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2.つながり

 世界が滅亡してから1年が経った。と、思う。

 というのも、もうだいぶ記憶が曖昧になってきていたからだ。たぶん僕はついこの間19歳になったはずだ(・・・)

 極東の小さな島国で偶然作り出されたウィルスは、偏西風に乗って世界中を駆け巡り、瞬く間に空気感染で全世界を支配した。人間に関していえばその致死率はほぼ100パーセント。ほぼ、っていうのはここに生きている僕がいるから100じゃないってだけだ。

 それは全部僕が後で調べた事だった。


 いったいどこのB級映画の話だよ!

 そんな突っ込みはもう飽きてしまっていた。

 もうどれだけ泣いたかもわからない。何度死のうとしたかも分からない。

 でも、たいていそういう映画だったらヒロインが用意されていて苦労の末に会えるわけだろう?もし僕が死んでしまったらきっとその彼女は一人で泣く事になる。それだけは嫌だったから、ずっとここまでがんばってきた。

 何度も何度も神を恨んだ。

 どうして僕なんだ。何のとりえもない、毎日を生きるだけで必死になるようなちっぽけな人間なのにどうして僕を選んだりしたんだ?


 もちろん恨んでも答えがない。

 沈黙の世界ではむなしさが募るだけだった。




「さ、行こうか」

 この地獄で唯一残っていた飼い犬のフィンを連れて家を出る。

 今日も人を探しに行こう。父親のものだった銃を裏ポケットに忍ばせる。

 くんくんと寄って来たフィンの喉を撫でてから、ばたんと扉を開けて外に出た。

 ほんの一年くらいじゃこの街は変わらないように見える。アスファルトだってそんなに剥げてないし、映画のようにひどく蔦が蔓延ってくるわけでもない。

 そして今もまだ希望は捨てきれない。

 まだ、これが夢なんじゃないかって。明日目覚めれば母がいて、『おはよう、ケリー』って言ってくれるんじゃないかって。彼女譲りの金髪を撫でながら『悪い夢でも見たの?』なんて――


 毎朝声をかける場所がある。そこには僕の母が眠っていた。

「今日も行くよ。もしかしたら今日こそ誰かに会えるかもしれない」

 簡素な十字架の下には毎日花を添えていた。

 何の力もない僕にできる精一杯だった。

 ウィルスが蔓延する頃、僕は体調を崩して眠っていた。学校スクールを休んで眠った僕が目を覚ました時最初に見たのは、変わり果てた母の姿だった。肌はすでに腐っており、大好きだったふわふわの金髪だけで判断した。腐臭が漂うその体を庭に埋め、死体の山に埋まった周辺地域を散策した。

 今でこそ死体はすべて微生物に分解されたが、当時は凄まじい腐臭から逃れられず、むせるほど顔を洗い、吐くほど水を飲んだ事もある。

 半年ほどかけた調査によってかろうじて残っていた新聞や、緊急で配られたと思われるビラ、それに勝手に潜入して集めたTV局に残されたテープだとかを手に入れた。

 電気は完全に止まっていたが、意外と自家発電している施設があったりする。とくに病院なんかには多い。そこをうまく使えばなかなか快適な暮らしをすることだって不可能じゃなかった。

 この世界で盗みもくそもない。何もかも使い放題だった。最初の1ヶ月くらいは使えた水道ももう出なくなってしまってから、飲料水はもっぱらスーパーに残っているミネラルウォーターだった。

 そしてこの一年間で分かったのは、もうこの辺りにはもう人間はいないんだろうなって事だった。会えるのは死体ばっかりで、生きた人間には一度も会えなかった。ラジオ局を勝手に使おうとしたこともあったけれど、使い方が全く分からなかった。

 無人になった学校にも図書館にも欲しい本は死ぬほどあるんだ、通信手段だってそのうち勉強してみるさ。



 ところがその日はなんだかいつもと違う気がした。

 目覚めて絶望に包まれたあの日と同じ、真っ青なシアトルの空を見上げる。

 昔はよく近くの空港から飛び立つ飛行機の轟音が響いていたりした。今では見たこともないような大きな鳥の影がある。どこか遠くからやってきたんだろう、名前も知れない鳥に食料として以外の興味はなかった。

 ここはアメリカ合衆国ワシントン州シアトル郊外――そんな名前、もう意味を成さない。人類がいなくなったこの世界では。

 僕の名はケリー=ウィンストン。それももう意味がないな。

 呼んでくれる『ヒト』がいないんだから。

 わんわん、と切羽詰った声でフィンが吼えている。

「どうした、フィン」

 栗毛の小型犬だから、最近頻繁にシアトルの街付近まで現れるようになった大型の哺乳類に会ったら一撃でやられてしまうような小さな体だ。

 胸の銃を抜いて構えながらフィンの元へ向かう。

 息を潜めてフィンのいる場所に行くと、目に入ったのは白骨化した死体だった。もう見慣れた自分にとって特別気にとめるものではない。

「何だ、どうして騒いだんだ?」

 フィンの頭を撫でてやると、その栗毛の犬はくんくんとその骨の下にある黒い箱を引きずり出そうとしている。

 これは何だ?

 気になって骨をどかしてその箱を手に取った。

 何だろう、微かに音がする……音?!

 はっとしてその箱に耳を当てた。

『……ガ……ァ』

 雑音に混じって人の声がする。

 慌てて箱に付いたつまみをめちゃくちゃに回した。

 すると、その箱からはっきりと人の声が聞こえてきた。


 その瞬間、僕はあんなに憎んでいた神に心から感謝した。箱から聞こえてきたのは若い女性の声だったのだ。

 待ちに待ったヒロインからのメッセージだった。



 それは噂に聞いた『無線』というやつだった。

 世界中の人と繋がる事が出来るって、親友のビットがよく自慢してたのを覚えてる。使い方をよく聞いておけばよかった。下手にいじくりまわすとこの声が途切れてしまいそうだ!

 失敗するわけにはいかなかった。初めての人の声だ。

 一年前から録音以外の声を聞いていない。

 興奮しながら箱に向かって叫んだ。

「ハロー、ハロー? 僕はここにいるよ! 答えて! 君は誰?」

『〜〜っ!! ……―!』

 ところが箱から響いてきたのは全く聞いた事のない言語だった。

『!===〜っっ!!!』

 向こうも興奮してしまっているみたいで、うまい返事が返ってこない。

「僕はケリー! ケリー=ウィンストン! 答えて! 君は誰?」

 向こうにいるのは違う言語を話す女性らしい。

 が、ほんの少し待っていると、今度はたどたどしい英語が返って来た。

『こ、こんにちは。英語、話せないから。だから、ゆっくり』

 よかった!

 それを聞いた僕は叫んだ。

「僕の、名前は、ケリー。君の、名前は、何?」

 はっきりと区切ってそう言うと、またたどたどしい英語が返ってきた。

『私はミナ』

「ミナ!」

 僕は黒い箱を抱きしめた。

 理屈じゃない涙があふれてきた。通信の向こうからもミナの泣き声と嗚咽が聞こえてきた。

 僕はやっとヒロインと出会えた。

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