第4話 推薦状
「お待たせしやした。こちらがケンセイ・アマミです。」
教頭とケンセイが面談室に入るなり、教頭が言い放った。
目の前のソファーに座っていた、体のガッチリとした男性がケンセイの方をまじまじと見つめた。
男性はゆっくりと立ち上がった。
男性は立ち上がると身長が高い。
おそらく190センチ近くはありそうだ。
短髪で首元は太い筋肉で覆われていた。
体育会系の極みだな、ケンセイは彼を見て心の中でつぶやいた。
ー軍服を着ているー
ケンセイはこの軍服を政治学の教科書で見たことがあった。
王族直轄軍だ!!、ケンセイはそれに気づいた。
王族直轄軍とはこのゲルディアを収める王族のみが命令を下すことができる軍隊である。
精鋭中の精鋭の軍人たちだ。
彼らは不思議な能力を用いると聞いている。
「君がケンセイ君、だね」
男性は低い声でケンセイに手を差し伸べてきた。
声は想像したものよりも優しく、握手を求めてくるところを見る限り、威圧的でもない。
「はい。ケンセイ・アマミ、7年13組です」
ケンセイはいつもより気を引き締めた調子で自己紹介をし、男性の手を受け取って握手を交わした。
「私も自己紹介をするべきなんだが、それは禁じられていてね。君も知っているかもしれないが・・」
「王族直轄軍はいかなる時も自らを名乗ってはならない」
男性が言うであろうことをケンセイは先に口に出した。
「さすがだな。やはりこの学校の優等生というわけだ」
そして男性は教頭のほうをちらりとみた。
教頭は心得た、とうでもいったようにそそくさと面談室から出て行った。
「さて、腰をおろしなさい。そう気を張らないで。リラックスして話そうじゃないか」
男性は友好的な態度を再びケンセイに示した。
ケンセイはうなずき、ソファーにそろっと座った。
「こちらから呼び出しといて悪いんだが、手短に話させてもらうよ」
男性もケンセイに向かってソファーに座り、前かがみになって話し始めた。
「いきなり質問なんだが、君は契約を結びたいと思っているのかい?」
契約のことが話に出てきたのでケンセイは神経を尖らせた。
「はい、もちろんです。」
「そうか。歴史学は必修科目だったよな?」
ケンセイはゆっくりとうなずいた。
次にどんな言葉が飛んでくるのかをケンセイは待ち受けている。
「じゃあ、契約を結んだら国民のために命を使わなければならないことは知っているな?」
「はい、軍隊に入って国民を守らなくてはならないと聞いています」
ケンセイはまっすぐな目で答えた。
「あなたが命をとして国民を守っているように」
男性は二人の間に置かれたガラステーブルの上を見つめながら、小さくうなずいた。
「そうなんだが・・。いいか?」
男性はそう言ってケンセイの目を見た。
緑色の、透き通ったきれいな目だ。
男性は何度か何かを言おうとして口をとじた。
口に出すのに何か抵抗があるらしい。
そして、ゆっくりとまた口を開いた。
「これは本当は言ってはいけないことなんだが・・。」
そう言って話し続けた。
「確かに契約者は軍人として命をかけて国を守る。もちろん、契約者はその・・君たちのような・・」
「穢れた子孫」
ケンセイがはっきりと言い放った。
男性は仕方なくうなずいた。
「まぁ・・そうだ。その子孫だけが契約者というわけではない。その子孫以外も契約は行う。だが、その子孫とそうではないものとの間では決定的な違いがある。」
ケンセイは次の言葉を待った。
ここまではケンセイは知っていた。
男性は続けていった。
「それは連合国内の残酷な戦争に駆り出されることだ」
「残酷な戦争?」
ケンセイはその内容が知りたくて男性の言葉を反復した。
男性は表情を曇らせた。
「ゲームとでも言うべきだろうか。その契約者たちはユーラシア連合内のいざこざを解決する手段として使われる。とても残酷で、かわいそうな理由でだ。」
ケンセイは驚いた顔をした。
まだあまり内容がつかめない。
だが、ケンセイが抱えた疑問を解決しようとはせずに男性は言った。
「やっぱり、やめにしよう。」
男性は何かから解放されたように表情が緩んでいった。
「今日、私がきた理由はこれだ。」
男性は話を変えて、ケンセイに向けてある紙をテーブルの上に置いた。
[推薦状]、大きくそう書いてあった。
そしてその下には[私、王族直轄軍はケンセイ・アマミを九十九学院入学にふさわしいとみなし、この者を推薦する。―王族直轄軍―]と書いてあった。
ケンセイはこれを見るなり訳も分からず、何を言ったらいいのかわからなくなった。
「おめでとう。君の才能は我々に認められた。」
ケンセイは全くもって男性の言葉が理解不能だった。
彼が何をしたのだろうか。
確かに成績は優秀ではあるが1位というわけでもない。
何か国のために大きなことを成し遂げたこともない。
まして政府の役人や軍人とかかわる機会もなかったのだから、彼のどこに目をつけて推薦したのかは彼には分らなかった。
「君が契約を結びたいのならこれでいける。さあ、どうだい?受け取ってもらえるかな?」
男性はにこやかに言った。
「あの・・、僕・・、どうしてですか?これをもらう理由が思いつきません」
ケンセイは本心から言った。
頭を回転させても確かに思い至らない。
「入学すればそのうちわかる。これで君は確実に契約を結べる。そうしたければだがな。君の母親もきっと喜んでくれるだろう」
ケンセイはまじまじと推薦状を見つめた。
そして本当にそうだろうかと疑った。
だが、これが本当ならばこれは大きなチャンスだ。
ケンセイは母親と兄のことを思い浮かべた。
確かにそうだ。これで二人を楽にできる。
だが、同時にモンローやタラス、セホの顔が浮かんできた。
これを受け取ることは彼らを裏切るような気がした。
なぜなら、自分が思う限り、特に何かすごいことをやったわけでもないのに推薦状をもらうことになるからだ。
二つの気持ちがケンセイの頭の中で戦った。
男性は彼の葛藤を感じ取ったようで静かに見守っていた。
そして、数分が立ち、ケンセイは男性の目をまっすぐと見つめ、推薦状を握った。
そしてそれを、男性のほうへ差し出した。
「わざわざ届けってくださってありがとうございます。だけど、これは受け取れません!僕には一緒に契約を目指している仲間がいます。彼らは裏切れない・・」
ケンセイは最後はしぼむような声で言い放った。
すると男性は笑顔で手紙を受け取った。
「君はきれいな心を持っている。母親は君を誇りに思うことだろう」
ケンセイは穢れた子孫と自覚していただけに、「きれいな心」と言われたのが少しうれしかった。
「だが、君は今のままでもきっと契約を結べるだろう。この学校が誇る優秀な生徒だ。だが、いいか?さっきも少し言ったように君が契約をした先には残酷な運命が待っているかもしれない。逃れられるのは今のうちだけだ。それでも契約を結びたいというなら、また私と会えるかもしれないな」
男性は推薦状をきれいに折りたたんで胸ポケットへしまい、立ち上がりながら言った。
「僕、契約を結びます。絶対に・・」
ケンセイは座ったまま男性のほうを向いていった。
男性はその声を聞いて優しく微笑み返した。
そして男性はドアをつかんで片手で軽く敬礼をし、面談室から出て行った。
ケンセイは深くお辞儀をしばらくの間していた。
あの人にもう一度会いたいな、ケンセイはそう思った。