雪解け。―雪乃
………………はぁ、退屈ね。
私は、望乃夏のことを考えるのを諦めてベッドに転がっていた。横目で時計を見れば、もう夕方。………………ほんっとに、どこ行っちゃったのかしら。
布団の中でやることもなくゴロゴロしていると、お腹がかわいい音を立てる。…………お腹、空いたわね。先輩の置いてったパンでも食べようかしら。
と、袋をガサガサと漁っていると、遠慮がちなノックが聞こえてくる。
「………………誰?」
不機嫌な声で問いかけると、答えを待たずに扉が開く。そこに立ってたのは、
「…………ただいま、雪乃。」
「のの、か………………」
久しぶりに見る、望乃夏の顔。と、同時に、こみ上げてくる何か。
「………………一体今まで、どこ行ってたのよ………………」
怒りと嬉しさとその他諸々ごっちゃ混ぜにして、わなわなと震えながら聞くと、
「あ、ごめん。その話は後で…………んしょっと。」
望乃夏が、お盆を持って入ってくる。あら、なんかいい匂いが。
「…………ただいま、雪乃。これ作るのに時間かかっちゃって。」
と、お椀によそって差し出してきたのは。
「……………うどん?」
「うん…………鍋焼きうどん。」
へぇ、変わったものが出てきたわね。…………………………え?
「…………望乃夏、私の耳が確かなら、これは望乃夏が作ったって言ったよ
うに聞こえたけど?」
「…………うん、これ、ボクが作ったよ。」
私はその言葉を理解するのに十数秒かかった。そして理解した時、思わず「嘘っ!?」と叫んでた。
「ひ、ひどいなぁ、そんなに驚かなくても。」
「驚くわよ!!…………実験バカのあなたが、こんな料理できたなんて…………」
「………………実は、今日が生まれて初めての料理です…………」
「ええっ!?」
思わず、手に持ったお椀を眺める。ほんのり焼き目のついた豆腐と、醤油の香りがする香ばしいツユ。うどんだけじゃなくて人参や大根も見え隠れしてて、とてもじゃないけど初料理には見えない。
「………………実はさ、母さんから貰ったお金にメモが挟まっててね。そこに作り方やら材料やらが書いてあったんだ。…………で、雪乃の『命令』にちょっと拗ねて部屋を出た後に買いに行って、さっきまで寮のキッチンで煮込んでたんだ。」
「そう、だったの…………。」
私は目線を伏せる。………………なんだ、私の思いすぎだったのね。
「さ、冷めないうちに食べてみて。」
と、望乃夏が割り箸も差し出す。丁寧にも既に割ってあるのは、早く食べてほしいからなのか、それとも私に対する気遣いなのか。
麺をすくって口に運ぶと、初めは熱さにむせる。けど、冷めていくうちにしっかりと染み込んだ味が口の中に広がっていって…………。思わず、ツユを口に含む。…………ああ、温かい。思わず伏し目がちになると、ポタリと熱いものが落ちる。
「ゆ、雪乃…………どうしたの…………な、泣いてる…………」
望乃夏が心配そうにのぞき込む。
「…………大丈夫よ…………。うどんが熱かったから…………私が溶かされてくのよ…………。これは、『雪解け水』、なんだからっ…………。」
私の春は、もうすぐ来そう。