私は知らない。―望乃夏
………………さて、材料は買えたし後は作るだけ。
寮のキッチンに食材を置くと、まずは調理器具を探す。まな板と包丁はすぐに見つかったけど、
(土鍋は流石にないか。)
妥協して、奥のほうに仕舞いこまれていた鋳物の両手鍋を取り出す。
えーと、まずは下ごしらえ、か。なになに、豆腐をキッチンペーパー?に包んで重石を載せる?
この時点で心が折れそうだけど 、雪乃のためと言い聞かせる。
それにしても、豆腐のパックのビニールって剥がしにくい…………。10数分かけて、やっと両方とも取り出せた。戸棚にあったキッチンペーパーで包んで、もう一つのまな板で挟み込む。…………これで10分待つのか。
その間に大根と人参を切る。…………母さんは親切にも銀杏切りのイラストを添えてくれたので、見様見真似でなんとか切り刻む。小ネギはざくざくと、牛蒡は斜めにっと………………。
豆腐の水が切れたみたいなので、鍋に入れて焼く。…………おっと、その前にゴマ油か。ジューという音と共に、豆腐が焼き固まっていく。…………けど、これでほんとに焼きうどんになるのかなぁ?
「お、うまそうな匂いしてんな。」
「ひゃう!?」
いきなり後ろからかけられた声に思わず飛び退く。
「悪い悪い、驚かせちまったな。」
と、そこにいたのは、雪乃に『私達の敵レベル』と言わしめたあの先輩…………。
「えと、経堂先輩…………でしたっけ?」
「おう、覚えててくれたのか。」
「こちらこそ…………。所で、こんな所で何を?」
「いや、私らは雪乃の見舞いに行こうと思ったんだけどな…………あいつ、部屋の場所教えてくれてないからさ、あちこち聞いて回ってここにたどり着いたら、なんかうまそうな匂いがしてたもんで、つい。」
「…………なるほど、そういうことでしたか。私達の部屋はここを曲がってすぐのとこです。」
と、鍵の番号を見せる。
「よしわかった。…………で、話してていいのか?鍋焦げるぞ?」
「あっ」
目線を戻すと、豆腐からは焦げ臭い匂いが上がっていて…………慌ててひっくり返す。…………なんとか、焼き目ってことでごまかせそう。ゴマ油を少し足して、大根と人参、牛蒡を加える。あ、ダシ作ってない………………。
慌てて、棚からだしの素を取り出して醤油とみりんと混ぜる。
「…………おい、大丈夫かぁ?」
「ま、まぁ、なんとか。」
その時、キッチンに誰かが駆け込んでくる。
「先輩、雪乃の部屋見つかりましたよ。………………って、あれ?」
「お、文化。こっちは同居人見つけたぞ。」
ど、同居人って…………。
「およ?墨森ちゃんじゃん。雪乃の具合どう?」
私のクラスメイト――安栗さんは、軽い調子で聞いてくる。
「…………うん、大分落ち着いてきたよ。」
菜箸を動かしながら答える。…………そろそろダシを入れても大丈夫かな。と、あんまりいい色じゃないダシを鍋に加えると、ジュワッと熱気が上がる。…………後はこのまま15分煮てうどん玉を入れるだけか。
「何作ってるの?」
「…………鍋焼きうどん、かな。」
「なんで疑問形なんだ…………?まぁいいか。じゃあ私らは先に雪乃んとこ行ってるから。ほら文化、行くぞ。」
「あーちょっと待って。ねーねー墨森さん。ちょっと耳貸して?」
「な、何…………」
と、耳を傾けると
(実はねー、雪乃は…………)
聞いていく度に、私の顔が真っ赤になっていく。ま、まさか、雪乃が…………
「おいおい、何変なこと教え込んでんだ?さっさと行くぞ。…………あ、そうそう。鍋焼きうどんだから無いとは思うけど、唐辛子とかは入れてやるなよ?あいつ辛いもん苦手だからなぁ。」
「えっ。」
………………雪乃、そんなこと私には一言も言ってくれなかったのに。
あの2人は、私の知らない雪乃のことを知ってる。いや、私よりも雪乃を知ってるんだ………………。
私の心に、チクリと針が刺さった。