つめたくて。―望乃夏
※今回、胸糞悪い話になります。
「と、とりあえず二人とも落ち着いたね…………」
「………………そ、そうね………………」
二人して、荒い息を整える。あーもう、また熱くなってきた。
「……………………なんか私、汗かいてきた…………ちょっとお風呂入ってくる………………。」
あ、私も………………と雪乃が腰を浮かしかけて止める。
「…………ごめんね雪乃………………また明日、熱が下がってたら、ね。」
「わ、わかってるわよ………………でも………………な、なるべく早めに帰ってきてよね………………。」
雪乃がモジモジしながらこっちを見てくる………………うう、行きづらい…………。
「そ、それじゃ、すぐに帰ってくるから………………。」
「ゆ、ゆっくりしてきても、いいのよっ…………」
「ど、どっちなの…………?」
後ろ髪をグイグイ引っ張られるけど、思い切って扉を後ろ手に閉めた。
脱衣場の扉を開けると、時間も時間だから、大勢の生徒が銘々の姿でそこに居た。うわぁ、混んでるなぁ。
空いてるロッカーを見つけて扉を開ける………………ありゃ、先客がいたか。しかも鍵つけっぱ。他を探そ。
………………あれ、こんなとこにショーツが落ちてる………………「莉亜」、か………………。後で落とし物として届けとこうかな………………?
そんなこんなで、やっと空いているロッカーを見つけ出す。手早くシャツとズボンを脱いで下着だけになる。そして隣を見て………………落ち込む。
そうだ、今日は雪乃、いないんだ………………。私はため息をついて、いつものように残った下着を雑に脱いでロッカーに仕舞う。………………隣に雪乃がいたらもっと時間はかかってたし、こんなにすんなり脱がなかったし、…………こんな堂々と前を見せて歩いてない。…………………………って、私、雪乃のことばっかり。…………きっと明日になればまた一緒に入れるんだから、気にしちゃダメ。
そう心に言い聞かせて、浴場へと続く扉を開ける。と、その脇をすり抜けていく小さな影。
「おっと、墨森ちゃんごめんよっ」
「…………栗橋さん、またなの…………?飛び込み…………」
「いやぁ、もうやめられない止められないってやつ?」
「………………なんでそんなに満足げなの?」
しかも私より凹凸あるし。
「………………そんなに飛び込みしてると、そのうち校内放送で注意されるよ…………?」
「まっさかー、それはないって。じゃっ、そゆことでっ。」
と、一目散にダッシュする栗橋さん。………………数秒後に、悲鳴と水柱、そして怒声まで聞こえてきたけど私は知らないふりをして、空いた鏡の前に座る。一人でするシャンプーは、ほんとに寂しくて。背中の痒いところもかけなくて、もどかしい。
こんな時、雪乃がいてくれたら………………。
…………はぁ、もう、やめやめ。居ない雪乃のことを考えてもしょうがない。さ、お風呂入ろ。
立ち上がって、湯船に向かって歩く。その途中で、ふと雪乃の名前が聞こえた気がして立ち止まる。辺りをキョロキョロ見渡すと、発信源はすぐ横の2人組で。
「あーあ、今日も練習キツかった。白峰さんがいない分こっちにしわ寄せきてなかった?」
「あーそれわかるっ。いつもは白峰さんとこに向かってる先輩達のしごき?がこっちに回ってきてた。」
「全く、同じ一年なのになんであの子だけ特別待遇なの?二年生の先輩でもオーダー入りしてない人いるのに、白峰さんは最初っからコート入って撃ってるし。」
「それわかる。白峰さんってお高く止まってるのに先輩受けいいからねー…………全く、未だに公式戦のコート入りさせてもらえないこっちの気持ちなんて分かんないよね、ったく。」
横で話を聞いているうちに、私の中で何かがふつふつと燃え上がるのを感じて。
「……………………やめろ………」
急に頭の上から降ってきた言葉に戸惑っていた2人組だけど、こちらに気づいて上を向く。その顔に向けて、もう一度はっきりと告げる。
「………………雪乃の悪口は、やめろ…………。」
拳を握りしめて、二人を睨む。
「は?あんた誰?」
「雪乃…………白峰さんはっ…………私の、ルームメイトだから…………そんなに、悪く言わな………………言うな…………!」
昂る心を押さえつけて、二人を睨みつける。それでもどこかおちゃらけた様子の二人は、私の心を逆撫でする。
「へぇ、あんたがあの白峰さんのルームメイトねぇ…………あんたも苦労するわね、あの堅物のお守りなんて。」
「………………やめろ…………」
「あのパーフェクトと同じ部屋とか考えらんないわ、そんなの拷問っしょ拷問。」
ケタケタ笑う二人組。私の中で、何かが爆ぜた。左で笑う長身の顔面を、握りしめた拳で振り抜く。どこにそんな力があったのか、自分でも不思議なぐらい。長身はそのまま倒れ込んで、周囲から悲鳴が上がる。
「………………取り消せ…………雪乃に対する悪口を取り消せ…………『私の』雪乃に、そんなこと言うな………………」
長身の方もすぐに起き上がってこちらを睨むけど、もう1人の方に羽交い締めにされる。そして私の方は、後ろから聞き手を掴まれて。
「………………悪いけど、そこまでにしといてくれる?一応部活の仲間だから。」
「………………すまない。後は、こっちに任せてくれないか?」
「………………安栗さんに…………経堂さん……………」
「………………ある程度の会話は聞いてたけどな。詳しい事情の方は明日のミーティングでじっくりと聞かせてもらおうか。…………それまで、それぞれ部屋で大人しくしとけ。」
二人組も、先輩には逆らえないようで。渋々、浴場を出ていった。
「………………さて…………拳の方は大丈夫か?」
「え、ええ、まぁ………………。」
「………………だけど、この後が大変だよね。…………寮長さんには伝わるだろうし、お仕置きあるかもね…………。」
安栗さんが、うへぇ、という顔で言う。………………そんなの、構わないけど。そして経堂先輩はと言うと、
「………………まぁともかく、こっちでこのことは処理したいから、雪乃には伝えないでくれ。」
と、頭をかきながら伝えてくる。
「………………それは別にいいですけど……………………雪乃って、そんなに評判悪いんですか?」
「………………良くも悪くも目立つからな。同じ一年の中では孤立しがちだ。」
「そ、そうですか………………。」
「………………まぁ、君が気にすることじゃない。それよりも…………そのままだと風邪引くから、早いとこ湯船に入った方がいい。」
そう勧められて湯船に身を沈めたけど、お湯はどこか冷めてるみたいで、いつもの気持ちよさは感じられなかった。