一章 5 由々しき事態
サブタイトルって雑になりがちなんですよね。
新しいクラス、というのは幾ら年を重ねてもやはり緊張するもの、というのに変わりはない。むしろ年を重ねれば重ねるほど、その人の学校内での立ち位置、スクールカーストで大体何位くらいに属すか、というのがハッキリしてくる為、たとえ新たな学校であろうと、自分にそぐわない人ばかりのクラスではないか、と緊張してしまうのが世の理である。
その世の理は俺にも働いている。ヤベェ緊張する。
誠海高校は公立の学校ではない。じつは私立の進学校であり、入学するにはそれなりの学力を要する。
俺の通っていた中学は近所の公立であり、名を「赤城中学」という。その中学からこの誠海高校に来た俺は、この高校に元からの友達、というのがほぼ居ない。少なくとも俺の知る限りは。
俺の家は赤城中学の学区内ギリギリであり、近所に同じ中学の友達もそんなに居ない。俺の家周辺の地域の高校と言ったら誠海高校なのだが、赤城中学の学区内に丸々収まっている連中はまた別に学力が低くても入れる赤城高校、というのが近所に存在する。ちなみに俺の家から赤城高校までは赤城中学より遠い。 誠海高校の方が遥かに近い。普通なら、少し学力が必要なものの、誠海高校を選ぶ。
ならば頑張って勉強して近い誠海高校行くか、と軽い気持ちでやったのが運の尽き。
残念なことに俺が懇意にしている奴らは学区内に余裕で収まっている連中の一端なのだ。それを完全に忘れていた。しかもそいつらは中々頭が悪く、誠海高校には入れそうにもない。そもそも入る気がない。進路を決めて一ヶ月くらい経ってから気づいた俺は(中々気付くのが遅いと自分でも思う)、ショックを…受けなかった。正直いうと、「まぁいっか」っていう気持ちになっていた。もう受験勉強始めちゃったし。赤城高校に行くって突然言っても親にも先生にもどう説明すれば良いかわからんし。
まぁそんなこんなで誠海高校に合格し、今に至るのだが、どうしよう。
さっき説明した通り、この学校には元からの友達が居ない。よって、必殺「友達経由友達作り」が出来ないのだ。小学校の時からの友達の友達を小学校の時からの友達に紹介してもらうという、なんだかややこしい必殺技を使いなんとか友達をゲットしてきた。しかし今年はその必殺技を使うことができないのだ。この高校には元からの友達がいないから。これは由々しき事態である。
と、昨日まで心配していた。
しかし!今年は救世主がいる。ご覧いただこう、その勇姿を!
「あー、りんちゃーん。久し振り〜」
「あ!いろはんだー!良かったー、私このクラスに友達居なくてさー。でも良かった、いろはんが居れば百人力だね!」
「うん!百人分頑張っちゃうよ私!」
「あー!アリサ!おっひさぁ♪」
「あ、いろぴょんじゃん、おっひさぁ♪今日私原宿で色々買おうと思ってんだけど、いろぴょんも来ちゃう?来ちゃいますぅ?」
「あー!ごっめーん♪私今日家に居なきゃいけないのぉ。マジだるいんですけどぉ」
「あ、美鈴さん、おはようございます」
「あぁ、いろはさんですか。おはようございます。今日もいい天気ですね。こういう日には一つ句でも詠みたくなります。詠んでみますか?」
「ごめんなさい。嬉しいですけど、私国語とか苦手で…。また今度やりましょう?」
流石いろは様。二十面相。普通の女の子、ギャル、おしとやか。全てのキャラを使い分ける。これ能力使ってないらしいのがさらに怖い。というか何個あだ名あるのだろうか。いろはん、いろぴょん、いろはす…っと、いろはすは無かったか。
まぁそれはいい。とにかく今年はいろは様経由で(女子しか居ないようだが)お友達を作ろうではないか…フッハハハハハハハハハハ!
