心読⑧
最終話となります。
お付き合いありがとう!
Epilogue1「本音で本心」
学校。
まあ、俺と谺が変わった変わったからと言って、周りが変わるなんてこともない。当たり前だ。
でも、俺はもうなんの心配もない。
谺が離れることはない。あったとしたら、それはきっと俺がなにかやらかして、だ。周囲の声でどうにかなることはない。
「千歳先輩」
教室のドア付近から聞こえる声。
間違いなく谺のものだ。
……なぜ名前呼び?
そんなことを思いながらも、俺も弁当を取り出し谺の元へ向かおうと……
「久遠」
久しぶりの男の声だった。
「久遠。まだ付き合ってたのか」
「関係ないだろ」
「やめたほうがいいって。あいつはマジでやばいんだって」
男の声音はとても心配してくれてる。それがわかる。
きっとこの優しい男は、心の底から俺のことを心配しているんだろう。
それは俺にとっても嬉しい。俺はこいつが嫌いになったわけじゃないし、無気力久遠をやめる以上、クラスでもちゃんと生活していきたい。その時に、この男との関係はとても重要なものになるだろう。
今度こそ、本当の友達になりたい。本気でそう思う。
だけど、クラス中から聞こえる声の中には嘲笑めいた。ただただ状況を楽しむだけの声も聞こえる。
それが、それだけが本気で許せない。
「先生に体を売って点数稼いでるんだって」「やばい奴らとの繋がりもあるんだって」「裏ではたくさんの男とヤったビッチって聞いた」「人の弱みを握って命令するとか」「麻薬常用してるらしいよ」
うるさかった。
ただただうるさかった。
そんな、まるで自分が見てきたかのように人から聞いた嘘か本当かもわからないような噂を丸呑みしているこいつらが、邪魔でしょうがなかった。
するわけねえだろ。こんな学生レベルで知られるような噂が社会に出回ってないはずがないだろ。
やばい奴らと繋がってる? 麻薬常用してる?
アホか。んなことしてたら警察に捕まってるっつーの。そんなこともわからねえのか。
腹の奥で、ふつふつと何かが湧いてくるような、そんな錯覚に陥る。
もう、耐えられない。
周りの目線も、評価も、関係ねえ。
「なあ久遠。やめたほうが」
「うるせえ」
その声はとても静かだったと思う。
少なくとも、出した本人である俺は、そこまで大声を出したとは思ってない。
しかし、その一言で教室から、音が消えた。
そのくらい、静かになった。
「バカかお前ら。お前ら程度が知れる情報が全部本当だったとして、警察にバレないわけがないだろうが。全部嘘だってこともわからないのか」
「久遠! 俺たちは心配して」
「お前が本気で心配してくれてるのはわかる。けど、この状況を面白がってる奴だっている。それが許せない」
昔の俺だったらどうしてただろうか。
なににも興味を持たなかった俺が、こんな風に怒れただろうか。
どうだろう。わからないや。
でも、本音は、本心は今も昔も変わらないだろう。だから、これだけは言える。
「俺が誰と付き合おうが自由だ。面白半分で嘘の情報つかまされて騒いでんじゃねーよ。うぜえし邪魔だ。谺と付き合ったわけでもなし、本当のところはなにも知らないくせによくも堂々と恥ずかし気もなく言えたな」
瞬間、マジで音が消えた……と思った。
そして、爆発する。
教室中は俺への罵詈雑言を浴びせることに夢中で、正直なに言ってるかわかんね。
肩を竦め、弁当を手にドア付近にいる谺のとこに行こうとして
「うるさい!」
本日三度目の無音。
今度の発信源は、男だ。
「……久遠」
「んだよ」
「ごめん!」
そう言って、頭を下げてくる。
……え?
「俺、なにも知らないのに知ったかぶりして、だから、ごめん」
「あ、いや、その……」
クラス中がざわめく。
えっと、こういう時、どうすればいいんだ。
谺に視線を向けると、露骨に視線を逸らされる。
この……!
「……別に。さっきも言ったとおり、お前が本気なのはわかってたから」
「だけど、ごめん」
ここまで熱心に下げられると、逆に申し訳なくなる。
こいつ、こんな奴だったのか。
普段は、女の話ばっかで可愛い子に目がないような、結構軽い奴だと思ってた。けど、こういう真面目というか、熱い一面もあったのか。
そうか。俺は、谺とよりも、一年長くいたはずのこいつのことも、なにも知らなかったんだ。
なんか申し訳なくて、そして、悔しかった。
だから、興味が出た。
男が、顔を上げる。
……え?
「だ、誰」
「……は?」
そこには、見知らぬ男子生徒がいた。
見たことのない顔だった。……いや、違う。見たことはある。
誰だ。いや待て。俺はさっきまで男と話していたはず。
じゃ、じゃあ……目の前の男子生徒が……男?
