準備 6
半年近く休んでいてすみません。
少しずつ再開します。
―数日後
フリッチュは、大臣から今朝受け取った通達にため息を漏らすしかなかった。
ラインラントへの進駐が正式に決定したのである。
もうどのように反対しても覆されることは無い。そのため彼の仕事は進駐阻止に向けての動きから、進駐を成功させるための行動へと変えざるを得なかった。
その成功の先が、どのような戦略的勝敗につながるかは分からない。仮に成功したとしても、それが戦争のきっかけとなれば、ドイツという国はほぼ確実に滅亡への波に巻き込まれるだろう。それだけ今のドイツ軍の装備は貧弱なのである。
もし戦争になれば、真っ先にドイツと戦う相手がフランス軍である。フランス軍はドイツ軍を遥かに凌ぐ戦力を有していた。そして敵意もある。昨年に結ばれた仏ソ相互援助条約は、明らかにドイツへの備えによるものであった。
だが、逆に同盟相手のイギリスから反発を買ったのも事実であった。だからこそ、その間隙を縫って進駐を成し遂げてしまいたいという思惑も分からないではない。ドイツが再び蘇ることを願っているのは、フリッチュも同じである。そのためにも、戦争を起こさないように細心の注意を払う必要があった。
進駐軍の選定も慎重に決めなければならなかった。状況を冷静に見極め、万が一フランス軍が反応した時に速やかに引き返せる士官と軍を選ぶ必要がある。国防軍は再軍備宣言以降、新たにいくつも師団、連隊、大隊が増設されているが、如何せんまだ十分な軍とはいえない。であれば、動員できる部隊は限られていた。
実はボック中将の副官であるクルト中佐に1大隊を率いてもらおうと思っていた。しかし、クルト本人から反対されたのである。
「士官が変わると、軍は一時的に質が落ちます。それは優秀な士官だろうと愚かな士官であろうと同じことです。私がどちらの士官であるかは自分で判断がつきませんが、ここは長く一隊を率いている優秀な士官を選ぶ必要があります」
中佐の意見に同意したフリッチュは、代わりに彼をヴァルザー特務中尉の上につけることにした。ボックに相談なしに決めることは心痛いところだったが、彼にも多少の我慢をしてもらう必要はあった。それに昇進をつければ、さすがの頑固者も気を許してくれるだろう。
そんなわけでクルト中佐改めクルト大佐は需品科という名目で情報部所属の士官へ転属とした。その彼の下に配属されるのが、ヴァルザー特務中尉である。そのヴァルザーが立ててきた計画は、多少の修正が必要であったもののフランス軍がどのように動こうとすぐに対応できるものであった。
もっとも本人は、
「戦争になればいつかは負ける。装備面でかなり劣っていることは、この1年でよく分かった」
と、戦線拡大は反対である。さすがは元魔王、戦略眼も戦術の才能もあると言えよう。
フリッチュは、別の面でも焦っていた。後継者がいないのである。優秀な士官は数いるとはいえ、適切な戦略を持っている年下の士官が自分の周囲にいないことから、将来に不安を感じていた。自分自身がそう長くこの職務を続ける可能性は低いだろう。
逆に言えば、元魔王の登場は歓迎すべきことなのかもしれないとも思っていた。彼が決してドイツという国に仕える義理などなかった。しかし、ヴァルザーはこういう。
「助けてもらったのだから、少しぐらいは役に立つよう努力しよう」
そう言って、彼は国防軍の一員になることに同意したのであった。少しでも彼に力を与えれば、自ずと私の意思を引き継いでくれるかもしれないと思いつつ、虫のいい話だとも感じる。ただ、彼が少しでもこの国に過ごしやすくしてやろうとは思うのである。
さて、そのヴァルザーの立てた作戦案を眺めつつ思案していると、参謀本部の将校が入ってきた。
「ご命令通り、各部隊の大隊長が参上いたしました」
「よろしい、こちらに通したまえ」
「…は、会議室でなくてよろしいのですか?」
「いいんだ、ここで話をしたい」
呼ばれたのは、少なくとも戦術面では優れた士官たちである。彼らの率いる部隊はどこも優秀だ。そして、彼らの部隊がラインラントへの進駐を行うことになっている。その命令をこれから通達するわけだが、彼らはどう反応するだろうか。そしてこの先どうなるか…それはフリッチュもヒトラーも元魔王ヴァルザーでも、そして全世界もまだ知らない。




