人混みの物陰で。―望乃夏
「……………………ゆ、雪乃…………?」
「………………ふふ、私は大根…………」
ゆ、雪乃がまた壊れた………………
「…………ほ、ほら、普段使いの靴見に行くんでしょっ。」
変な空気を誤魔化すために話題を変えると、雪乃もようやく我に返る。
「………………そうね。このショッピングモールの中には他にも靴屋さんがあるし、そこで探しましょ。」
「ん、それならまず案内板探そっか。」
「その必要は無いわ。前に来たことあるから道も覚えてるし。………………こっちよ。」
と、雪乃は一人でスタスタ歩いていく。
「ま、待ってよ雪乃………………」
慌てて走って追いつくと、雪乃の右腕に腕を絡める。
「…………人も多いし、迷子になったら大変だから。」
ちょっと俯いてそう言うと、
「…………もう、しょうがないわね。」
雪乃の方からも腕を絡めてきて、手のひらが組み合わさる。
「さ、行きましょ。………………靴屋さんは上の階だけど、階段とエレベーターどっちにする?」
「え、エスカレーターじゃダメなの?」
と、向こうに見えるエスカレーターに視線を向けると、雪乃は少し肩をすくめる。
「………………望乃夏、これでエスカレーター乗れると思う?」
と、繋いだ手を少し揺らす。…………あ、確かに。
「………………それを言うなら、階段も無理だね。エレベーター探そっ。」
そう言って歩きだそうとすると、雪乃に止められる。
「………………どうしたの?」
「………………望乃夏、あなたの後ろにあるものは何かしら?」
「ん?」
首だけで振り返ると、そこには見慣れた鉄の扉が。
「………………エレベーターだね。」
「………………私達が探そうとしたものは?」
「………………エレベーターだねっ。」
雪乃が頭を抱える。
「………………望乃夏、やっぱり無自覚の天然だわあなた………………。」
「そ、それほどでも…………」
「いや、褒めてないから。」
「…………あ、ちょうど来たみたい。」
話を誤魔化してエレベーターに乗り込むと、壁を背にしてもたれ掛かる。
「靴買ったあと、どうしよっか。」
「…………そうね、今度はカフェでも行く?」
「お、いいね。」
そんな会話をしてると、途中の階で扉が開いて人がなだれ込んでくる。
「うえっ!?」
「な、何よこの人の群れ……………」
あっという間に私達は押し込まれて、繋いでた手も思わず解けてしまう。そして、私と雪乃は。
「………………」
「………………」
((ち、近い…………/////))
押し込まれて身動き出来なくなってた。
「ゆ、雪乃………………」
横を向くと、ちょうど雪乃もこっちに顔を向けていて。お互いの息が、ほっぺたにかかる。どっちからともなく顔が近づいて………………もう少しのところで、エレベーターの扉がまた開く。
「………………着いたね。」
「そ、そうね………………。」
お互いに顔を逸らして、人波に任せてエレベーターを下りる。
「………………ゆ、雪乃………………。」
「………………望乃夏、抑えて……………。私も、抑えるから…………。」
雪乃もうっすらと赤い顔をしてる。
「ご、ごめん…………やっぱり無理みたい………………そ、そこに階段あるから…………」
雪乃が私の袖をぎゅっと握る。……………………そうだよね、一度その気になっちゃったら………………もう、そうするしかないよね。
私は、階段の防火扉を背にして雪乃と向き合う。
「………………やり直し、ね。」
壁に手をついた雪乃は、そのまま体ごと近づいてくる。今は、軽く唇を交わすだけ。
「………………帰ったら、またやり直し、ね。」
少しだけ唇を気にする雪乃を、俯きながら眺める。……………………「まだ足りない」って言いたげな雪乃の唇と、「もっと」って訴えかける私の心。
「…………………お預けって、いつだって辛いよね。」
「………………しょうがないじゃない。………………人目もあるし。」
辺りを気にする雪乃。幸いにして、人影はもちろん足音も聞こえてこない。
「………………行きましょ。」
「………………うん。」
煮えきらない何かを抱えたまま、私達は階段を後にした。