訪問 4
カナリスの突然な提案に、フリッチュもヴァルザーも困惑した。
「今すぐではありません。近いうちに起こるであろう内戦に対する義勇軍への一員に含めてはいかがという事です」
続けて彼はヴァルザーを一員に含める利点を、困惑する陸軍総司令官に説明した。
1つ、彼は英語・スペイン語等の語学力を有しており、現地軍との交渉に役立つであろうということ。
2つ、ナチス政権を支持する将校が多い中で、中立的な立場で成果を上げる人材が国防軍では求められている。ヴァルザー特務中尉は、アメリカから来た身分でありながらナチスに中立的なフリッチュ陸軍総司令官に従っている面が見られることから、中立的な立場で任務を行う事が出来るであろうということ。
3つ、この義勇軍の派遣は主に空軍が占めることが見込まれている。となれば陸軍の派遣は少数にとどまるであろうから、出来れば有能な人材を派遣するべきである。ヴァルザー特務中尉は後方勤務能力を有しているだけでなく、情報解析もそれなりの才が認められている。そのような人物こそ、今後の国防軍にとって必要不可欠な人材となるであろうということ。
「部下の報告によれば、情報部の情報解析と全く同じ解析をしたと聞いています。戦略眼を持っている補給係とはなかなか聞いたことがありませんな」
フリッチュは一度ヴァルザーを横目で睨み付けると、情報部長の提案に留保を求めた。
人事権を持っているとはいえ、調整は必要である。一応元魔王にも、仕事はしてもらっている。
「分かりました。ラインラントの件もあるでしょうし、そうなれば後方勤務の特務中尉も忙しくなりますからな。出来れば善処して頂けたらと思います。情報部にも出向して頂きたいですから」
「彼を情報部に出向けと言うのか?」
「えぇ。おそらく、我々情報部は今度の義勇軍に初めから参加はさせて頂けないと思います。であれば、出来る人材にノウハウを指導しなければなりませんから」
こうしてヴァルザーの今後が決まったところで、提督は帰宅の途に就いた。フリッチュは彼の姿が見えなくなると、ほっと溜息をついた。
「何を考えているか分からん、どうも二人きりで会うのは躊躇うな」
ヴァルザーに退室を促さなかったのは、そうした理由もあったに違いない。だが逆に言えば、彼がいたことで今回の話が持ち出されてしまったようで後味は悪い。
「聞いての通りだ、仕事が増えるがいいか?」
「ああ」
元魔王は、この陸軍総司令官と二人きりの時は感謝の念はあれど、敬語など使わない。それは他に彼の正体を知っている人間であっても同じことである。
一方でフリッチュもそのあたりは全く気にしていなかった。世にも奇妙な大将と中尉のやり取りである。一度ベック総参謀長は苦言を呈したことがあり、正体を知らぬ人がいる時は上下関係をはっきりさせるという約束となった。その切り替えがスムーズに出来るあたり、やはり魔王といったところだろうか。
時間はもうすぐ夜の11時になるところであった。闇はただただ深まっていくばかりである。
-帰宅の途についているのは、先程まで陸軍総司令官の私邸に訪問していたカナリス情報部長である。以前であれば、このような時間帯に1人で歩くことは危険極まりないことであった。
だが、今はやや治安が安定してきている。ベルリンにおける殺人や強盗などの事件は、ヴァイマル共和政時代と比べても減少していた。もっともそれで0になるわけではないため、お供無しでの夜の訪問は普通はあり得ぬ話である。
だが、そのようなことをカナリスは気にしていなかった。よく分からぬが、何かしらの自信があるのだろうか。
1歩1歩と進めるたびに、彼の口から白い息がこぼれている。ふとその息と共に彼は笑顔を見せつつ独り言を呟いた。
「彼はハイドリヒとは異なる…それにしてもまさかであったが…」
さらに続ける。
「…魔王を見つけたぞ。…あとは勇者だ…」




