ラーメン屋。―雪乃
「さ、着いたわよ。」
望乃夏を連れて電車を降りると、見慣れた景色が私達を出迎える。
「うーん、いかにも田舎の繁華街って感じ。」
「……………………失礼よ、望乃夏。」
これでも私のお気に入りの場所なんだから。むすーっとして軽く睨むと、望乃夏は少しだけ慌てて謝る。
「…………冗談よ。さ、日が暮れる前に行きましょ。」
望乃夏の手を引いて改札を抜けると、まず飛び込んできたのは美味しそうな匂い。それに反応して、私のお腹が鳴る。………………な、なにもこんな時に鳴らなくてもいいじゃないの…………。
俯いて赤くなると、望乃夏もお腹を抑えながら俯く。
「………………やっぱりお昼軽かったかな。雪乃、この辺でオススメのお店ある?」
「……………そうね、私のオススメは…………この匂いの素である、このお店ね。」
と、私はすぐ横のラーメン屋を指さす。
「へぇ、雪乃って辛いの苦手なのにラーメン屋さん行くんだ。」
「失礼ね、味噌ラーメンはダメだけど豚骨や醤油なら食べられるから。」
望乃夏にからかわれてるってのは分かってるけど、それでも反撃しちゃう。
「………………ま、とりあえず行ってみよっか。」
暖簾をくぐると、鼻をくすぐる匂いは一段と強くなる。空いた席に腰掛けると、私は望乃夏に聞く。
「望乃夏は何にする?」
「うーん、ボクは醤油。」
「そう、なら私は豚骨ね。」
それぞれオーダーすると、望乃夏の方を見る。
「それなりに量あるから覚悟しといた方がいいわよ。」
「………………まじで?」
私が答えるより先に、ラーメンが運ばれてくる。
「………………ね?わかったでしょ?」
「………………もやしとキャベツの富士山…………」
「食べきれなかったら私にちょうだい。」
「い、いや、なんとか頑張ってみる………………。」
望乃夏が恐る恐る箸を差し込むのを横目に、私はもやしの山をかき崩す。そして固めの麺と合わせて口に運ぶ。………………うん、この歯ごたえはいつ食べても最高ね。
ペコペコなお腹はラーメンをどんどんと受け入れていって、あっという間にもやしの富士山はスープの池へと沈んでいく。…………やっぱりちょっと物足りないわね。
ふと望乃夏を見ると、向こうもなんとかキャベツ&もやしの山を攻略できたみたいで残りの麺と取っ組み合いしてる。
「すみません、ギョーザ一つ。」
注文するとすぐにギョーザが運ばれてくる。まずは何もつけずに一つ。…………うん、やっぱりラーメンの〆にはギョーザね。
「あれ、雪乃はギョーザ頼んだの?」
望乃夏がレンゲを止めてこっちをのぞき込む。
「これ美味しいのよ。望乃夏も半分食べる?」
ずいっと皿を望乃夏の方に押すと、箸が伸びてきてギョーザを掴む。
「望乃夏、醤油付ける?」
と、小皿を渡そうとしたら、望乃夏が慌てて水を飲んでいる最中だった。
…………望乃夏、もしかして猫舌?
「………………ふぅ。何このギョーザ、かじった途端あっついのが口の中に………………」
「望乃夏、言い方がえっちいわよ。………………でも美味しいでしょ?」
「うん、食べた途端に肉汁が広がって…………こんなの食べたことない。」
「でしょ?いくら星花の食堂でも、なかなかこんなのは出てこないわよ。」
自慢げに言うと、望乃夏はもう一つギョーザに手を伸ばす。
「今度は気をつけなさいよ?」
「分かってるって。………………はむっ」
…………あ、またやった。
「………………もう。気をつけてって言ったのに。」
「…………か、かじったら口の中に広がるんだもん…………どうやって食べればいいのさ………………」
「………………望乃夏、やっぱり猫舌?」
「………………うん。熱すぎるのは、ヤダ。」
「ふふっ、やっぱり黒猫さんね。」
「むぅ……………………それを言うなら、雪乃だって気ままで寂しがりな白猫さんじゃん。」
「に゛ゃっ!?」
………………やり込めたつもりが逆にやり込められちゃった。
「………………はむっ。やっぱりこのギョーザおいしい。」
「そ、そうね………………」
………………気ままなのは黒猫さん、あなたもじゃないの?だってこんなに、私の心をかき乱すんだもの。
そんなことを考えつつ、『白猫』は残りのギョーザ争奪戦へと箸を進めた。