レモンティー。―雪乃
┌(┌'ω')┐<シリアス
あの後、店長さんは平謝りでお詫びにお土産まで持たせてくれた。
「………………なんか、悪いことしちゃったかな。」
「……………………」
………………今、私はものすごく凹んでる。望乃夏には見分けられた紅茶の違いが、私には分からなかった………………。
「………………雪乃?」
「な、なに………………?」
「………………もしかして、凹んでる?」
「う、うん………………」
………………望乃夏には分かったのに、私が分からなかったなんて…………
「………………さっきの紅茶のことなら、実はボクだってはっきり分かってた訳じゃないよ。ただ、昔飲んだのと同じ味だったからなんとなくわかったけど………………お高いブレンド茶葉っていうワードで納得しかけてた。」
「………………でも、私には分からなかったわ………………。」
「それなりに飲んでないと分からないかもね。………………雪乃は予めレモンフレーバーになったのが好きだからストレートは飲み慣れてないのかな?」
「…………そうね、大体レモン味にしてから飲んじゃうから、ストレートではそんなに飲まないわ。」
………………まさかそれが裏目に出るなんて。
「…………でも、飲んだだけで種類まではまず当てられないよ。それこそさっきの店員さんみたいに、その道を極めてるような人じゃないと。」
「………………ああ、あれ店長さんよ。」
「………………へぇ。」
滑り込んできた電車に、開いたドアから乗り込む。混雑した車内でなんとか二人分の席を見つけて、荷物を足元に置く。
「…………そういえばさ、雪乃。」
「………………なぁに、望乃夏。」
「………………雪乃ってさ、レモンティー好きだよね。」
「………………うん。それが、どうかした?」
「………………好きになった理由とか、そういうのってあるの?」
不意をつかれて、ピクリと身体が跳ねる。
「………………レモンは疲れをとってくれるって言われて、それで練習の後に飲むようになったの…………。」
「そう、なんだ………………。」
なんとなく、望乃夏との会話がぎこちなくなる。………………望乃夏に気を使わせちゃってるみたいで、苦しい………………でも、ホントのことを話すのは、私も怖い……………………。
でも、望乃夏なら………………わかって、くれる、かも………………。
手持ち無沙汰に窓の外を眺める望乃夏の袖を、ぎゅっと握る。
「………………望乃夏、お部屋に帰ったら………………ホントのこと、話していい?」
「雪乃…………………………いいの?その様子だと、辛いことなんじゃないの………………?」
「………………いいの。望乃夏なら、誰にも言わないし、からかわないって、知ってるから………………。」
「………………わかった。」
そっと、望乃夏の手を握った。
「ふぅ、やっと着いたね。」
「…………何だか色んなことがあったわね………………」
部屋の鍵を開けて入ると、私はまずエアコンをガンガンに効かせる。それから荷物を置いてコートを脱ぐと、
「…………ごめん望乃夏…………レモンティー、いれて。」
と、荷物をガサゴソする望乃夏に頼む。その間に私は、話すことをまとめようと頭の中を整理する。
「………………はい、雪乃。」
私の前に望乃夏がティーカップを差し出す。
「………………ありがと。」
ティーカップを手に取ると、温もりが手のひらから染み込んでくる。けど、その手は小刻みに震えてて。
「………………雪乃、辛いなら話さなくてもいいからね………………。」
「………………いいの。これは、私が望乃夏に知ってもらいたいことだから…………。」
レモンティーを一口飲むと、心を落ち着けて話し始める。
「………………私が体育倉庫に閉じ込められたのは、もう話したよね。それで、………しちゃって、一人で泣いてたってこと。」
望乃夏は小さく頷く。
「………………実はあの話には、続きがあるの。」
「助け出された後、詳しい話は落ち着いてからでってことになって、家に帰されたんだけど………………その時の私は、心が殺されてたから………………家に着いたんだけど、パ…………お父さんがね、ココアをいれておいてくれたの。だけど、味なんて全然感じられなくて………………。迎えに来てくれたのは、マ………………お母さんなんだけど、帰り道にあったかいレモンティーを買ってくれたの。次にそれを飲もうとしてカップに空けたんだけど………………それを見て、あの水たまりのことがフラッシュバックして……………………半狂乱になったのね。それを見たお母さんが、私をお風呂に入れてくれたの………………。多分帰り道の時から気がついてたのね、私のスカートの中のこと………………。一緒にお風呂入ってくれて、私のこと全部洗ってくれて………………最後にね、お風呂の中で私のことを後ろから抱っこしてくれたの。………………とってもね、あったかかった。掛けられた毛布より、ココアより、そしてお風呂のお湯よりも………………抱っこしてくれたお母さんが、ずっとあったかかったの。………………泣きながら全部話したわ。それを全部聞いてくれたの………………私が逆上せるまでずっと、ね。」
不思議と、涙は出てこなかった。私は、冷めかけた残りのレモンティーを一気に飲み干す。
「…………だからね、私にとってレモンティーは、あったかいの。」
これだけは、望乃夏でも勝てないあったかさ。どんなに冷めてても、私のことをあっためてくれる魔法の飲み物。
「………………これが、私がレモンティーが好きな理由。」
一息ついて目線を上げると、目の前にいるはずの望乃夏が居なくて。突然後ろから、ぎゅっと抱きすくめられる。
「のの、か………………」
「そっか、雪乃がレモンティー好きなのって、そういう事だったんだ。」
「………………うん。」
「……………………ごめんね、軽々しく聞いちゃって。」
「ううん、いつかは話そうって思ってたから。」
望乃夏の熱をもっと感じたくて、そっと引き寄せる。
「………………あったかい…………」
「うん………………」
しばらくそのままあったまってると、望乃夏のお腹が鳴く。
「………………ののか!?」
「………………ごめん………………。」
………………もう、どうして望乃夏はいつもこうなのかしら………………。
「………………まずはお風呂行こっか………………。」
「………………それもそうね。」
「………………お風呂の中で、後ろから抱っこしてあげよっか?」
「………………みんなに見られたくないから、いいわ………………」
温まってきた部屋の中で、私達はお風呂の準備をした。