「お、おい。久遠?」
その声を聞いて、確信した。こいつは男だ。
いや、でもなんで。
……。
……声、だ。そうだ。声だ。
教室を見回す。
そこにいた生徒は、どいつもこいつも見知らぬ顔ばかりだった。
「は、ははは」
「久遠?」
「ははははははははは!」
「っ!?」
思わず笑ってしまった。
おいおい、興味無いからって声だけで認識するか!? というか、顔を忘れるってどういうレベルだよ!?
自分で自分のやった馬鹿げたことに笑いが止まらない。
「おい、大丈夫か」
「ははは……いや。大丈夫だ“海斗”」
初めて、かもしれない名前を呼ぶ。
俺が名前で呼んだのがそんなに驚いたのか、海斗は目をまん丸に見開いた。
「あー、ここまで言っといて悪いが俺、谺のこと待たせてるから行くわ」
「あ、ああ」
「じゃあ、後で」
俺が思いっきり笑ったせいか、今だ混乱と静寂の中にある教室を後に、俺は谺のところへ向かう。
谺は頭痛でもするかのようにこめかみを抑えていたが、まあ、いいだろ。うん。
なんか凄くスッキリした。憑き物が晴れたような気分。
「千歳先輩……」
「悪い悪い」
実際はあんまり悪いとも思っていないが。
もちろん、心を読まれてるのでジロリと睨まれるが素知らぬ顔。
本当に今はいい気分なのだ。
だって、だって、
__初めて世界に興味を持てそうだったから。
Epilogue2「言葉にできないけれど」
「バカじゃ無いですか!?」
『開幕にそう言わんでも……。
まあ、心配してくれてんだろうなぁ……。
ここはシリアスにばらないよう茶化しておこう』
「褒め言葉として受け取っておこう」
「ああもう! 茶化さないでください!」
この人は! この人は!
幾ら心配しても幾ら怒ってもなにも反省しない!
「結果的に良くはなりましたが、それも海斗さんという心優しい人がいたからですよ!? わかってるんですか!」
あの人の心はエロ三割友情七割という構成だった。
割と綺麗な心の持ち主で、あの人がいなかったらと思うとぞっとする。
「わかったわかったから」
「本当に!?」
『……いやまあ。
一応、ね?』
この人、全くわかってない!
「クラス中があなたのこと心の中で罵倒してましたよ! 私の次はあなたですか!」
「あ、あはは」
『でも、谺が酷い目にあうくらいなら俺が受けた方がいい。』
ああ、もう! この人はまた!
「千歳先輩!」
「はいぃ」
「私は私のせいで誰かに酷い目にあってほしくないんです! それが、なんで初っ端に千歳先輩が身代わりとかなってるんですか! 心の中で私が酷い目にあうより自分がって思ったでしょう!? ふざけないでください!」
「ごめん! 本当に悪かったって!」
私は制止や謝罪の声を無視して、とにかく感情をぶつけ続けた。
だけど、出せる感情は言葉の数だけ。出し切れない感情が胸に溜まり、詰まっていく。
なにかが込み上がってくる。
「私だって、同じなんですから」
「……」
「千歳先輩が私のせいで酷い目にあうなら、自分がって思うんです。だから、もうあんなことしないでください」
頬を熱いものが流れていく。
そのことに気付いて、千歳先輩の中の動揺も見て取れて、恥ずかしくなった。
「お、おい」
「うるさいです!」
「鳩尾ぃ!?」
ここで渾身のクリティカルヒットを叩き出してしまう。
千歳先輩も動揺してるけど、出した私も動揺してる。
……ええい! ままよ!
「謝ってください」
「……」
「謝ってください!」
『ちょ、タンマ。今、激痛で、』
思わず謝ってしまいたくなるが、でも激痛にのたうち回る先輩を見てなんだか楽しくなってきた。
私ってS?
気づけば、私の涙は引いていた。でもまあ、泣いてるように見せかけておこう。面白いから。
「言い訳はいいです! 早く!」
「ご、ごめん……なさい」
「そして!」
謝罪だけじゃ終わらせない。
あの言葉、早く!
「そ、そして!?」
「無いんですか? まさか謝って終わりですか? お詫びもなにも?」
「な、なんでもしますから許してください」
ん? 今、なんでも(ry
それはいいとして、私はお望みの言葉を聞いて、嬉しくなり思わず笑ってしまう。
よし、じゃあ……。
「じゃあ、私のこと心読って呼んでくれたら許してあげます」
「へ?」
『へ?』
どれだけ驚いてるんだろう。少し面白い。
「心と言葉が全く同じ……。どれだけ驚いてるんですか。私のことを名前で呼んでって言っただけなのに」
「あー、えー」
『いや、あの心の準備とか。』
「心の準備とかいいので早く」
「こ、心読……?」
心の中でガッツポーズ。
疑問形なのは許してあげましょう。
「はい」
千歳先輩は苦笑し、心の中で考え、そしていつものように。
「「涙は途中から嘘だろう」まあ及第点ですね」
心先読み。
ま、ちょっと気付くのが遅かったですかね。でもまあ、気付いたのでよしとしましょう。
「心読まないでくれます?」
「でも、そんな私が好きなんですよね?」
「……まあ、そりゃ」
嬉しい。
今まで、心を読めることでいいことなんてなかった。
だけど、この少し変わった……少し?
