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プロローグ

 …まずいな。


 自らの血を全身に浴びながら、男はそう思わざるを得ない今の自分の境遇を呪った。


 小生意気な女を相手に、まさか自分が負けるとは思っていなかった。女の名は勇者・アイナ。男の側近のグレーズにやられるであろうと思っていたが、グレーズをあっという間に倒しそのまま向かってきたのである。


 -油断。その一言に尽きる。アイナの刃は力強さというよりも正確さで彼の体力を奪っていた。さらに勇者しか許されぬという魔法攻撃により、休む時間すら与えられない。

 

 今まで23人の勇者を葬ってきた彼であるが、その驕りがあったのかもしれない。だが、敗れるわけにはいかない。敗れることは即ち自らの死を意味しており、それはまた自分の国の滅亡をも意味する。


 …生きたいか?

 

 あぁ、生きていたいさ。


 頭の中を巡るように聞こえてくる言葉に、声にならぬ返答を彼はしていた。


 「ぶつぶつ喋って何が言いたい!」


 アイナは悪の権化である男に向かって叫びながら、剣を振っていく。答えなど求めてはいないようだ。


 今までは、彼が勇者に声をかけて相手を惑わせることがあった。しかし今は逆だ。彼に余裕を持つ暇はないが、アイナは今までの彼の戦いを見てきたわけではなく彼が苦戦しているとは思っていない。アイナ自身もこの戦いは苦しいのだ。


 だが、男はこの状況がアイナにとって圧倒的に有利と認めざるを得ない。ここでやられるわけにはいかないという思いと、やられる可能性があるという事実が彼の頭の中で戦っていた。


 …そこまでして生きたいか、愚かな奴よ…魔王・ヴァサーゴ。


 先程から聞こえぬ声は誰かによるものらしい。最初は自分自身の興奮や幻覚を疑ったが、どうやら違うようだ。


「…誰だ、貴様は」


 アイナの剣を受け流した彼の脳に向かってその声の主はこう答えた。


「…そうだな、神とでも言っておこう」


「…神?貴様がこんな面倒な事にしてくれたのか」


「面倒とか言わないでくれ。俺は自分のことを崇めてくれる人間の期待とやらに応えてやっただけだ」


「随分と利己的だな。俺たちは人間を攻めたりしなかったぞ」


「被害妄想っていうのは、どうやら強調されるみたいだからな。攻め込まれてなくても、攻められているつもりになったのだろう」


 魔族と人間の戦争は、ここ長らく続いている。人間の世界では、魔族の長である魔王・ヴァサーゴを倒せば平和がやってくると信じられている。もっともそんな事はなく、彼にとっては迷惑極まりないことだが。


 ヴァサーゴの言う通りで魔族が人間の国に侵攻することは無かった。

 魔族は自分自身の縄張り意識は強いが、その分相手側の縄張りに入ることはしない。どちらかと言うと臆病であったが、人間は魔族という存在に過剰に反応した。月日が経ち、軍隊では埒が明かぬことを知った人間側は、勇者を何人も魔王の下へ送り込んだ。


 勇者は不幸な存在と言えた。死んだ者、精神を病んだ者、行方不明な者、自身だけでなく周りをも不幸にした。しかし、人間は神に祝福された勇者を信じた。


「いろいろと信仰されることは気持ちいいものでな」


「愚かな奴は貴様じゃないか!この世界とやらが見えるなら、少なくとも我らが絶対的悪ではないと知っているだろうに!」


「そんなことは関係ないね。ところで、お前はまだまだ生きたいのか?」


「ここで死ぬわけにはいかぬ」


 口に出さぬ論争をしながら、アイナと戦うヴァサーゴを神とやらは面白く思えたらしい。


「ではよかろう。ここで死なれて平和になってお役御免になるのも嫌だしな」


「なに?」


「アイナを別の世界に飛ばしてやろう。別の世界で俺に祝福されずに生きる姿を見てみたいと思っていたんだ。あいつはいい女だが、いい女ってのは不幸な時が一番いい」


「…悪趣味め!」


「今まさに殺そうとしている奴を憐れむことなど無かろう。その代わりだ、お前にもその別の世界とやらに行ってもらうぞ」


「何?」


「この戦いを面白くするためには、お前がいるとつまらないんだよ。安心しろ、お前の側近を生き返してやるから」


「グレーズを?」


「あぁ、もう少し強くしてやってな。頭のいい奴は嫌いじゃない。彼にお前の代わりになってもらおう」


「…グレーズを生き返してくれるなら…よかろう」


「ふっ、交渉成立だな」


 側近のグレーズは、幼い時からヴァサーゴに従い、忠実に任務を果たしていた。家族がいなかったグレーズに対して、ヴァサーゴは家族のように接していた。彼が復活することが出来るのなら、否定したくはない。


「ところで、別の世界とやらはどんな世界なんだ?」


「それは簡単には説明はつかないな。うーんそうだな、神のいない世界とでも言っておこうか」


「ふんっ、貴様がいないのか、それは精々するわ」


「その代わり、だいぶ不幸なことがあるかもしれぬ。言ったであろう、アイナはいい女だがらこそ不幸にしてやらんとな」


「それと俺がどう関係ある」


「アイナと同じ世界だって言ったじゃないか。まぁ、それぞれ違う国に飛ばしてはやるけどさ。もっとも、どの国も不幸になる世界だがな」


「なに?」


「まぁ、それは見てのお楽しみだ。では、またな!」


 その瞬間、魔王城に強い光が走った。魔王・ヴァサーゴと勇者・アイナの戦いに放たれた光が部屋を閉めたのち間もなく元に戻ると、彼らは姿を消していた。


 人間の世界では、こう言い伝えられている。


「勇者アイナは魔王・ヴァサーゴとの戦いで苦戦を強いられた。その時神のご加護により魔王城は一瞬にして強い光に支配され、瀕死のアイナは復活を果たし、ヴァサーゴと相討ちを果たした」


 さらに続く。


「しかしそれは、新たな戦いの始まりでしかなかった」

 

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