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ヴァイマル共和国陸軍最後の日

-陸軍司令部


 フリッチュ陸軍司令官は、明日の再軍備宣言に向けての書類の全てをチェックし終え、一息ついていた。


 書類にサインするたびに、自分がパンドラの箱を開けている気分になるので不機嫌になっていた。本来、再軍備宣言は歓迎すべき事柄であるのにだ。


 先の大戦では、大勢の兵士が死んでいった。参謀本部にいる中で、各地の戦況報告に自分自身が無意識に震えている事に気付いた。他の同僚もそう感じたのだろうか、だが誰もそれを口にすることは無かった。


 我が軍だけでなく、相手の軍の被害状況も尋常ではなかった。それは今までの戦争とは異なり、国と国との戦いから陣営と陣営の戦いであり、いわゆる総力戦であった。自分の国だけ、途中離脱するのは困難な事であった。離脱したといえば、ロシア帝国は革命が起きて共産主義国家になった。そしてドイツ帝国も革命により、皇帝陛下が退位して戦争が終結したのである。


 4年間の戦争は、欧州どの国も疲弊させた。勝った側も負けた側もである。負けた側は特に悲惨であった。

 例えば、オーストリア帝国は解体されハンガリーが独立している。オスマン帝国もこの世のものでなくなった。ドイツ帝国も民衆の手によって革命が起きたことで無くなり、その後の共和国では連合国からの前代未聞の膨大な賠償金により国民は苦しんでる。その中でのフランス軍のルール占領は痛手であった。


 だからこそ、自衛のために軍を再興させなければならぬとフリッチュは思っている。それは個人的な考えでなく陸軍の総意であった。


 それに対して、ナチスに付け込まれたのではないのだろうか。そのような気がしてならない。もっとも、声に出すことは出来ぬ思いだが。


 最近の陸軍内の空気が、親ナチスになっていることを身をもって感じている。それはそうだろう、敗戦以来の願望が明日をもって叶うからである。先の大戦で活躍した者から、敗戦後に軍に入った者までその数は日に日に増えている。


 目の上のコブの存在である国防相のブロンベルクだけでない。ブロンベルクの腹心であるヴァルター・フォン・ライヒェナウ少将やヴィルヘルム・カイテル少将、あるいは先の大戦の英雄エルヴィン・ロンメル中佐などといったメンバーもナチス政権を歓迎している。


 要するに、フリッチュは軍のトップにいながらも少数派なのである。上からも下からも突き上げられる要求に、精神的に参りそうになることが何度あったことやら。前任者のハンマーシュタイン=エクヴォルトがどのような思いでこの職務を務め、そして辞任していったのか、ふと感じるのである。


 エクヴォルトは軍拡には賛成であったが、ヒトラーからの戦争計画の提案には反対であった。耳を貸そうとすらしなかった。ブロンベルクはその情報を漏らさないようにするために、軍高官がエクヴォルトと接触することを禁止させているが、フリッチュはその中身を彼の連絡により知っている。


 -無理だ。

 

 それが、参謀将校であった彼の結論であった。連合国同士の対立があったとしても、今の戦争は陣営と陣営になっている。連合国のような固い結束力を有する陣営を持たないドイツにとって、ヒトラーの戦略は破綻をもたらす可能性が大きかった。親ナチスの将校たちは賛成しているが、彼らは戦術は知っているが戦略に関しては知識を蓄えていなかった。戦術で戦争を勝とうとなぞ、愚かなことである。


「戦略がどうしたっていうんだ、司令官」


 思わず声が出たらしい。考え事をしていたせいか、誰かが入ってきた事にも気付かなかったらしい。


「もし、これが親衛隊に聞かれてたら厄介だったろうね」


「入室したのが参謀総長、君で良かったよ」


 入室したのは、明日から兵務局長から参謀総長になるルートヴィヒ・ベックであった。参謀将校だけでなく軍事のテクノクラートとして有能な男で、同い年な事もありフリッチュとは馬が合っていた。彼もまた、フリッチュと同様にナチスに対しては中立であった。どちらかと言えば反発気味だが。


「参謀総長は明日からだ。明日が来るとはまだ決まってないさ」


「来ないと困る」


「うむ、だからこそヒトラーと歩調を合わせているんだ。まぁ、感謝しないといけないってわけだ」


「そうだな」


「ブロンベルクの野郎はヒトラーかぶれだが、あれでも戦略眼がある。無茶な要求に全て従うことはしないだろうよ」


「それだといいんだがな。だが、もし彼の腹心達が暴走するようなことがあれば」


「だからこそ、俺たちがいるんだ。そのために今後の事を話し合うためにボック将軍を呼んだんだが」


「だが?」


「奴の車がやられた」


「何!無事なのか!」


 フリッチュの血の気が一気に引いたが、慌ててベックは落ち着かせた。


「無傷だ、悪運強い奴だからな」


「そうか…それは良かった。…犯人は?」


「分からないらしい。とりあえず今現場にうちの部下を派遣した。ただ親衛隊と揉めたくないから、車1台だけにしたがな。もっとも、奴は親衛隊と喧嘩しようとして運良く車から離れていたらしい」


「…」


「どうせなら、俺もその中に入りたかった」


「勘弁してくれ。…その喧嘩好きが来たら、すぐにこっちに来るようにしてくれ」


「了解しました、総司令官殿」


 ニヤリと笑顔を見せてきたベックに、フリッチュはため息をついていた。どうやら、今日も胃薬が必要だと。

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