と俺が悪巧みをしながら見ていると、いろは様は数人の女子と話した後にこっちに戻ってきた。
流石いろは様といえど何人もいる女子のそれぞれでキャラを使い分けるのは面倒らしく、疲れ切った顔をしている。お疲れ様です。
「大丈夫か?いろは様」
俺が言うと、いろは様は俺の前の席にズカン、と座る。そこはいろはの席であった。最初の席順は出席番号順という暗黙のルールは小学生の頃から変わらない。小学生の頃は高校生はもっと凄いものだと思っていたけれど、実際なってみるとそんなことはない。高校や中学は言うならば小学校の延長であり、そんな凄いものではない。むしろ高校生になって社会の構造を知ってから自分がいかに平凡か思い知らされることになる。まぁそんなものだ。人生って。高校生が言えることではない気がするが。
「いろは様って、隆太さんみたいなこと言わないでよ。…でも、お兄ちゃんに「いろは様」って言われるとちょっと嬉しいかも」
そういろは様が微笑する。それに不覚にもドキッとしてしまう自分がいた。
「それにしても、便利なんだな。その能力。元からの友達作れんの?」
学年を一つ上げるだけじゃ飽き足らず、元からの友達まで設定されているとは。便利だ。
と俺が言うと、「ありがと」と少し照れた。その様子を何を知らない人が見ると恋人同士に見えたかもしれない、それこそ隆太のような。実際俺も、「何言ってんだ俺!?何ドキドキしてるんだ俺!?妹だろ!?妹だろ!?」と内心思っている。
いろは様の方は知らないが、俺はあくまでいろは様を妹だと思っている。いくらヤンデレでもツンデレでもダルデレでもデレデレでも妹は妹だ。兄妹同士の恋愛は創作の中だけにしておくべきだと思う。あくまで俺の個人的な意見だが。
「ええっと…神木京也と神木いろは…だよね」
「はいぃ!?なんでぇありましょうかぁい!?」
そんな素っ頓狂な声を出したのはいろは様の方だ。どうしたんだ。
いや、問題はそっちではない。声をかけられた方ではなくかけた方だ。声をかけてきたのは、制服の端をスカートの中に入れず、なんとなぁくワイルドな雰囲気が醸し出されている少女だった。
「あー、お邪魔してごめんね。でも、どうしても二人に訊きたいことがあってだね」
赤みがかった髪を肩あたりで切り揃えた彼女の顔は、疲れに疲れ切った、そんな風だった。
「まず先に、神木いろは、あなたに訊くね。人間は、自分を変えることが出来ると思う?」
彼女の口から出たその言葉は、少しの間この三人の間に沈黙をもたらした。
彼女の言葉は、俺にはいろは様の能力を暗示しているように思えた。
「…出来る。少なくとも私には。出来るけど、それがどう…」
「じゃあ次、神木京也。エアコンのリモコンって要ると思う?」
いろは様の声を制し訊いてくる彼女の声はさっきより若干弾んでいて、興奮している、もしくは嬉しがっている、そんな印象を受けた。何に嬉しがっているのか俺には分からない。ただ、彼女の「嬉しい」という感情を強烈に感じることができた。
彼女の訊いてきたことは、やはり能力を暗示しているように思えた。今度は俺の能力を。
一瞬、答えに迷った。この問いにどう答えるべきか。しかし、優柔不断な俺らしからぬ速さで答えは出た。
「要らないな。いつまでもリモコンなんていう文明の利器に頼っていてはいけない。まぁ、エアコン自体文明の利器だがな」
本当の理由は別のところにあるのだけれど。でも、その本当の理由を言うことは出来ない。言ったとして信じてもらえるとは思えない。
彼女は俺の言葉を訊くと、その場で立ち尽くした。呆然とした顔で、あまりに動かないから意識のないようにも見えた。立ったまま気絶する、なんて弁慶の下位互換のようだが。でも、数秒後、彼女に眠る生命の存在を裏付ける、そんな出来事が起こった。
「やっと…やっと見つけた…。この世界を…」
そう言って、彼女は涙を流した。静かに、わんわんと声を立てるでもなく、ただ、頰に、ゆっくりと涙が流れた。