ブランコ。―望乃夏
「…………さん、お客さん?」
………………んっ………………あれ、私は…………
「…………おきゃくさーん?」
「あ、はいっ!?」
慌てて目を開けると、困ったようにこちらを見るバスの運転士さんがいた。…………ありゃりゃ、私寝ちゃったんだ……………。
「す、すいません。今降りますっ。」
慌てて立ち上がろうとして、私の体に寄りかかったままの雪乃に気がつく。………………ゆ、雪乃まで寝ちゃってたんだ………………。
「…………ほら、雪乃。起きて。」
「………………ふぇ…………のの、か…………」
「ほら、もう終点だって。」
のそのそと雪乃が起き上がる。その足取りは、ちょっと危なっかしい。
「ほら、雪乃、しっかり。」
肩を貸してバスから降りると、そこはバスの営業所だった。
「…………ありゃりゃ…………ここ、どこだろ?」
とりあえず門の外に出ると、携帯の地図を読み込む。………………ふむふむ、とりあえず空ノ宮の中なのは確かか。…………まぁ、それはともかくとさて。
「………………ゆきのー?」
相変わらずぼーっとしたままの雪乃をぺしぺしと叩くと、次第に雪乃の目の焦点が合ってくる。
「………………あれ、ここは?」
「………………バスの営業所。どうやら私達、終点をすぎても寝過ごしちゃったみたい。」
「…………そ、そう、なの………………。」
雪乃が目に見えて凹む。そんな雪乃を気遣うように、私は腕時計を見せる。
「ほら、まだ9時になったばっかりだからそんなに落ち込まないで。時間はまだたっぷりと残ってるからさ。」
「の、ののかぁ………………」
「ゆ、雪乃…………………………そ、そうだ。朝軽かったからちょっとお腹空かない?あそこにコンビニあるから、何か買って食べよ?」
しんなりしたままの雪乃を引きずってコンビニに入る。………………へぇ、ここはピザまんもあるんだ…………。
「雪乃は、何食べる?」
「…………肉まん。」
「肉まんね、わかった。……………って、肉まん売り切れみたい。ボクはあんまん買うから、それを2人で分けよっか。」
雪乃は、小さく頷いた。
コンビニを出ると、すぐの所に公園を見つける。
「わぁ、懐かしい。」
私はブランコに腰掛けると、少しの間漕ぐ。
「もう、望乃夏。子供じゃないんだから………………」
雪乃が呆れたような目で見てくるけど、そういう雪乃もちゃっかりと隣のブランコに腰掛けてる。
「懐かしいなぁ。漕ぎまくって靴を飛ばすに夢中になってたよ。」
「………………へぇ、望乃夏もやってたのね。」
「うん………………そのせいで靴下汚しまくって怒られたっけ。」
そういった途端雪乃が吹き出す。
「へぇ、望乃夏もお転婆だった頃があるのね。今の研究バカからは想像がつかないわ。」
「むー…………それどういう意味さ?」
「あら、そのままの意味よ?」
「ひどいなぁ………………」
「でも。」
雪乃が、ブランコを漕ぐのをやめる。
「………………私は、今の望乃夏が好きよ。」
思わず、私も漕ぐのをやめる。
しばらくの間、2人ともブランコに腰掛けたままじっと俯いていた。その沈黙を先に破ったのは私の方で。
「………………冷めないうちに、あんまん、食べよっか。」
「………………そうね。」
ブランコを降りてベンチまで歩いて腰掛けると、お尻にひんやりとした板が触れる。
「うぅ、寒い…………」
そんなのも、あんまんの袋に手を入れるとたちまち感じなくなる。私は袋の中であんまんを二つに割ると、片方を紙に包んで雪乃に渡す。
「あら、ありがと。」
渡したあんまんに、すぐにかぶりつく雪乃。私も、袋で手を包みながら残り半分にかじりつく。…………うん、ちょっと冷めちゃってるけど、まだあったかい。
半分のあんまんは、あっという間に私たちのお腹に収まった。
「………………さて、この後どうしよっか。」
雪乃の方を振り向くと、ちょうど雪乃は欠伸してて。気がついた雪乃は、すぐに真っ赤になる。
「………………まだ眠いの?」
「………………そうね…………昨日はワクワクして、あまり寝れなかったの。」
「…………へぇ、雪乃もかぁ。」
意外だなぁ、と思いつつ、私は自分の膝に手を置く。
「………………雪乃、『ここ』、使う?」
ポンポンと膝を手で叩くと、雪乃は遠慮がちに、
「い、いいの………………?」
「どうぞ。………………ただし、30分だけね。」
「…………そ、それだけ…………?」
「………………ごめん、ボクも眠いんだ………………だから、終わったら交代、ね?」
「こ、こうたい…………」
ぽふん、と赤くなった雪乃は、遠慮がちに私の膝に頭を載せる。
「………………じゃあ、少しだけ借りるわね。」
「ごゆっくり。」
寒くないように、コートの裾をちょっとだけかけてあげる。
雪乃のぱっちりとした瞼が静かに閉じていって、やがて寝息が聞こえてくる。
…………ふふ、おやすみ、雪乃。