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目覚めの日

 移動している車内に、喧噪の声が聞こえてきた。どうやら声の主は4人の親衛隊員のようである。あの目立つ格好はいけ好かぬ。ボックはその光景を見ていたが、どうやら4人の男がある男に暴行を加えているようであった。


「ユダヤ人か…まったく!」


 ボックは運転手のクラーマーに止めるように指示した。彼はここ20年以上、彼の運転手を務めている。


 そのままドアを開けて飛び出したボックに、副官のエーリヒ・クルト中佐は呆れた。ここ2年務めているが、中将のこの姿を何度見てきたことやら。赴任して2か月で分かったことは、年甲斐関係なくああやってすぐ喧嘩することだ。ベルリンで非正規軍を率いていたときは、品行が悪い奴を片っ端からボコボコにしていたらしい。全く参謀だった将校のやる姿か!


「クラーマー殿、行くぞ」


 中佐に呼ばれ、クラーマーは共にボックを追った。そのまま車を置いて追いついた時には、すでにもう親衛隊員との口喧嘩が始まっていた。


「何やっとるんじゃ、貴様らは!」


 ユダヤ人を追い出せ、それは彼らの合言葉である。フランスのルール占領は、ユダヤ人の陰謀だとも噂された。彼らが、ドイツをここまで苦しめているのである!とヒトラー総統が演説していたなとクラーマーは思い出していた。主人のボック閣下は、ドイツの品行を下げるものだと怒っていたが、確かにこの男4人の姿は見ていて醜いものだと。


 ついに殴り合いになるかと思ったその瞬間であった。後方で、大きな爆発音が聞こえ、振り返ると車が原型を留めていないのである。


「閣下!」


 クルト副官が叫んだが、ボックは怪我一つなく、そして動揺すら見せなかった。


 親衛隊員はいつの間にか走り出して逃げていた。殴られていたユダヤ人もいない。


「ふんっ、軟弱者め…これしき大したことないわ。それにしてもあれは俺狙いかね」


「その可能性もあります、ですから閣下、こういうことは控えてください」


「だが、俺がああしなかったら、あれに巻き込まれてたのかもしれんぞ」


 どうやらこの事態になってもボックはこの状況を楽しんでいるとしか思えない。


「閣下…分かりましたよ、私とクラーマーは閣下によって助けられました!はい、これでいいですよね!ご納得いただけましたよね!」


「そう拗ねるな」


 堪忍袋が切れた副官を適当にやり過ごしながら、彼は破壊された車の下に向かった。


「おかしいな、爆発したわけではなさそうだ…」


「えぇ、火の手も無いようですし…」


 副官の言葉に、運転手のクラーマーも同意する。ボックも頷いていた。以前に車を爆発させるという暗殺事件に出くわしたことがあったが、その際とは状況が異なるようだ。


 そんなことを考えていると、ふとうめき声がするのにボックは気付いた。


「誰かおるぞ」


 副官はその言葉に反応し、片手にピストル銃を持っていた。クラーマーは閣下に近づき、ボックの弾除けにでもなろうとしている。


「…どうやら、彼のようだ」


 そこには一人の男がボロボロの状態で寝そべっていた。


「生きて…そうですね」


「あぁ、そのようだ」


「警察にでも連絡しましょうか」


「…いや、この件で色々と聞かれるのはこの忙しい時に困る。それに警察にでも連絡したら、ナチスの連中にでも耳に入ってややこしいことになるだろう。それなら、彼をそのまま総司令部にでも連れて行ったほうがいい。思ったより重傷ではなさそうだしな、そこの軍医に診せるとしよう」


「いいんですか?もしかしたら、閣下を狙う暗殺者かもしれませんよ?」


「こんな間抜けな暗殺者なぞ、片手で十分だ!クルト中佐、すぐに総司令部に連絡して車一つを寄越すようにしてくれ」


 ボック中将と副官クルト中佐のやり取りが事件に巻き込まれながらもいつも通りであることに、クラーマーは少し安心感を覚えていた。

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