私の左手。―雪乃
「さ、早く行こうよ雪乃っ。」
「ま、待ってよ望乃夏………………まだ、早いわよ………………。」
望乃夏に強引に引きずられながら、私達は寮の玄関を出る。まだ8時にもなっていないから、外の気温は凍えそうなほど寒い。………………靴を買うついでに、手袋も見繕うかしら。
「………………ねぇ雪乃。…………手袋も欲しくない?」
「ふぇっ!?」
な、なんで私の考えてたことが…………
「そ、そんなに驚かなくても…………。」
「ごめんなさい………………私もちょうど、手袋が欲しいなって思ってたとこだったから………………。 」
「え、雪乃も?」
望乃夏もびっくりしたようで、思わず顔を見合わせる。それから、どっちからともなく思い出し笑いする。
「ふふっ………………後で望乃夏に似合いそうな手袋見繕ってあげるわ。」
「ありがとっ………………そうだ、1個のを2人で使うのはどう?」
「…………へ?」
なんでそんなめんどくさいことを………………と首を傾げると、
「………………雪乃、手、借りるね。」
と、そっと私の左手が望乃夏の右手に包まれる。………………私よりもちっちゃな手だから全部は覆いきれてないけど、冷えていく私の手の甲をそっと暖めていく。
「………………望乃夏、…………」
「…………雪乃の手、冷たくなってきてる…………。」
「…………いいわ、これぐらい。それよりも、望乃夏の方が寒いでしょ。ほら、貸して。」
と、望乃夏の右手を私が包み直す。ちょっとだけひんやりとした望乃夏の手の甲が、私の熱で温められていく。
「………………ね?こうやってあっためれば寒くないから…………繋ぐ方の手には手袋いらないかなって。……………………雪乃と直に手を繋いでたいってのがホンネだけどね。」
「そういう、ことだったのね…………」
やっと納得がいく。
「……………………で、どう、かな?」
「…………あら、私が反対すると思ってるの?」
「………………一応、ね。」
あら、私を試したの?抗議の意味も兼ねて、左の手のひらに力を入れる。
「ひぎっ、ゆ、ゆきの、お、おれるっ」
「………………試すようなことした罰よ?」
望乃夏は私の手を振り解いてしきりに痛がっている。………………やりすぎたかしら?
「…………まぁ、いいや。それじゃあ雪乃、行こうか。」
「…………そうね。」
と、自然と左手を差し出す。それを見て、困ったように望乃夏が笑う。
「………………雪乃、こないだエスコートの話してくれたよね?雪乃の右側を歩くから、雪乃は右手を出してくれるとありがたいんだけど………………。」
「…………そういえば、そんな話もしたわね。…………でも、気が変わったわ。」
と、そのまま左手を差し出す。
「………………私の左手は、ずっとバレーボールを叩き続けてきたから望乃夏みたいに柔らかくないし、ちっちゃくもないガサツな手だけど………………それでも、私にとって大事な手なの。私の左腕は、私のステータス。だから………………フリーにするより、大事な人に預けたいの。」
「…………雪乃…………。」
そっと、望乃夏の右手が重ねられる。
「………………確かに、お預かりしました。」
そう言ってニッと笑う望乃夏に、私の顔も自然と緩む。
「………………さ、行こっか。」
「うん。」
同じような身長でも、違うコンパス。今度は、望乃夏が私に合わせてゆっくりめに歩いてくれる。
(………………望乃夏も、上手になったわね。)
そんなことを考えながら、私達は歩き続けた。
「んーと、バスはこれでいいんだっけ?」
「そうね、合ってるわ。…………ほら、来た。」
顔を上げれば、ちょうど目当てのバスが来る。
「望乃夏、ちゃんとチャージしてある?」
「その辺は抜かりなく。雪乃は?」
「この前の練習試合の時の残りがあるわ。」
開いたドアから乗り込むと、私達は迷わず最後尾に腰掛けた。
「んーと、どれぐらいだっけ?」
「20分ってとこかしら。」
「うーん、長い…………?」
そう言いながら、望乃夏は音楽プレーヤーを取り出す。
「…………雪乃も聴く?」
「…………そうね、暇だし。」
何より、望乃夏の好みはどんなのかも知りたいし。望乃夏が私の耳にイヤホンを差し込むと、すぐに曲が始まる。これは………………カノンね。へぇ、クラシックなんて、望乃夏にしては意外ね。
サビに入る頃になって、私の肩に重いものがのしかかってくる。…………もう、何よ………………って、望乃夏…………いくら朝早かったからって、こんな所で寝なくても………………。
望乃夏の寝息を聞いているうちに、いつの間にか流れてくる音楽は柔らかなものに移り変わっていて。次第に私の瞼も重たくなっていく。…………そう、ね。まだ先だし、少し、だ、け………………。
いつの間にか、私はのしかかる望乃夏の頭に更にもたれ掛かるようにして寝てしまった。
100話でデートするとか言っときながらまだバスの中です。どうしてこうなった。