雪乃のアルバム。―望乃夏
「................あらあら、雪乃ったら。」
雪乃のお母さんが「仕方ないわねぇ」と言った様子でほっぺたに手を当てる。
「................照れてるのかしら?」
「いや、ネタにされて恥ずかしかったのかと................。」
................雪乃の雪見だいふく、けっこう面白いと思ったのに。雪乃本人だってあったかくて、もちもちしてて、抱き心地は最高なのに。
「................雪乃って案外ちょろいんで、しばらくしたらお腹減らして戻ってくるんじゃないですかね?」
「あら、よく分かってるじゃないの。さすがね。................そうだ、なら雪乃がいないうちに、雪乃のヒミツたっぷりと教えてあげようかしらん♪」
「ゆ、雪乃のヒミツ?」
なにそれすっごい気になる。
「そうよ〜。さっき部屋を整理してたら、雪乃のアルバムが出てきてね。丁度いいからみんなで見ようと思ったんだけど................ま、雪乃が居たら居たで、恥ずかしがって逃げちゃいそうだけどっ。」
「................あー、確かに。」
雪乃って自分のこと色々と掘り返せれるの嫌いみたいだし。
「待っててね♪今持ってくるから♪」
雪乃のお母さんは、ウキウキしながら2階へと上がっていく。しばらくして、両手にアルバムやら賞状やらを抱えて降りてきた。
「まずはこれね。雪乃が産まれた時のアルバムよ♪」
表紙をめくると、ちっちゃな雪乃(?)がお包みに包まれて抱っこされていた。................へぇ、3300g。けっこう大きかったんだ。
「おぉ懐かしいな。産まれたって聞いて慌てて車飛ばしたから途中でパトカーに止められるわ、病院の目の前で車が壊れるわで大変だったなぁ。」
いつの間にか横にいた雪乃のお父さんが懐かしむ。
「その日は大雪の予報で朝から寒かったのよねぇ。ちょうど雪乃が生まれる頃になって白いものが窓の外にチラついてきてね................それで、もし女の子だったら名前は『雪乃』にしようって、反射的に思いついたの。................それにしても、雪乃は随分と気まぐれでね。『早く出せー!!』ってお腹の中で暴れるくせに、いざ病院に行くと大人しくぐーぐー寝ちゃうのよ。」
「あー................今も気まぐれなとこありますね................」
自分から誘っておいて先に寝ちゃったり、お揃いのもの食べよって言ったのに自分だけ違うのを選んだり................
「それで、その日も気まぐれだと思ってたの。そしたらひょっこり出てきてね。................思わず呆気に取られちゃったわ。」
................どれだけ気まぐれなの?
ページをめくると、今度は家の中で遊ぶ雪乃がいた。
「とにかくじっとしてなかったわねぇ。特にはいはいを覚えてからはうち中を縦横無尽に歩き回るんだもの、探す方が大変だったわ................」
次のページになると、一気に2-3歳頃になる。今とおんなじまるまるむっちりした雪乃が、どこかのテーマパークで回転木馬に乗っていた。
「この頃で何が大変だったかって、そりゃもう、何でも食べようとするんだもの................口紅にソースに紅しょうがに................あと何だっけ?」
「確か、小麦粉を砂糖だと思って食べようとしてなかったか?」
「あぁ、そう言えば。」
雪乃のお母さんが手をポンと打つ。................ゆ、雪乃の食いしん坊ってこの頃からなんだ................
「でもね、けっこう可愛いとこあったのよ?ずっと将来の夢は『お姫様』って言ってたし。................うーんと、確か4年生ぐらいまでずっと言ってたわね。」
................ふふっ、雪乃らしいなぁ。ってことはさしずめ、ボクのことは王子様って思ってたりして。
「ここからは小学生ね。................あら、これは運動会の時ね。」
紅白帽をかぶった雪乃がバトンを持って走ってくる。......................ビリで。
「この頃は運動苦手だったもんなぁ。大縄跳びで邪魔者扱いされて泣いて帰ってきたことあったよな。」
「あらぁ、懐かしいわねっ。」
「ははっ、................雪乃、今でもけっこう泣きますよ?」
「そこは変わってないのねぇ。あ、でも勉強はそこそこ出来たのよ?そこそこ。」
いや、二度言わなくてもいいですから。雪乃に怒られますよ?
「そうそう、これが学芸会。................ふふっ、雪乃ったらセリフ全部忘れちゃってね。それで、こっちが遠足。おやつは300円までじゃ足らないって文句言ってたわねぇ。................で、これが卒業式なんだけど................」
言うのをためらっているような歯切れの悪さ。................そっか、この少し前に、雪乃は『殺された』んだったね。
「................大丈夫ですよ、雪乃から全部聞いてあるし................それに、雪乃自身も乗り越えようともがいてるし................今はまだボクを起こさないとダメみたいですけど、そのうち克服しちゃいますよ。................だって、ボクの雪乃は強いですし。」
「................それも、そうね。いつかは私たちの助けも要らなくなって、ほんとに一人で歩いていくんだもの。................それがちょっとくらい早くなっても、大丈夫よね。」
雪乃のお母さんはアルバムを閉じて、私に向き直る。
「................望乃夏ちゃん。雪乃のこと、どうかよろしくお願いします。」
と、深々と頭を下げた。
「よしてくださいよ、何もボクと雪乃が逃げるわけじゃ無いんですから................。少し遠くはなりますけど、雪乃も................ボクも、お母さんの子供ですから。」
少し恥ずかしそうに言うと、雪乃のお母さんの目が潤む。慌ててアルバムの山を掴むと、
「も、もっと雪乃の写真見せてくださいっ。................え、えと、これはいつの写真ですか。」
「................あら、これはね」
「それは私が4年生の頃に行ったディスティニーランドの写真ね。友達と絶叫マシン乗らされて、解放されたあとの一枚よ。」
「!?」
その声に恐る恐る振り返ると、
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆきゆきゆきゆきゆきの!?」
「何をそんなに慌ててるの?望乃夏。」
きょとんとしてる雪乃だけど、その目は全然笑ってなくて。
「あ、あはは................いやぁ、雪乃が産まれた時のことを教えて貰ってたんだよ。そ、掃除してたらアルバムが出てきたらしくて................」
「ふぅん........?」
雪乃が怪しむ。
「ゆ、雪乃の名前の由来とかも教えてもらったよ。................あ、あと、お姫様のこととか。」
「あっ................」
「あっ................」
ボクと雪乃のお母さんが息を飲んだのはほぼ同時で。
「................ののか................?覚悟は出来てるわね?」
顔が真っ赤になった雪乃が、私のことを引きずっていく。
................その後どうなったかは、私の口からは言えない。