ベルリンのカフェにて 3
どうやら、初めて出会ったヴァルザー特務中尉に対し、フリードリヒ少佐はクイズを出したようであった。彼がどれぐらいの能力を持っているのか、フリッチュ総司令官の七光りでしかない男なのかどうなのかを見極めていたのだろう。
結論を出せば、彼の解答に少佐は満足したのであった。初歩的な問題であったが、少なくともスペインで内戦が起これば介入すべきこと、そして他国がどう反応するかを彼は情報部の読み通りに解いたのであった。もっとも、中佐に最後の質問を奪われたのは少し悔しい所であったが。
「ところで、今度のオリンピックにアメリカとイギリスも参加には未だ難色を示しているらしい」
少佐は情報部らしく次々と新たな情報を提供していた。
ベルリンオリンピックの開催が決まったのは1932年であり、まだ当時はナチスが政権を獲得する前の話であった。しかし、その後のナチス政権の誕生と反ユダヤ政策によりアメリカやイギリスなど各諸国が反発した。オリンピックの開催と成功をどうしても世界に披露したいナチス政権及びヒトラーにとって、この反応にどう対処するかは重要な問題であった。
「そこでだ、スペインの人民戦線たちは政権を取った暁には、バルセロナで自分たちのオリンピックを開催すると宣っているらしい」
「ほう、負けたくせにか」
負けたというのは、このオリンピック開催に立候補したのがベルリンとバルセロナであったからである。投票によりベルリンの圧勝で開催地が決定したが、この状況を人民戦線が利用しようとしたのは言うまでもない。
「で、仮に選挙に勝てたとしてすぐに開催出来るのか?」
「中尉、それは開催したという事実が欲しいから施設の準備はある程度出来ればいいだろうよ。…ん?すぐに開催だと?」
中尉の一言に、情報部として気になるところがあったらしい。
「すぐにって言うのは気になるな。我々は10月とか11月では無いのかと予想しているのだが…。スペインの気候なら可能だと思っているが」
「見せつけたいなら、彼らより早く開催するのでは?」
ほぅ…と、ヴァルザーの解答に納得した素振りを見せた。すると、彼はさらに言葉を続けた。
「右派が対抗するなら、その開催直前だろう。我が国に媚びを売るためにも」
なるほどと納得しながら、彼はグラスに残っていたワインを飲み干した。それまでは、しつけの足りないヤンキー出身の士官程度にヴァルザーの事を評価していなかったが、どうやら違うようだと考え直したのである。
さらに内戦が起きるタイミングも予想したのである。言葉は少なかったが、十分根拠があると言えるものであった。どうやらその可能性を探って対応するべきだと少佐は判断し、すぐに取り掛かる必要があると思ったのである。
「おいフリードリヒ、どこに行く気だ」
「中佐、申し訳ないのですが、急ぎの用事が出来ましてね。これも中尉のおかげですよ。沢山奢ってあげてください」
「ったく、酔っ払いが仕事をするとは我が国防軍も落ちぶれたものだ」
「前々からでしょう。…冗談はさておき、中尉殿、もしかしたら辞令が出るかもしれない。あなたはどうやら今の身分で留まる人物ではなさそうだ。流石はフリッチュ総司令官の秘蔵っ子ってわけだ」
大きな声で彼を評価するフリードリヒ少佐の事を、ヴァルザーは変人であると評価した。それはクルト中佐から言わせると大正解であるとのことだが。
離席したフリードリヒ少佐の後姿を見ながら、クルト中佐は元魔王に話しかけていた。
少なくとも、フリードリヒ少佐は変人ではあるが有能な人物であること、そして上官の受けが悪かったせいか昇進が遅れた事、そして人物評価に才能を持っており、今現在の上官であるカナリス提督はそれを評価しているという事であった。
このカナリス提督が、遠くない未来に起こるであろうスペイン内戦の対応のために、各国防軍との調整役を買ってでているとのことであった。陸・海・空各軍とも、自分が主導権を握りたいがために自己主張が強く、海軍所属ながら陸軍や空軍所属の部下を持つ彼がパイプ役になる必要が生じたからである。
そしてカナリス提督が以前にスペインにいたことも大きな理由であった。それは先の大戦時のことで、ドイツ海軍の潜水艦であるUボートの補給基地を作るために、彼はスパイとして中立国のスペインで暗躍していたのである。その時にあるスペイン陸軍将校と出会い、今でも交流をしているという。
その男の名は、
フランシスコ・フランコである。




