雪乃の、過去。(中編)―望乃夏
婉曲表現に極力留めてますが生々しいです。
「…………一体、どうしたの?トイレ付いてきてなんて…………」
「…………ごめん、聞かないで………………」
そう答える雪乃の手は、私の服の裾をぎゅっと握っていて。どこか落ち着かない様子で…………怯えている。雪乃、もしかして暗いとこ苦手?
「………………手、つなぐ?」
「…………悪いわね。」
どこかよそよそしく雪乃が答えて、裾から腕へとその手が移動する。
「………………さ、着いたよ。」
通路に比べると、トイレの中は幾分明るい。それでも雪乃は私の手を離すことはなくて。
「………………まさか、個室の中まで付いてきて欲しい、なんて言わないよね?」
「…………望乃夏が、いいなら…………」
あ、マジですか。
「…………同じ個室入るのが最近流行ってるとは聞くけどさ…………流石にそれは、ボクは無理だなぁ………………」
一応「個」室なんだしさ。………………お花摘んでるとこ見られるのも、ねぇ………………。
一方雪乃の方は、私の答えにちょっとだけ悲しそうな顔をしたけど…………結局は、一人で個室の中に入っていく。
「ごめん………………そこからでいいから、ずっと、話しかけて。………………もう、一人は、嫌…………」
最後の方はかすれ声で。…………雪乃、どうしちゃったの?いつもの凛としたイメージはどこに…………。
「…………雪乃?」
「…………何?」
「いや、話しかけろって言われたから…………。」
「…………そうね。」
扉越しに響く雪乃の水音を聞かないように、私は必死で頭を働かせる。
「…………雪乃、一体どうしたの?どうしてそんなに怯えて」
「怯えてなんか、ないわ。」
毅然とそう返す雪乃。だけど、いつものプライドはそこに込められてなくて。
「………………暗いとこが怖い、ってだけじゃ無さそうね。」
扉の向こうで身動ぎする音…………図星みたいね。
「雪乃。」
扉に寄りかかりながら呼びかける。
「………………ボクのトラウマはね、『ラブレター』と『薬』。」
「………………いきなり、何よ。」
「いや、雪乃にも何かトラウマあるのかなって。」
「…………関係、ないでしょ。」
「…………ボクはね、雪乃のこともっと知りたい。友達、だしね。…………ボクは話すけど、雪乃がもし話すの辛いって言うなら…………聞かないでおくよ。」
少しの間、お互いに無言のまま。その均衡を破ったのは、雪乃で。
「…………私のこと、話すから、望乃夏のことを先に聞かせて。」
「うん………………まず『ラブレター』のトラウマはね、中学生の頃…………あ、星花女子に来る前のことね。私の下駄箱にラブレターが入ってて…………しかも、差出人は女の子だった。その時私は、下駄箱間違えたんだなーって思って、その隣の下駄箱に入れ直しておいたの。私は端っこで上下も女の子だっし、宛先も書いてなかったから。ところがそれは本当に私へのラブレターだったわけ。…………その後どうなったのかは、想像つくよね?」
「…………もう一つの方のトラウマは?」
「『薬』、ね。こっちも中学生の頃のこと………………特に親しくもない女の子から、惚れ薬を作って欲しいって頼まれたの。当然私にそんな技能がある訳もないから断ったけど、それでもって頼まれたから…………図書館にそういう伝承を書いたのが確かあったと伝えたんだけど…………それからが大変。彼女はバレンタインチョコに色んなものを混入して渡したらしくて、大問題になったのよ…………私の名前は上がらなかったけど、それでも女子ネットワークは広いから私が原因だってみんなわかってたでしょうね。」
「…………そんなの。」
「ん?」
「…………そんなの、トラウマじゃない。私のは、本当のトラウマ。」
「ゆ、雪乃?」
何かが、確実に壊れる音がした。
まめちしき
望乃夏:よく媚薬とか惚れ薬とか言われるけど…………実のところ栄養価の高いものなら割となんでも惚れ薬に当たるのよ。身近な所だとチョコレートとかね。昔は栄養が不足してたみたいだし。
雪 乃:(…………今度望乃夏にホットチョコレートでも飲ませてみようかしら?)