初邂逅――望乃夏
ミルクティーを口に含むと、紅茶とミルクが混ざりあってふわっとした風味が広がった。うん、今日もいい味。でも、何か物足りないような…………。
ふと目線を上げると、目の前のルームメイト――白峰さんは、何か考え込んでいるようで、レモンティーがあまり減ってない。何か、あったのかな。
じっと見つめていると、気がついたのか白峰さんが顔を上げた。
「どう、したの…………?」
少し不安げに聞くと、
「…………何でも、ないわ。」
と、いつも通りの答えが返ってきた。でも、声色がどこか違って…………何か、無理してる?
白峰さんは、そのままレモンティーを飲むことにまた集中し始めて、そのまま会話が途切れる。
…………なんか、私たち、まともに会話できてない。いっつも、二言三言話して終わり。…………出会ってから半年以上経つのに、仲良くなれてない。…………あの日、もうちょっと話せてれば――――。
入学前、私はこれから入る寮に荷物を持って向かった。………………どうせなら、一人部屋が良かったけど私の成績じゃ到底無理で。見ず知らずのルームメイトと、これから3年間暮らすことになった。………………大丈夫、かな。私みたいな変わった趣味の持ち主を、受け入れてくれるのかな。
そんな心配をしつつ、寮長さんから鍵を受け取って私の部屋―正確には、これから、だけど。―に向かう。
ここか…………。渡された鍵を鍵穴に差し込んで鍵を開け、扉を開ける。…………あれ、まだもうひとりの娘は来てないんだ。
とりあえず、荷物だけ片しちゃおっと。がさごそと荷物を漁って、とりあえず必要そうなものだけ取り出す。えと、着替えは…………後で仕舞お。小物も…………後でいいか。
その時、私の手が小さな箱に触れた。…………こんな奥に行っちゃってたんだ。私は箱を開いて、中身―お気に入りのティーカップを取り出す。私の名前をイメージして、黒猫さんがプリントしてあるお気に入りのティーカップ。良かった、傷はついてない。
その時、ドアが躊躇いがちにノックされる。もうひとりの子かな。
「…………どうぞ。」
すぐにドアが開いて、 ノックの主の姿が明らかになった。ストレートの黒髪を後ろに垂らして、どこか凛とした雰囲気を醸し出す女の子。
あの子は入ってくるなり部屋をぐるっと見渡して、最後に私で目を止めた。とりあえず、声、かけてみよ。
「…………あなたが、私のルームメイト…………?」
ダメじゃんこれじゃケンカ腰だよ。そんな葛藤にあの子は気付かず、
「ええ…………そうよ。」
と、だけ返してくる。それに対して私は、
「そう………………これから、よろしく。」
と、だけ返した。………………うう、ダメだ。これじゃ第一印象最悪…………。
少し落ち込んだ私の目が給湯室を捉える。…………そうだ、折角だし紅茶いれてあげよ。
私は、カップとこれまた荷物の山から取り出したお気に入りのアールグレイを持って給湯室に向かう。………………へぇ、薬缶じゃなくて電気ポットなんだ。とりあえず水を入れて…………セット。すぐにポコポコいい始めたポットを横目に、私はティーカップを探す………………あった、前の人が置いてったっぽいの。それぞれに使おうと箱からティーバッグの包みを取り出したその時、給湯室に誰かが入ってくる感じがして振り向くと、
「あっ………………」
「あら………………」
入ってきたあの子と、目が合った。慌てて目線を外すと、あの子が持っている箱とティーカップに目が止まる。
「その箱………………あなたも、紅茶、飲む、の?」
「…………ええ。専らレモンティーを。」
…………レモンティー派、なんだ。私はミルクティー派。…………しかも、自分でティーカップもティーバッグも持ってる。…………これじゃあ…………
「…………そう、なんだ。………………お湯、使う?」
言葉を選んで聞いたのは、当たり障りのない会話。
「…………使わせて、もらうわ。」
それに対して帰ってきたのも、ごく当たり前の会話。
………………ダメだな私、こんないい機会なのに………………。
あの子が自分の分のレモンティーを作るのを見ながら、思わず私はあの子に使うはずだったティーバッグをギュッと握りしめた。
あの後、一緒にテーブルで紅茶をのむことは出来たけど、お互いの名前を伝え合うだけで終わっちゃって………………毎日顔を合わせても、二、三言話すだけで終わり。部屋でたまに一緒に紅茶を飲むことはある。けど………………私と白峰さんが飲んでいるものは同じ『紅茶』だけど、いっつも『違う』もの。
そういえば、ミルクにレモンを混ぜると変化が起きるけど…………味も食感も変わるから、あんまり好まれないみたい。
………………私たちも、仲良く混ざり合うことはできないのかな………………。
望乃夏ちゃんによる解説:
「牛乳にレモン汁を加えるとクエン酸で牛乳の蛋白質が変化して変な味になる…………クエン酸じゃなくてお酢とかでもそうなる。むしろ、酸っぱい果実なら何でも起きうる…………。」(やっぱり私と白峰さんは分かり合えないのね…………)