大泣きして。―雪乃
望乃夏が出ていった後、私はひとり天井を眺めていた。………………もう何度も眺めた天井だけど、陽の光が差し込む時に見るのは初めてかも。
それにしても………………いつまでそうしているつもりかしら?と、扉の向こうに寄りかかっている望乃夏に思いを寄せる。………………怒って出ていったはいいけど、行く宛がなくて困ってる、って感じかしらね。
「悪かったわ望乃夏。さ、戻ってきて。」
でも、扉は厚くて、私の声は望乃夏に届かない。
もう一度望乃夏と呼びかけてみても、扉の向こうには通じない………………もどかしいわね。3度目の望乃夏を呼ぼうとすると、扉の向こうから足音が聞こえてきて…………望乃夏の気配が遠ざかる。………………飲み物でも買いに行ったのかしら?
だけど、望乃夏は時計の針が一周しても、部屋はおろか、扉の向こうにも帰ってこなかった。
遅いわねぇ………………いつになったら戻ってくるのかしら。私が時計を睨むと、さっきからまた針が半周していて。………………それでも、望乃夏は戻ってこない。
全く、どこ行ったのかしら?
その時、足音がこっちに近付いてくるのが聞こえてきて…………思わず身を起こす。帰ってきた…………。ワクワクしながら、それでも平静を装って待つと………………足音は、私達の部屋を素通りして通り過ぎる。
き、期待させないでよ………………。私の頬を、熱いものが一滴流れ落ちる。あ、あれ…………なんで………………。それは、後から後から湧き出してきて、私の視界を歪める。
わ、私、どうしちゃったの…………?とめどなく溢れる涙は、布団へとポタポタ落ちてシミを作る。………………ね、熱で、おかしくなっちゃったのかしら、私。………………いや、おかしくなったのは…………望乃夏のせいだ。
怒らせたのは私だけど、その後何も言わずにいなくなった望乃夏。清拭とか言って、私にあんなカッコをさせた望乃夏。同じ個室に入って、私に恥ずかしい思いをさせた望乃夏。そして………………私の『初めて』を捧げさせた、望乃夏。それが、いつまで経っても帰ってこない。
「うぐっ、ひっく、望乃夏ぁ…………」
いつの間にか、嗚咽までこみ上げてきて。『あの時』ですら泣けなかったのに、私は今本気で泣いていて。
「望乃夏ぁ、はやく、帰ってきてぇ…………私、謝るからっ…………ぐすっ、望乃夏ぁ………………。」
しぃんとした部屋に、私の醜い嘆きだけが響き渡った。
泣き疲れて、布団に顔を埋めてからどれだけ経ったんだろ…………。顔を上げると、時計の針は望乃夏が出ていってからもう4周目に入りかけていて。
…………まだ、帰ってこないのね。
その時、コンコンと部屋の扉がノックされる。望乃夏っ!!と飛び起きるけど、望乃夏ならノックなんかする訳ない。
「………………誰。」
低めの声でちょっとだけ憎悪も込めると、扉の向こうからは聞きなれた声。
「おーい、入っていいか?」
「…………もう少し、待ってください。」
濡れタオルで顔を拭って、ひとまず顔を取り繕う。…………誤魔化しきれなそうなとこは、布団を引き上げて顔を隠してどうにかする。
「………………どう、ぞ。」
扉が開いて入ってきたのは、
「よう、我らがエース。」
「経堂先輩…………それに、文化まで。」
「調子はどう?」
トレーニングウェアの、経堂先輩と安栗さん。
「…………ぼちぼちって、とこですね。」
「なんだよはっきりしねーなー。それより熱で動けねぇんだって?」
「…………関節も痛いし、だるいんで…………」
「そ、それは大変だ!すぐに調べないとぅお!?」
私の左フックが安栗さんを襲う。…………全く、もう。
「………………お前、いくら弱ってるからとはいえ、雪乃の左手食らったら死ぬほど痛いぞ?」
「み、身をもって思い知ってます…………。」
と、床でのたうち回る安栗さん。………………つくづく、私も変な知り合いを望乃夏に紹介しちゃったわね。
「………………オープンスケベも程々にしなさいよ?」
「はぁい………………。」
安栗さんに白い目を向けていた経堂先輩は、思い出したようにビニール袋を置いていく。
「おう、これ差し入れな。スポドリにウィ〇ーイ〇ゼリーに菓子その他諸々。」
「あ、ありがとう…………ございます。」
「………………でもまぁ、夜飯は要らなかったみたいだな。」
「…………?」
「あ、いや。…………そうだ、もうそろそろクリスマスイベントあんだろ?」
「ええ、そうみたいですね…………。」
「実はなぁ、今年はその2日間は練習休みにしようって声が出てるんだよ。何でも、合唱部の発表が見たいからって。………………うちとしては休みでも構わないんだけどよ、雪乃はどうする?」
クリスマス、か。………………私には無縁だけど、みんなが休みにしたいって言うなら。
「…………休みで、いいんじゃないですか?」
「お、そうか。なら休みにするよう申請してくるわ。いやぁ、雪乃には反対されると思ってたんだよ。………………その、クリスマスは『あいつ』と過ごしたいなーなんて思ってて、な…………。」
珍しく経堂先輩が照れる。…………そう言えばお相手いるんでしたね。
「と、いうわけでー。雪乃も望乃夏ちゃんと聖夜を楽しむといいよ!!」
「アンタはいちいち言うことが露骨なのよっ!!」
今度は手加減して右ストレート。でも2度目は喰らわずに避けられる。
「と、いうわけで失礼しまーす!」
「あっ待て………………ったく、…………まぁ、そういう事だからさ。早めに治して練習復帰の方頼むぜ、エースさん。」
「…………わかりました。」
先輩達が出ていったあと、私は一人身悶える。
(の、望乃夏と、聖夜………………)
ほわーんと、お風呂場で見た望乃夏の姿が脳裏に浮かんで………………慌てて振り払う。…………私より淡くて…………って何を思い出してるの…………。
はぁ、また熱上がってきたみたい…………。