牛丼あれこれ。―望乃夏
ちょうどお昼時の店内は混雑してて、2人がけの席を探すのに苦労する。
「ん、雪乃。ここ空いたっ。」
カバンを空いた席に投げて席を確保する。
「もう、お行儀悪いわよ望乃夏。」
後ろを見れば、雪乃が混雑した店内にしかめっ面をしながらも、私に呆れたような眼差しを向けてくる。
「だってこんなに混んでるんじゃ、すぐに席埋まっちゃうしさぁ。」
「…………まったく………………。」
そう言いつつも、私の向かい側に雪乃は座る。メニューを抜いて雪乃に投げると、店員がすぐにお冷を持ってくる。
「ん、雪乃は決まった?」
「そうねぇ………………特盛でいいかしら。」
「と、とくもっ…………」
………………アレ相当大きいよ?そんなの食べたら………………と、こっそりと視線を雪乃のお腹に向ける。
「…………何よ…………」
「いや、別に…………」
「………………まぁ、いいわ。」
相変わらずジト目な雪乃をよそに、私もメニューを眺める。ふむふむ…………んー、これでいいか。
「決まった?」
ん、と頷くと、雪乃が呼び出しボタンを押す。
「んーと、牛丼特盛お願いします。望乃夏は?」
「牛丼頭の大盛りつゆだくと豚汁で。」
オーダーを取ると、すぐに店員さんは奥に引っ込む。
「…………望乃夏、手馴れてるわね。」
「まーね。………………あんな家だったから外食も多かったし。それに、雪乃も知ってるでしょ?ボクが野菜そんな好きじゃないの。雪乃が練習から帰ってくるの遅い時なんかにテイクアウトして部屋で食べてるし。」
「………………なるほど。部屋に割り箸とかたくさんあるから不思議に思ってたのよ。………………はぁ。」
と、雪乃がため息をつく。
「…………そんなんじゃダメよ。もっと体力付けないと。」
「体力って………………」
その後に雪乃が何か言おうとしたけど、私たちの前に牛丼が運ばれてきて話は打ち切られた。
「…………ふぅん、特盛と言う割にはご飯が少ないわね。」
と、雪乃が肉をどけて確かめる。
「いや、そう感じるのは雪乃ぐらいだから。」
と、私は七味を振りかけながら呆れる。………………まったく、雪乃のご飯に対する執着はすごいなぁ…………。
箸を進めつつ、対面の雪乃を眺める。肉はほぼそっちのけにしてご飯をメインに食べ進める雪乃の丼からは、あっという間に半分以上のご飯が消えている。………………こ、怖いな…………。
口直しに一口豚汁を飲むと、濃いめの味噌の味がご飯や牛肉と混ざって更に食欲をそそる。うん、やっぱりこの組み合わせは最高♪
ふと視線を感じてお椀を置くと、雪乃が豚汁に視線を向けていた。
「………………飲んでみる?」
と差し出すと、返事の代わりにお椀が持ってかれる。一口飲んだ雪乃は、
「やっぱりご飯にはお味噌が合うわね。」
と満足げ。……………ふふ、かわいい。
帰ってきた豚汁をまた一口飲んで牛丼に箸をつける。…………うーん、どうしてもごはんが余るなぁ。そう思いながら、肉たっぷりのご飯と共に豚汁を飲んでふと気がつく。………………こ、これって………………。か、間接、キ…………。
豚汁を一気に飲み干した後、また牛丼へと箸を運ぶけど………………ドキドキしてるせいで、お腹がいっぱいになってくる。
「………………どうしたの?もう食べないの?」
と、雪乃が空になった丼を置いて聞いてくる。
「………………う、うん。………………雪乃、残り食べる?」
「あら、いいの?」
と、対面から丼をかっさらう雪乃。………………あ、忘れてた。
「雪乃、それは」
けど、間に合わなかった。雪乃が大慌てでお冷を一気にあおる。
「………………ごめん。七味かけたんだ、そこ。」
「は、早く、言いなさいよっ!!」
少し涙目の雪乃が、咳込みながら睨んでくる。
「………………大丈夫?」
「………………まぁ、ご飯があるから。」
と、雪乃が何事も無かったかのように食べ進めていく。………………一口ごとにお冷に手を伸ばしてるのはご愛嬌。
「…………ほんとにご飯好きだねぇ、雪乃。」
その言葉に、雪乃は丼を置く。なお、もう丼は空っぽになっている。
「温かいってのが一番の理由ね。後は………………辛いものでも、ご飯と一緒ならある程度は食べられるから。」
「ふぅん………………。」
「……………………辛いものが苦手だなんて、あんまり知られたくないもの。……………………弱点を知られたら、何されるか分かったもんじゃないわ。」
「ゆ、雪乃………………。」
雪乃のその声は、少し震えてて。迂闊に聞いちゃったことを、私は深く後悔する。
「………………ま、こんなこと教えられるのは望乃夏、あなたぐらいよ。」
雪乃が残ったお冷を一気に飲み干して呟く。その指先が、微かに震えてた。
「………………さ、行きましょ。」
「う、うん………………。」