雪乃の、過去。(前編)―雪乃
今回尾篭な話になります。
「…………さて、用が済んだら私のベッドから早く下りてくれるかしら。」
「あっごめん。」
望乃夏が慌ててベッドから飛び降りる。
「…………全くもう………………。」
…………後から気になって、寝られなくなるじゃない。
それにしても…………この部屋、寒いわね。思わず身体を震わせる。
「ねぇ望乃夏。暖房入れない?」
「…………確かに、寒いよね。」
リモコン、リモコン…………と床を四つん這いで探す望乃夏。…………もうちょっと女の子らしい仕草はできないのかしら。
「あ、あった。」
よっ、と手を伸ばして望乃夏がエアコンを点ける。
「…………冷風ね。」
「…………冷風だね。」
リモコンを覗くと、28度になっている。ただし「冷房」で。慌てて暖房に切り替えたけど、そう簡単に風の温度は変わらない。
「「…………寒い。」」
望乃夏が身震いする。冷風のせいで、余計に部屋が寒くなった気がする。
「…………そうね、部屋が温まるまで時間かかりそうだし、その間私のレモンティーを飲んで温まらない?」
「え、いいの?…………雪乃のなのに。」
「構わないわ。………………私だって、望乃夏のを勝手に飲んでたわけだし。」
「まぁ、そのお陰でこうして仲良くなれたわけだけど。」
「うっ、うるさいわね………………」
…………一々思い出させないでよ。
「あ、済まないけどボクの分も作っといてくれる?」
「いいけど…………どうしたのよ?」
「ちょっと、お花を、ね。」
それだけ言い残して、望乃夏はスタスタ出ていく。何よ、ちょっとは女の子らしいとこあるじゃない。
折角だから、と戸棚からティーポットを取り出してティーバッグを入れる。…………中等部の頃からずっと戸棚の肥やしになってたから、まさか使う時が来るなんて思いもしなかった。いざお湯を注ごうと電気ポットを持ち上げると………………軽い。「あの時」に使ったのが最後だったのね。
…………興醒めだわ。ため息をついて、ポットに水を入れてスイッチを入れる。さて、望乃夏が帰ってくる前に湧くかしら。
…………それにしても、暖かくならないわね。寒さに身震いして…………ふと、下腹部に意識が向く。………………やっぱり望乃夏についてけばよかったかしら。
その時、望乃夏がちょうど帰ってくる。
「あら、おかえり。………………お湯の方はまだよ。」
「えー………………しかも外も中もこんなに寒いのにぃ。」
「…………寒い寒い言わないで。こっちまで寒くなるわ。」
「そうは言ってもさ―――」
ポットのスイッチが戻る音で、その続きは遮られる。
「あ、沸いたみたい。」
…………案外早かったわね。まずは望乃夏と私のティーカップをお湯で温めて、その後ティーポットにお湯を注ぐ。…………うん、そろそろね。
カップのお湯を捨てて、二人分のティーカップにレモンティーを注ぐ。
「やっと…………暖かいものにありつける…………。」
二人分のカップを持って給湯室を出て、テーブルに置く。
「さて、じゃあ飲もっか。」
「…………じゃあその前に私も花を摘んでくるわ。」
カップを置いて歩き出す。
「………………まさかレモンティー見てて…………」
「へ、変なこと言わないで…………」
後ろ手にドアを閉めると、視界は少しの間闇になる。部屋の明るさに慣れているだけに、すぐには暗さに目が追いつかない。
……………………あら、なんか隣の部屋が騒がしいわね。喧嘩…………?
「…………もういいよバカっ、知らないっ、『じゃあね』!!」
勢いよく扉が空いて、誰かが泣きながら出てきて、乱雑に扉をバンと閉めていく。だけど、私はそれを見る余裕は無くて。
(暗い………………寒い………………扉のバーンて音…………怒った声………………一人っきり…………それに、『じゃあね』………………)
私の中で、何かがノイズ混じりにフラッシュバックする。………………ダメ、負けそう。
…………それなら……………………。私は部屋に引き返す。
「あれ、雪乃。早かったじゃん。」
「………………望乃夏…………。ごめん、頼みがあるの…………私と一緒に、付いてきて………………。」
次回、雪乃ちゃんの心の傷に触れていきます。
闇深気味なのでご覚悟を。