プレゼント。―望乃夏
「んっ………………ひゃっふん…………きゅう…………。」
「の、望乃夏………………変な声出さないで…………」
「だ、だって、くすぐったいんだもん…………」
「し、しょうがないでしょっ!?………………嫌なら、自分でメイクしなさい。」
と、雪乃はメイク道具を放り出す。
「わ、わかった…………じっとしてるからっ………………続けて。」
「………………全く、もう………………終わってるわよ、もう。」
「へ?」
そう言われて鏡を見ると、確かにさっきまでよりもマシになってる。
「………………全く、そのぐらい自分でちゃちゃっとできるようになりなさいよ。」
雪乃がブツブツ言いながら自分のメイクを直していく。
「………………う、うん。がんばる………………。」
けど、………………結局、雪乃の方からした約束なのに、それを破るのも雪乃からなんだね………………。「自分でメイクできるまでデートはお預け」とか言っておきながら、「誕生日だから一緒に買い物しましょ。」なんて………………。ま、いいけどね。
チラリと雪乃を見ると、相変わらずの仏頂面。
「………………何よ。」
「………………別に。」
素っ気ない会話だけど、内心何を思ってるのかなんて大体分かる。今の雪乃は…………うん、少しだけ浮かれてる。
「………………さ、行きましょっか。」
「そうだね。…………んーと、どこから見る?」
「そうね、ここから一番近いのは………………まず、洋服にしましょ。」
雪乃が案内板を見ながら決める。
「洋服かぁ。………………またお財布が空になりそう…………」
「お、思い出したくないわね…………あれは………………。」
………………その原因になった服を今2人で着てることを考えると、すごく気まずい。
「と、とりあえず行きましょ…………」
服飾のエリアに立つと、まず人の多さに圧倒される。
「………………そっか、もう年末商戦の時期なのね。」
「………………うーん、あの人波に突撃する勇気はないなぁ…………。」
私達はそそくさと人混みを避けて、人通りの少ない所に行く。
「あれ、もう春物が出てるんだ。」
「望乃夏、それも一応冬物よ。色は春っぽいけど。」
「へぇ…………」
私は薄手のカーディガンを眺める。…………言われてみれば確かに冬っぽいかも?
「………………うーん、やっぱりこの服で来たのは失敗だったかなぁ。」
「………………そうね、こんな『戦場』に着てくるんじゃ無かったわ。……………………折角のデートなのに。」
「………………へぇ、…………雪乃はこの前、これは『お買い物』だって言ってたよね。………………やっぱり『デート』じゃん。」
「に゛ゃっ!?」
一瞬で雪乃が沸騰する。
「わ、私これ試してみるからっ!?」
慌てて雪乃がフィッティングルームへと駆け込む。………………うん、ちょっと強引だったけど、いいか。
私はこっそりと雪乃のところへ行く。そして、脱ぎ捨てられた靴を整えるフリをしてサイズを見る。…………ふむふむ、26.5ね。
「の、ののかぁ………………いる?」
カーテンの隙間から、雪乃が顔だけ出す。
「どしたの?」
「こ、これ、なんだけど…………」
雪乃が恐る恐るカーテンを開く。私の目に飛び込んできたのは、
「………………雪乃、思い切ったね…………。」
「うぅ………………」
膝上15cmの薄桃色。いつもの雪乃なら絶対に履かない長さ。あらわになったむちっとした太ももを、思わずじっと眺めちゃう。
「の、望乃夏…………見ないでっ、恥ずかしい、から………………」
雪乃が裾を抑えて少し涙目になる。
「いや、新鮮だなぁって。いつもの雪乃なら履かない長さだし。」
「………………や、やっぱりこれ、やめる………………」
雪乃がカーテンを引いて、見納めとなった。ちぇっ。
「………………ならボクは向こう見てくるね。何かあったら電話して。」
そう言い残して、私は服飾コーナーの外れに歩いていく。………………うん、あった。
