ファンデーション。―雪乃
ディスカウントストアの自動ドアをくぐると、私たちは連れ立って化粧品コーナーに向かう。
「うわぁ…………化粧品って高いんだねぇ。」
「このぐらい普通………………って、生まれて初めて来るんだったわね、化粧品コーナー。」
「うん………………興味なんてなかったし。」
「興味のあるなしに関わらず、いつかメイクすることになるんだから今のうちに知っとこうって気はなかったの…………?」
「いや、あるとしてもずっと先のことだと思って…………。それに………………キレイになっても、見せる人なんていなかったし。」
「…………そこは、両親とか?」
「熱でもあるんじゃないかお前って言われるだけだよ。」
「………………あんた、どんな私生活してたのよ…………。」
と、言いつつ棚を眺める。ふむ、まずはこんなところかしらね。
「とりあえずこれとこれと…………そうね、これでいいかしら。」
と、棚から乳液や保湿剤を適当に取る。さ、帰りましょ、と望乃夏を見ると、望乃夏は棚から化粧品を取り出してじっくり眺めてる。あら、今頃興味が出てきたのかしら。
「ふむ…………ヒアルロン酸の比率がこれだけか。コラーゲンは吸収しないから要らないとして…………何これ、肌に悪いのばっかり。」
あ、違った。化学バカモードが起動しただけだった。
「………………ほら、行くわよ。」
「あ、待って。この成分表だけ読ませて。」
「…………どれも変わんないわよそんなに。」
「変わるよ!!これなんか配合比率があーでこーで」
あ、うっかりスイッチ入れちゃった。
「そ、その続きは後で聞くから…………。」
これからが面白いのに…………とむくれる望乃夏をほっといて、私は他のもの――主に『月に一度の真紅の薔薇』に備えるためのもの――も探す。………………一応ロキ〇ニンも入れといてっと。
振り返ると、望乃夏がまた棚を眺めてるのが見えた。成分表とのにらめっこって飽きないのかしら?
「望乃夏、そろそろ行くわよ………………って、あら?」
望乃夏がじーっと見つめるのは、ファンデーションのサンプル。
「…………成分については私は知らないわよ?」
「いや…………えーと、これ確かスポンジに付けてほっぺとかに塗るヤツだよね。」
「………………いや、それ大体の化粧品はそうだから。」
先が思いやられるわ………………。でも、せっかく興味持ってくれたんだしそこは一歩前進、ね。
「………………はい。とりあえずこれだけ買っとけば大丈夫よ。」
と、望乃夏にカゴを押し付ける。
「うぇぇ…………こんなにぃ?」
「それでも必要最低限よ。」
「…………わけがわからないよ。」
あ、忘れてた。私の分をカゴから抜いて分けておく。そして、望乃夏に見えないようにファンデーションをこっそり棚から取り出した。
帰り道にはもう夕日が差していて、瞬きすればすぐ宵闇が後を追いかけて来そう。
「今日は色んなもの買ったね。」
「…………そうね。」
私と望乃夏の左手には、紙袋が握られている。この中身が再び日の目を見るのか、それは隣にいる私の想い人次第。
「そうそう。部屋に帰ったらお風呂の前に練習するわよ。」
「え、何の?」
「…………決まってるじゃない。メイクのよ。」
「うぇぇ………………。」
「失敗してもどうせすぐお風呂だし、いいじゃない。」
「………………うーん、わかった…………。」
望乃夏が諦めたように頷く。そこまで落ち込むことないじゃない。
「………………はい、これ。」
ディスカウントストアの袋から、さっきのファンデーションを取り出して望乃夏に握らせる。
「……………………望乃夏への先行投資よ。望乃夏の肌色に近いのにしといたから、それが無くなるぐらい練習しなさい。………………でないと、赦さないんだから。」
隣に立つのも、一緒に歩くのも。そして、デートするのも。
望乃夏は一瞬呆気に取られた顔をしてたけど、渡されたファンデーションをしっかりと胸に抱きしめた。
「…………ありがとう、大切にする。」
「いや、使ってくれないと困るんだけど…………」
夕焼けが沈んでいく中で、二つの影が伸びていく。不意に望乃夏が、荷物を右手に持ち替えて…………左手を、そっと振ってみせる。私は左手の荷物をまとめて肩にかけると、空いた右手をそっと差し出して。
自然と、影は一つになった。
ゆきののまめちしき
望乃夏:「高密度コラーゲン配合とかよく聞くけど、お肌の構造的にコラーゲンみたいな大きな分子は取り込めないって作者の高校時代の生物の先生が言ってたらしいよ。」
雪乃:「…………それ、ほんとなの?」
望乃夏:うろ覚えらしいけどね…………まぁ、化粧品は皮膚常在菌にも悪いから程々にね。