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走れ、望乃夏。―望乃夏

いきなり抱きついてきた雪乃に、私は少し戸惑う。けど、その瞳に涙が浮かんでいるのを見て、そっと抱きしめた。

「もう、どうしたの雪乃。」

「…………夢を、みたの。『あの日』の。………………体育倉庫に閉じ込められて、寒くて、怖くて、もう限界になって………………また、恥ずかしいことになっちゃうかと思ったら、望乃夏が扉を開けて助けに来てくれて…………。私の未来が、かわったの…………。」

「………………そっか。トラウマと戦ってたんだ………………。雪乃も、大変だったんだね。」

「『も』って…………望乃夏も、何かあったの…………?」

私はそれに答えず、持ってた手提げ袋をベッドに置く。

「さ、買ってきたよ。はい、2ℓのスポドリと、お茶と、冷えピタと、10秒メシのゼリーと、アイス。………………ごめん、どれがいいか聞き忘れたから、バニラとチョコ買ってきたけど…………どっちがいい?」

雪乃は布団からそっと手を出して、迷わずチョコの方をとる。へぇ、意外。

チョコの方の蓋を外して雪乃に渡すと、私も残った方のバニラの蓋を開けて床に座る。あ、蓋にだいぶ付いてる。勿体無い。………………こっそり、蓋を舐める。

「…………望乃夏、品がない。」

「ありゃ、見てたんだ。」

バレたかー、と蓋を置いて、アイスにスプーンを突き立てる。

「………………ねぇ知ってる?どこかだとエアコンをガンガンにしてアイスを食べるのが流行りなんだって。」

「………………贅沢な話ね。」

アイスから視線を外さずに、雪乃が答える。その目はどこかキラキラしてて、雪乃の意外な一面を知る。

「…………雪乃って名前からして、バニラアイスの方選ぶかと思ってた。」

「…………じゃあ望乃夏はいつもビターチョコレートしか食べないの?」

「ごめんなさいミルクチョコレートの方が好きです。」

…………こんな切り返しができるってことは、雪乃、少し熱が下がってきたかな?

「あ、冷えピタ貼っちゃおっか。」

と、袋から冷えピタを取り出すと――袋に一緒に入れてあったレシートが、雪乃の前にヒラリと落ちる。慌てて拾おうとするけど、一瞬先に雪乃が掴み取る。

「………………この額…………望乃夏、昨日お金使い切っちゃったんじゃなかったの?」

「い、いや、その………………」

「…………どこからこのお金、出したの?それに…………コンビニ行くだけならそんなかからないのに、もうお昼前よ………………。」

雪乃の問い詰めるような視線の前に、私はタジタジになる。………………言わなきゃ、ダメなのかな。

「……………………親に、土下座した。」


時間は巻き戻って、寮を出てすぐのこと。私は急いでコンビニに向かったけど…………生活費を、昨日使い切っちゃったことを思い出す。仕送りには手をつけられないし、どうしよう………………。

まず浮かんだ手には、かなりの抵抗感を覚えた。………………これだけは絶対、使いたくない。けど………………雪乃のためなら、私はいくら苦しんでも構わない。

覚悟を決めた私は、ちょうど来たバスに飛び乗った。

何個かバス停を過ぎ、とあるバス停で降りて少し歩く。……………………卒業するまで、絶対に帰るものかって決めてたのに………………。

とある家の前に立つと、様子を伺う。表札の『墨森』の字を一睨みすると、そうっと庭に忍び込む。…………親父の車が無い。これなら。

「あら、かわいい子猫さんね。」

と、頭の上で暫くぶりに聞く声がする。思わず頭を上げると、

「…………母さん。」

「………………大丈夫、今なら私しかいないから。玄関から入ってきなさい。ああ、一応靴は持ってきて。」

言葉通りに玄関から入ると、母さんが紅茶を入れて待っていた。

「久しぶりね、望乃夏。」

「…………母さんも、元気そうだね。」

「そう?最近痩せたんだけど。」

と、腰周りをアピールする。

「………………で、どうしたの急に。」

「…………実は、頼みがあって。」

私は椅子を下りて、床に手をついて土下座した。

「………………私に、お金を貸してください。」

頭の上からため息が降ってくる。

「…………今度は何を買うの?硫酸?顕微鏡?」

「違う…………そんなのじゃなくてっ、雪乃が……っ」

「雪乃……ああ、同室の子ね。どうかしたの?」

「…………すごい熱なの。だから冷えピタとか色々必要なんだけど………………昨日、2人でお出かけして…………。私、雪乃に頼ってばっかで何一つ出来てないの…………。メイクも教えてもらったし、女の子らしい服も選んでくれて、…………私のこと、好きだって言ってくれたの…………。そんな雪乃が苦しんでるの、このまま見とけなくて………………」

後から後から、言葉が涙と共に流れ出す。…………ダメ、お母さんにこれ以上心配かけちゃっ………………。

そんな私の頭を、優しくお母さんが撫でる。

「………………そういうことなら、仕方ないわね。お茶飲んで落ち着きなさい。」

と、立ち上がってどこかに行く。私は、涙をぬぐって、紅茶をすする。…………やっぱりお母さんの紅茶はおいしいけど、今日はしょっぱいや。

しばらくして、お母さんが戻ってきて私に封筒を差し出す。

「………………何があるかわからないんだから、お金ってのは少しだけでも貯めときなさい。でないと…………雪乃ちゃんに嫌われるわよ?」

受け取った封筒を開けると、

「え、3万円も………………。こ、こんなに要らないよっ。」

「いいから受け取っておきなさい。お医者さんも最近は高いし、その様子だと生活費も使い切っちゃったんでしょ?…………いい、1万円はもしもの時のために積んでおきなさい。残りで必要なものを買って、後は雪乃ちゃんが治ったら一緒にご飯でも食べに行きなさい。」

「………………ありがと、お母さん。」

その時、お札の間にメモが挟まってるのに気がついた。

「ああ、そこにはいいものの作り方が書いてあるから、夜にでも雪乃ちゃんに作って食べさせてあげなさい。」

「え、私が作るの?」

「大事ななんでしょ。手料理ぐらい食べさせてあげなさい。」

「…………ありがと、お母さん。」

「…………いいのよ。さ、早く行きなさい。………………望乃夏、あなたは私にできなかったことをできるんだから、自由にやりなさい。雪乃ちゃんによろしくね。」

ちゃっかりウインクするお母さん。………………全く、この人は。

親父が帰ってこないうちに――と、窓から家を抜け出して、私はコンビニへと急いだ。

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