私は、棚に並んでいたブーツを手に取る。大きさは………………うん、大丈夫。くるぶしぐらいまでの長さで、茶色のもこもこしたやつで、小さなボンボンが付いてる。さて、値段は………………うげっ、高い。なんでこんなにするの………………。でも、背に腹は変えられない。意を決してカウンターに持っていくと、告げられた値段はさっき見たよりもかなり安くて戸惑う。
「………………あれ、値札よりもかなり安い?」
「あ、これ最後の一個なので…………それに、展示品だったのでかなりお安くさせて頂いてます。」
「そうなんですか………………あ、包んで貰えますか?」
お会計を済ませて包みを受け取ると、雪乃のところへと戻る。
「………………お待たせ。」
「もう、どこ行ってたのよ。…………あら、その包みは?」
「こ、これ?ああ、これは、その、あの………………」
「なんか怪しいわね………………中身見せなさい。」
雪乃が、鋭い目つきになってこちらを睨む。
「だ、ダメだって………………」
「どうせまた変な物買ったんでしょ。ほら渡しなさいっ。」
「あっ」
一瞬のスキをつかれて、雪乃に包みを奪い取られる。
「あ、ちょっ、」
「………………あら、ミニブーツじゃないの。………………へぇ、望乃夏も洒落っ気が出てきたのね。でもこれ、望乃夏には少し大きいんじゃない?」
「………………いや、それでいいの。………………雪乃、こんなとこで悪いけど……………………誕生日、おめでとう。」
「…………………………ほえ?」
雪乃がキョトンとした顔をする。
「………………だから、それはボクから雪乃への誕生日プレゼント。………………ごめん、風情もへったくれも無い上に、遅れちゃったし、こんな形だけど………………。」
……………………あれ、雪乃の様子が。………………って、雪乃、泣いてる!?
慌てて雪乃をベンチのある所まで連れて行って座らせる。
「ゆ、雪乃………………大丈夫?」
「の、ののかぁ………………。」
雪乃が顔を上げると、そこにはいつもの凛とした雰囲気は微塵もなくて。
「………………もう、メイクもけっこう流れちゃってるじゃん…………。」
「………………だ、だって…………望乃夏が私にプレゼントしてくれるなんて………………」
「………………要らないならボクがもらうよ?」
「そ、そうとは言ってないわよ………………。望乃夏が私のために選んでくれたのが嬉しくて…………」
涙や溶けたメイクでぐっちゃぐちゃになった雪乃の顔は見てらんないけど、それでもほんとに嬉しかったってのは伝わってきて。
「…………ほら、顔を上げて。」
とりあえずウエットティッシュで一通り顔を拭ってあげた後、ハサミを取り出してタグを落としていく。
「………………この間、雪乃が靴ボロボロだって話してたでしょ?その時から、誕生日プレゼントはブーツにしようって決めてたの。………………雪乃っていつもスニーカーだから、こういうのあげたら似合うだろなって。」
そして、ブーツを雪乃の前に差し出す。
「履いてみて。」
雪乃はスニーカーを脱いで、ブーツに足を突っ込む。
「…………うん、丁度いいわ。」
二、三歩歩いてみて雪乃が答える。
「そっか、良かった………………それで、どうする?このまま履いていく?」
「いや、遠慮するわ。………………せっかくのプレゼントを人混みで汚したくないし、それにこの後普段使いの靴も見に行きたいから。」
「普段使い………………あっ、し、しまった………………」
………………ブーツあげても学校に履いてけないじゃん………………。今更ながら、私の浅はかな考えを後悔する。
「そ、そんなに落ち込まないで………………確かに平日は使えないけど、また2人でお出かけする時に履けばいいんだから………………。ね?」
雪乃が慌ててフォローする。………………うう、こんなんじゃどっちがプレゼントしたのか分かんないよ………………。
「…………そうだ、普段使いの靴も望乃夏に選んでもらおうかしら。」
「………………へ?」
「…………いいのを選んでね、望乃夏♪」
「ゆ、雪乃………………」
少しだけ声を弾ませた雪乃は、そのままスタスタと靴売り場に歩いていく。
「ま、待ってよ雪乃っ」
慌てて後を追う私。
………………雪乃の歩き方がスキップに見えたのは、きっと気のせいじゃない。