準備 2
「まずは出動態勢準備についてですが、閣下の思惑とは少し異なります」
副官は、まず司令官がこの指令を受けた時に思い過ったことを否定することから話し始めた。ボックはこの指令を受けた時に、4つの可能性を考え抜いていた。
1.フランス軍がルール占領を行ったように、侵攻準備に入っている
2.ベルリンでナチス政権に対するクーデターの勃発
3.国防軍首脳部に対し、ナチス政権が粛清を行う
4.不穏な動きが広がるスペインが発端となり、連合国も含めた欧州全体が軍事的行動が活発化する恐れ
しかし、どれも違うという。はて、他に何があるのだという顔をする司令官に、副官は事実を伝えた。
ラインラント進駐を行うための準備体制を取るためということを。
「ばかやろー!!!」
ボックの怒声に慣れているクルト中佐は物怖じしない。
「閣下、うるさいです」
「これが叫ばずにいられるかっ!何を考えているんだ、フリッチュは!」
「…どうやら、ヒトラーが企んでいるようです。まだ正式に打診されているわけではないようですが、国防軍情報部が把握していて、フリッチュ総司令官の下に連絡したようです」
「…カナリスか。ったく、そんなことをしてみろ!フランスと戦争になるぞ!」
「その場合に備えての準備のようです。もっともフリッチュ大将閣下は、そのような打診には反対するつもりですが、押し切られた場合に備えて準備を整えているようです」
「だから俺のところにってわけか、人使いが荒いことだ」
フリッチュからの命令は内密にとされていた。そんなこともあり、ボックは国防軍粛清の可能性が一番あるのではないかと思っていたが、どうやらそれ以上のことが起きようとしている。まったく頭の痛い事である。
「で、ラインラントに進駐するのはどの軍を予定しているんだ」
「検討中のようですが、師団規模ではないでしょう。いくつかの大隊で行うみたいです」
「逃げる気満々だな」
ボックは一瞬にしてフリッチュの考えていることを読み当てていた。
フランス軍の100個以上の師団を揃えており、数の面からドイツ軍を圧倒していた。もし彼らがこの事態に反応する場合、10個以上の師団が侵攻してくる可能性が十分あり得た。もしそうなれば、進駐した軍を急ぎ退却させる必要がある。であれば、少ない方がスムーズに逃げることが可能だ。
さらに数で圧倒的に劣っていることが分かっていれば、いたずらに現場指揮官が踏み止まろうとしないだろう。防衛するのに、非武装地帯で行うのは圧倒的に不利である。
「さすがはフリッチュ総司令官ってところか」
「ところがですね、これ、フリッチュ総司令官が建てた計画じゃないんです」
「なに?だったらベックか?」
「ヴァルザー中尉です」
「あの魔王がか!」
カナリス提督の話を聞いたフリッチュは、どう反対するかで悩んでいた。逆に言えば、進駐を行う場合の戦術まで手が回らなかった。であれば、誰かに頼む必要があったのだが、適任者となるとベックである。しかし、話の場にいたヴァルザーは、こっそり計画を立てて総司令官にいち早くその計画書を提出したのだった。
彼は呆れつつその計画書を読むと、いくつか改善点があるものの作戦そのものは完璧なものと評価出来た。そのため、ヒトラーに押し切られた場合の対応策としてこの策を採用したのである。もちろん、今のところは内密だが。
ヴァルザーの立てた計画には、一応専門とされている補給に関するものも用意されていた。それもまた辛辣であった。この進駐を行うにあたり、対外的にはまず軍事演習と称することとしていた。そこで元魔王は、この参加する軍隊の携帯する銃火器を全て旧式のものとすると計画したのだ。言ってしまえば、フランス軍と戦うにあまりにも不利になるように計画されている。
この計画の詳細を聞くなり、ボックは笑うしかなかった。自分は思わぬ拾い物をしたものだと、副官に感想を述べている。
さて、その副官・クルト中佐であるがベルリンに派遣したもう1つの理由について話し始めた。
「私の次の任地は、その魔王と共に情報部になりそうです」




