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ベルリンのカフェにて

 1936年は、ドイツにとって熱狂の年になる予定であった。


 2月にはオーストリアとの国境に近いバイエルン州ガルミッシュ=パルテンキルヒェンにて、冬季オリンピックが開催される予定であった。さらに8月からは首都・ベルリンで夏季オリンピックも開催される予定である。そのため、国内全体でインフラ整備が急ピッチで進められており、活気溢れていた。


 ヴァイマル共和国時代は、暗い話題があまりにも多すぎた。民衆は希望が見えず、どこか不安を感じずにいられない状況が続いていた。そこに1人の男が演説台に立ち、強いドイツを訴えてくるのである。彼の独特な演説はそれまでの政治家と一線を画しており、ドイツ民族は彼に希望を見出したのであった。


 事実、国防軍復活があり、さらに膨大な賠償金に関してもモノトリアムを宣言して支払いを延期している。連合国による経済制裁を受けないよう利子は支払われているが、それ以上の攻勢をかけることは無かった。おかげで、ドイツの経済は少しずつながら確実に上向いていた。失業者も減少し、工場では自動車などがどんどんと増産されている。


 これもヒトラー総統のおかげだ。そんな風潮が国内の世論を占めていた。


 もっとも、反ユダヤ人政策は各国から非難を招いている。昨年に制定されたニュルンベルク法によりユダヤ人の定義がしっかり決められ、公民権の剥奪など迫害が著しく強化された。


 その結果連合国をはじめとする欧米各国だけでなく、アジアからも日本などの国家から非難を受けている。だが、それ以上の制裁は受けていない。オリンピックが中止されるという噂もあったが、どうやらオリンピック委員会は先の大戦で中止に追い込まれたことを屈辱と感じており、何が何でも開催したいという意向がったようである。



「あれ、ヴァルザーさん、今日は寄ってこないの?かい」


 魔王ヴァサーゴ改めヴァルザー特務中尉は、その活気づいているベルリンの中心街を歩いていた。馴染みになった店の主人からの招きを受けたが、今日は大事な約束があると言って断った。


 そんな彼の姿を見たら、彼が魔王だったと誰が思うだろうか。魔王の印象と聞けば、傲慢で悪者と言うのが一般的だろう。だが、彼は違っていた。グレーズに言わせると、今までの魔王の中では名君に入る方だったという。そしてあれだけ優しくできる魔王は今までいなかっただろうと。


 もっとも戦闘になると彼はその姿を変えて冷静になることができた。だからこそ、23人の屈強な勇者たちを葬ってきたのである。


 ただし、それはあくまでも以前の世界での話の事である。ここでそれを語っても、どうしようもない。彼は力を失ってしまったのである。魔法が使えなくなり、勇者たちを圧倒させた瞬発力も低下した。そしてパワーも一般人よりはある位になっていたのである。完全に人間と思われても異論がないだろう。


 ヴァルザーはそれを寂しく思いつつも、まぁ仕方ないと思っている。


「ヴァルザー中尉、こっちだ」


 声をかけたのは、彼を最初に見つけた男であるクルト中佐であった。彼の上官であるボック中将は第3集団司令官に転属したが、相変わらずボック中将の副官を務めている。


 ヴァルザーの約束相手はこのクルト中佐であった。もっとも、もう1人の男を同伴していた。


「ヴァルザー中尉、フリードリヒ少佐だ」


 慌てて敬礼するヴァルザーだが、どうもこの敬礼だけは少し苦手としている。彼は魔王として帝王学を学んでいたこともあり、上官に即座に敬礼をするという習慣がなかった。そのため、この時も通常の軍人より若干遅れて反応してしまった。


「ヤンキーは、敬礼が下手だな。よろしく」


 中佐より4つ下のフリードリヒ少佐は冗談を言いつつ、彼に握手を求めた。ハンサムなこの男は、遠慮のない男として評判である。


「さて、俺に聞きたいことと言うのは例のフィンランドでの女の子が落ちてきたという事件でいいのかね?」


「そうだ」


「ヴァルザー中尉、なぜ興味を持つのだ?それをまずは教えてくれないか」


 彼の質問に、もしかしたらアメリカで出会った知り合いかもしれないと嘘をついた。その質問は予想済みであったし、アメリカ出身にしているのでどうせ疑われないだろうと思って用意していたのだ。


「ふーむ、アメリカでか」


 フリードリヒ少佐は何か言いたそうであったが、それを声にすることは無かった。おそらく、上官にあたる自分に対しての反応が悪いと言いたそうであった。しかし、彼は駐在武官という外交官の役割をしていた時期もある。だから、まぁそれぐらいは大目に見てやろうという所だろうか。


「確かにあの事件は謎が多くて興味を持ったんだ。大使館のあるヘルシンキでも結構噂になったさ」


 当時、彼はその駐在武官として在フィンランドドイツ大使館に勤めていた。1年半勤めていたこの職務では、本国に情報を持ち込むことが重要な役割となる。フィンランド語に精通していた彼は、その語学力を活かして多くの国家に関する情報をドイツ本国に伝えていた。そんな中、ある新聞社がソ連との国境に近いカレリア地区にて雪に埋もれた少女についての報道に出会ったのである。


「最初はゴシップ記事で気にしてはいなかったさ」


 とは彼の最初の感想であった。だが、実際にその少女がいたのは事実であったのだ。だんだんと詳しい情報を知ると、どこから落ちてきたのかと尋問したくなったのである。だが、それについて彼女から直接聞く時間を設けることが出来なかった。それ以上に大事な情報のやり取りもあり、そのうち月日が経つと気が付けばその噂は下火になっていた。


 そしてその彼女はやがて行方知れずになったそうである。


「どうやら、ある軍人が引き取ったとまでは聞いている。だが、その軍人が突然亡くなってしまい、知り合いとやらが代わりに引き取ったらしいのだが…」


「その知り合いとは誰なんですか?」


「分からぬ」


 どうもその知り合いは、フィンランド人でありながら他国に住んでいるようだという所までは把握できたそうだ。だが、どこの国にいるどの人物までかは見つけることが出来ず、行方知れずになったという。さらに調査をしたいところであったが、本国に帰還命令が出てしまい、その謎を解くことが出来なかったようである。


「ヴァルザー中尉、すまないな力になれなくて」


 騎士道精神溢れるフリードリヒ少佐は、2つも位が下のものに向かって本当に申し訳なく謝罪した。慌ててヴァルザーは感謝の言葉を述べたのだが、クルト中佐はその姿を見て少し笑っていた。


「クルト中佐、何を笑っているのです?」


 少佐と中尉の異口同音の抗議に、中佐は追及を受けないようにと慌ててワインの注文をウェイターに頼んだ。どうやらの上官の奢りのようである。

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