違う温もり。―雪乃
………………はぁ、もう。
私は、まだひりひりする口の中をお冷で無理やり冷まして席を立つ。
「ほら、さっさと行くわよ。」
自分の分の支払いを済ませて店を出ると、後から望乃夏が小走りに追いかけてくる。
「ま、待ってよゆきのぉ…………」
「待ってって…………普通に歩いてるだけじゃない。」
立ち止まって望乃夏を待つと、息を切らしながら望乃夏が追いつく。
「…………望乃夏、あんたどんだけ体力ないのよ………………。」
「だ、だって…………雪乃、歩くの早いし…………体育の授業ぐらいしか運動しないもん………………。」
「……………だからって、非力すぎるわよ………………私と朝練する?」
「お断りします。」
間髪入れずに望乃夏が答える。
「…………………即答ね。」
「………………今日はともかく、朝の6時に起きたらボク死んじゃうからね?」
「………………大袈裟ねぇ。」
そんなやり取りをしながら歩いてると、目の前にバス停を見つけた。
「これに乗ってきましょ。いい塩梅にもうそろそろ来るわ。」
「んー、チャージあったかなぁ…………」
望乃夏が財布を取り出して悩む。
「あら、バス代ぐらいなら出してあげるわよ?」
と、私は財布を開けて何枚か小銭を出す。
「ん、サンキュ雪乃。」
「………………後で返しなさいよ?」
「わ、わかってるって…………。」
………………ほんとでしょうね?
「あ、返すで思い出したけど………………雪乃。20円返して。」
「はぁ?」
………………私、望乃夏にお金借りたことあったかしら?
「…………こないだ理科室で缶のコーンスープ飲んだよね。それで、お代貰ったわけだけど………………あのコーンスープさ、自販機で120円したんだよね………………雪乃100円しか置いてかなかったし。」
「あ、ああ、あれ、ね。」
………………よくもまぁそんな細かい所まで覚えてるわね………………。でもお金はお金。私は財布から20円取り出して、望乃夏に渡す。
「ほい、ありがと。」
望乃夏に10円玉を渡すと、ちょうどバスが来た。
「………………どうする?また一番奥?」
「…………そう、ね。また寝ちゃいそうだから違う所にしましょ。」
「ボクが起きてるから雪乃は寝てても大丈夫だよ?」
「………………それが一番アテにならないってさっき学んだわよね?」
もう一つため息をついて、空いていた2人がけの席に望乃夏と一緒に座る。
「………………うーん、なんか変な感じ。」
「あら、どうしたの望乃夏?」
「いや、なんか顔に違和感があってさ…………」
と、振り向いた望乃夏の顔を見ると、
「ちょっと崩れてるわね。メイクしてる時はご飯気をつけないとダメよ?………………そうね、向こうついたらまずお化粧直しね。」
私も手鏡を開いて自分の顔を確かめる。…………そんなに崩れてないわね。
「…………んーと、あと何分ぐらい?」
望乃夏が路線図を見ながら聞く。
「そうね、あと5分ぐらいかしら。」
「そっか………………。」
「…………望乃夏、何考えてるの?」
「…………いや、あと5分でまた寒い思いするのかぁ、って。」
「流石にお店の中は温かいと思うわ。それでも寒かったら………………。」
そっと、手を座席に這わせる。 目的地は望乃夏。…………繋がった。
「…………これで、どうかしら?」
「…………ん、すごく、温かい。」
「…………私もよ。」
そんなことをしているうちに、バスはショッピングモールの前にたどり着く。その手を離さないように気をつけて降りると、洗礼とばかりに北風が吹き寄せる。
「ううっ、やっぱさぶっ。」
「そうね、早く中入りましょっ。」
駆け足で自動ドアをくぐって、まず案内板を見る。…………なるほど、そこね。
「雪乃、見つけたよ。」
望乃夏が手招きする方に行くと、化粧室はすぐに見つかった。
「…………で、ものは相談なんだけど。」
と、望乃夏の指さす方を見ると、個室は一つしか空いてなくて。目線をチラリと交わすと、ジャンケンが始まる。
「…………私の勝ちね。ごめん望乃夏、先に使わせてもらうわ。」
望乃夏のちょっと恨めしそうな視線を感じつつ、私は個室に入る。………………牛丼屋で水飲みすぎたかしら。
扉を開けて外に出ると、そこに望乃夏はいなくて。
「あれ、望乃夏?」
………………どこ行ったのかしら?
「ごめん、こっち。」
横の個室の扉が空いて望乃夏が出てくる。
「………………さて、雪乃。…………頼んでいい?」
「………………早く自分でメイクできるようになりなさい。」
私は今日何度目かのため息をついて、ウェットティッシュで望乃夏の顔を拭いていくのだった。