ける。そして、部屋の扉に手をかけると………………向こうから、部屋の扉が開けられる。
「の、望乃夏………………。」
「雪乃………………もう、自分で歩けるんだ………………。」
「え、ええ、まぁ………………。」
どこかよそよそしい雰囲気を醸し出す望乃夏が、部屋へと入ってくる。………………どうしたのかしら。
望乃夏は洗濯物をカゴに投げ込むと、そのまま何も言わずに洗面器を持って給湯室に入る。その背中は、どこか寂しそうで。私までなぜか悲しくなる。
やがて出てきた望乃夏の手には、お湯を張った洗面器。
「さ、雪乃………………もう一回清拭しよっか。」
「え、ええ………………。」
と、服を脱ぎ始めて…………視線を感じて手を止める。
「………………望乃夏?今度は自分で出来るから………………そ、そんなにジロジロ見ないで。」
「ご、ごめん………………。でも、背中ぐらいは………………」
「………………そうね、背中だけはやってもらおうかしら。…………その他のとこは自分で出来るから。………………う、後ろ向くか部屋から出て待ってなさい。」
部屋から出る、と言っただけで、望乃夏が目に見えて怯える。そして。
「や、やだ……………………雪乃から離れたくない………………。」
「………………抱きつかれるとやりにくいんだけど………………望乃夏、ほんとにどうしちゃったの?」
「…………………………なんか、急に雪乃と離れるのが怖くなっちゃって。」
「………………何なのよ、もう。………………じっくり見ないなら、そこに居ていいから。」
床を指し示すと、そこにちょこんと座る望乃夏。………………一応私は望乃夏に背を向けて、全部脱ぎ捨てる。
「………………背中お願い。」
数秒後に、背中に暖かいタオルが当てられる感触がして。恐る恐る背中を撫で付ける。その動きは、お昼とは対照的におっかなびっくりで。
「…………望乃夏、もう少し力入れて。」
「う、うん。」
今度は一転して激しくなる。
「の、望乃夏っ、こ、今度は痛いっ!!」
「あぁっ、ご、ごめん…………」
「私の背中は大掃除のガラスじゃないのよ!?……………………あぁもう、いいわ。クローゼットから換えの服持ってきて、………………もう。」
しょぼーんとする望乃夏を横目に、私は胸とお腹を拭き始める。………………背中がヒリヒリして痛い
…………皮剥がれたかも…………。
腋から脇腹にかけて拭いとると、タオルに汚れが付いていく。もう一度洗面器に漬けようと手を伸ばすと、こちらを見る望乃夏と目線が合って、慌てて掛け布団を身体に巻き付ける。
「み、見ないでって言ったはずよ!!」
「はわわっ、ごめん!?」
慌てて後ろを向く望乃夏。全く、油断も隙も無いんだから。
全身を拭き清めて、望乃夏の置いてくれた換えの服を手に取る。あら、これ………………。
「…………望乃夏、この下着見覚え無いんだけど…………。それにこれ望乃夏の服じゃない。」
「え…………?あ、ホントだ。ごめん間違えたっ。」
慌てて私のクローゼットをがさごそやり始める望乃夏。………………って、そこは!?
「ちょ、そこは違うからっ!?」
慌ててベッドから飛び降りて望乃夏を止めに行く。そ、その引き出しは…………
でも、遅かった。…………クローゼットの小さな引き出し、私の下着は右側に入ってて。左側の引き出しに私が入れてるのは。
「…………あれ、アルバム」
「その引き出しを開けるなぁぁぁぁぁ!!」
思わず、左手で望乃夏を張り飛ばす。そして、素早く引き出しを背に立ち塞がる。
「イタタタ………………ゆ、雪乃…………ごめ…………ん?」
「………………望乃夏、次にこの引き出しを開けたら…………絶交なんだから。」
私は、冷ややかな声で望乃夏を見下ろす。………………これを見られたら、例え望乃夏と言えども生かしておけない………………いやむしろ、望乃夏だから見せたくない。
「わ、わかった………………それより雪乃…………は、早く、服…………」
望乃夏の鼻から、血が一筋タラリと流れる。そういえばなんか寒いと思ったら………………身体に巻き付けた掛け布団は既に剥がれ落ちて、望乃夏からは全部丸見えで。一瞬で顔からつま先まで真っ赤になる。
「の、望乃夏の………………バカァッ!!!」
二個目の椛が、望乃夏のほっぺたに咲いた………………。