第1話-2
まずい緊張してきた…… ボタンを押す指先がぷるぷると震える。
えーいままよ! よしっ! ねらい通りにクレーンが下がっていく……
景品の動物柄の財布にむかって……
ググッっとクレーンのアームが景品をつかみ、持ち上げていく。
実のところ、僕はこの手のゲームは得意ではない。しかし今日は絶好調!
隣で見ている少女にアピールする絶好の機会が到来……
と思ったら、クレーンが戻るときの振動で、景品が途中で落下した。
クレーンのアームは極めて弱い保持力に設定されていた。
天から地へ突き落とされた気分になり、頭をたれた僕の隣から、
「ぷっ!」
少女が吹き出す音が聞こえた。
ゆっくりと少女の方に目をやると、両手を口元にあて僕を蔑むような表情で見ていた。
「マジないわよねー、このゲーセン。詐欺なんじゃないのーって感じよねー」
「はあ?」
僕の妄想の中で考えていた言葉とは全く異なる少女の台詞を耳にして、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ねぇ、あんたもそう思うでしょ?」
「ち、近いっ!」
不意に顔を寄せられて、彼女いない歴16年の僕はたじろいだ。
眉毛のラインにきれいに切りそろえられたパッツン前髪、形の整った少し低めの鼻、ふっくらとした柔らかそうなほっぺた、ぱっちりと見開いた目から伸びる長いまつげ、
瞳は……
瞳の色は……
「青い瞳?」
少女は、はっとしたように距離をとる。
カラーコンタクトかな?
欧米人に多い青い瞳とはまた異なる、深みのあるの青色とでも表現すれば良いだろうか。僕がこれまでの人生で出会ったことのない瞳の色だった。
「全財産つぎ込んでも一つもとれなかったのよ。マジむかつくんですけどー!」
「全財産って…… 何回やったのかな?」
「5回よ」
「ぷっ!」
今度は僕が吹き出してしまった。
ゲームコーナーにあるクレーンゲーム機はすべて1回100円。5回やっても合わせて500円の出費ということになる。高校生の小遣いからすると、それが全財産というには少額だった。
自分と同じか少し下の年齢とみていたけれど、この少女の年齢は更に下ということだろうか。小学生ぐらい? いや、それにしては推定Bカップの胸を始めとしての体のいろんなところがこう……
などと考えているうちに、うつむいていた少女が肩をふるわせ始めた。
しっ、しまった!怒られちゃう? 『ぷっ!』と吹いたことを怒っている?
しかし僕の心配は杞憂だった。
「マジむかつくー! 返して! 私の全財産返してー!」
そう叫びながら少女はクレーンゲーム機を揺らし始めた。
かなりの激しさなので、少女の衣装もフサフサと大きく揺れている。
よっ、良かった。怒りの矛先がゲーム機に向かってくれたようだ。
一瞬そう思ったが、やはりこれは止めておくべくだろう。
「だっ、ダメだよ! 警報装置が作動してしまうよ!」
僕は少女の両腕を後ろからつかみ制止する。少女はしばらく抵抗を試みたが、男子高校生の僕の力には敵わなかった。そして、落ち着きを取り戻した。
冷静に戻った僕たちは、後ろから腕をつかみ、つかまれている自分たちの状況に気づき赤面する。パッと手を離して互いに背中を向けた。
その時、彼女いない歴16年の男子高校生、桂木悟は初めて触れた異性の体、ゴスロリ衣装越しの腕の感触を心の中で思い出し反芻していた。
女の子の体って、腕まで柔らかいんだぁ……
「ねえ……」
「はっ、はい!」
「あんた、これとれる?」
ちょっとエッチな気持ちになっていたことを指摘されたと勘違いし、うわずった声で返事をしてしまったことを後悔しつつ、少女の指の先を見る。
「どれどれ…… ああ、この台なら、手前のこのゾウさんを取って、次にライオンさんをとって…… そんな感じで行けそうだよ」
「ええっ、本当に?」
少女は、おずおずと手を後ろに組みながら、何かを言おうとする。その様子をみて、
――ああっ、大分遠回りしたがようやくこの展開までこぎ着けた――
僕は心の中でガッツポーズをした。
そして少女は先程の僕の妄想と同様な台詞を……
「あの…… 私はお金がないので、代わりにあなたのお金でやってもらえませんか?」
「もちろん! ああ、お金は僕が出しますので、景品がとれたらお金と交換…… ではなくて、僕のお願いを一つ聞いてくれませんか?」
「いやです!」
「えっ?」
「あんた、いやらしいお願いをするに決まってるから」
「ええっ? そ、そんなことは……」
「さっき、私の腕をつかんだ後、妄想にふけっていたもんっ! マジ変態っ!」
バレていた……
「そ、そんな、お兄さんはいやらしい妄想にふけったりは……」
「お兄さんって…… あんた高校生でしょ? 何年?」
「いっ、1年です」
「私とタメじゃん、なにその年上気取りはっ!」
「えええっ?」