第1話-3
全財産が500円という話の件から、少女を自分よりずっと年下と考えてしまったが、最初に感じた自分と同年代という見立ての方が正解だったとは…… と心の中で後悔していると、
「あんた私の見た目が幼いとか幼児体型だとか失礼なこと考えているでしょう! マジむかつく!」
「いや、年相応にはいろんなところがこう……」
と身振りで示そうとした瞬間、ゴスロリ衣装がふわりと舞い、厚底の靴が振り子のように楕円の軌跡を描き、僕の右脇腹に跳び蹴りが入った。
身長150センチぐらいの小柄な女子の跳び蹴りのため、それほどのダメージはなかったが、武闘派ではない僕にとっては、うずくまって痛がるには充分な威力だった。
「で、一応聞いてあげるけど、あんたのお願いって何なの?」
「いえ、見返りは何も望みません……」
「あっ、そう。でもそれでは借りを作るみたいでいやだから…… 私のとびきりの笑顔をあげるわ。私が思
いっきり喜ぶ笑顔をみて、幸せになりなさい」
「ありがとうございます」
もう素直に従うしかなかった。
そして30分後……
僕の全財産も尽きた。
全財産を叩いてゲットできたのは、アームの先端が偶然かすめて落下したミーアキャットのぬいぐるみ1個だけだった。
「これ、お店に行ったらもっと立派なぬいぐるみが買えたパターンじゃね?」
僕は力なくその場にしゃがみ込む。
「マジ詐欺ってる! ウキィィィー!」
ゴスロリ衣装の少女がマジギレしてゲーム台を揺らす。
案の定、警報装置が作動してブザーが鳴り響く。
咄嗟に僕は少女の手を引いて、走り出す。
非常階段前のホールに逃げ込み、息を整える。
幸い、店員には見られなかったようだ。
「これ…… 1個しか捕れなかったけど」
右手に持っていたミーアキャットのぬいぐるみを少女に渡そうとして、左手はまだ少女の右手を握っていたことに気づく。互いに恥ずかしそうに手を離して、
「あっ、ありがとう…… うれしい!」
両手で今日の戦利品を受け取り、満面の笑顔を返してきた。
「本当はもっといろんな種類を試したかったのだけど……」
と付け加えることも忘れない少女の笑顔は、きっとこれでも作り笑顔なのだろう。
女子の作り笑顔って怖い…… 見分けがつかないよ。
あれ? 今、試したかったと言っていたけど、どういうこと?
うーむ…… ぬいぐるみを『試す』という表現が気になって仕方がない。
「そのぬいぐるみ、どう使うのかな?」
「はぁ? そんなこと訊いてどうすんの?」
一瞬にして笑顔から怪訝な表情に変わる。やっぱり女の子、怖いっ!
「いっ、いや別に、そんな深い意味は……」
「あんた、深い意味もなく、女の子のプライベートなことを――」
と言いかけて、急に考え込むゴスロリ衣装の少女。この沈黙も怖いんでけど……
僕は、ゆっくりと後ずさりしながら、この場から退散しようとすると……
「よくぞ訊いてくれました、お兄さん!」
この少女の頭の中で何かが弾けたようだ。
「じつは、年の離れた弟が家で待っているのです」
「へー、弟さんがいるんだ」
「その弟がぬいぐるみが大好きで」
「あー、弟さんのためにぬいぐるみが欲しかったんだね」
「そうなんです!」
「喜んでくれるといいねー」
「うん!」
ゴスロリ衣装の少女はミーアキャットのぬいぐるみを大事そうに両手で胸の前で抱きかかえてにっこりと笑った。
かっ、可愛い!
この可愛さは反則です!
弟のためという話は眉唾物だけれど、本当か嘘かなんてもうどうでもいい!
可愛いは正義だ!
「でも…… 弟はぬいぐるみに強いこだわりがあって、新しいぬいぐるみを渡しても気に入らないって、私に投げつけるの」
なにその弟。悪魔払いの人を呼んでこようか? あれ、でもちょっと待てよ。
「あのさ、そんなにぬいぐるみにこだわりがあるんだったら、弟と一緒にちゃんとしたお店に行けば……」
「ダメなの!」
急に大きな声で否定された。
「弟は病気がちで、ぼろアパ…… もとい、家から出られず、私はお金がないし……」
そうだった。500円が全財産って言っていたっけ。今は僕も一文無しだか。
高校生男子とゴシック&ロリータ系の服を着た同い年の少女、共に一文無しの2人が非常階段前の薄暗いホールで頭を垂れている。先程までの、はらはらドキドキの出来事が遠い昔のように感じてきた。
「明日、もう一度やってみる?」
僕がそう提案すると、
「うん!」
少女は笑顔で返事をした。
第1話 おわり
次回は 第2話「魔導師のタマゴ」【ヒロイン視点】
感想・評価・ブックマークで応援よろしくお願いします。<(_ _)>