いや、凄く変わった千歳先輩は、こんな私を好きだと言ってくれる。
それがものすごく嬉しい。
この思いはどんな言葉で表せる?
残念ながら、私の語彙力では表現できそうにない。
だから、いつかやられたように。
「ねえ、千歳先輩」
「ん? な」
先輩が私にやったことを、私も先輩にする。
言葉にできないけれど、きっとこれはどんな言葉よりも本物だ。
顔を真っ赤にする先輩。
でも心の中では喜んでる。
それがわかって、嬉しい。
だから、
「お返し、です」
照れ隠しに、少しだけ悪戯っぽく、そう言うのだった。
Epilogue3「噂」
ことの顛末は人の顔もろくに見ないあの野郎から聞いた。
律儀な奴だ。別に、お前から聞かなくても噂を流させた奴から聞けるっつーのに。
でもまあ、随分と面白いことになってるらしい。
今現在、あの学校は谺のことよりも谺と一緒にいたあの野郎のことで持ちきりだ。
ざまあって思うし、気分がいい。
……でも、あれだな。
一男子高校生としては彼女が欲しい。そういう意味ではあの野郎が羨ましい。
相手が谺っていうのが、全くわからんが。
いつか別れたりしたら盛大に笑ってやろう。
……さて。
全てのことの顛末も聞き終えたところで、俺もケジメをつけるか。
携帯を取り出し、いつまでも未練がましく残している「谺心読」の連絡先を消す。
一種指が止まるが、無視して削除。
「……ふぅ」
谺のことだ。俺の連絡先はとっくに消してんだろう。
と思った矢先、電話がかかる。
「はい」
『……どうも』
思わず吹き出しそうになる。
「どういう風の吹き回しだ? 谺。
『一応、最後ですので言いたいこと言ってやろうかと』
二人揃って律儀な奴だ。
『先輩の件、ありがとうございます』
「お礼言われるようなことじゃねえよ」
『そうですよね。そもそもの事件の発端はあなたですし』
……こいつ。本当に面白くない。
『それでも、まあ。一応です」
「一応か」
『はい』
「……」
『……』
言葉が出ない。
でも、こっちからは切りにくい。
というかぜってえ切りたくねえ。負けた気がする。
「だったら礼として俺と付き合ってくんね?」
『死ね』
切られた。
でもなんかスカッとした。
自分の口元がにやけてることに気付いた。
さて、と。
次はどんな噂を流そうか?
EpilogueEX「青色」
「そういえば、結局のところ青い髪ってなんで俺にしか見えないんだ?」
「今更!?」
しょ、しょうがないじゃん。
興味がなかったんだから。
「ここまで興味が薄いと、いっそ気持ち悪いですね。今までどうやって生きてきたんですか?」
「親の保護下だったからな」
ドヤァ。
「……」
お願いしますからそんな蔑んだ目で見ないでください。
「はぁ……。まあいいですけど。で、青い髪ですよね?」
「おう」
「うーん、私も完全にはわかってないんですけど……多分、心の状態が関わってるんです」
心?
「はい。今まで私の髪を認識できたのは、幼い子どもとボケ始めた人たちでした」
「そんで?」
「だから、青い髪=あり得ないみたいな図式が頭にないんですよ。普通の人なら当たり前で無意識下で常識として刷り込まれてるものですけど、まだ純粋な子どもや細胞が死滅しつつあり思考力低下の真っ最中の奴なんかは青い髪=ある(?) という感じなわけです」
「さっきからご老体に対して言葉キツイけどなんかあった?」
「ボケたふりして尻撫で回されました」
「よっしゃジジイ狩りだ」
谺の体は隅から隅まで俺のもんだ。
「話は戻しますけど、つまり青い髪はあり得ないという常識を持ってない人にのみ見ることができるわけですよ。わかりましたかクソ変態」
「一気に俺の評価が滝下りしたのはわかった。というかその話だと俺に常識がないみたいな言い方だな」
そう言うと、谺は少し考えて言った。
「常識というより、先輩は人の顔を見ないじゃないですか」
たしかに、昔の俺は人の顔を全くと言っていいほど見なかったが……関係あるのか?
「さっき言ったように、先輩は本来は私の髪は黒色に見えるはずです。だけど、ちょっとしたイレギュラーが発生しました」
「それが、顔を見ない?」
「はい。先輩にとって人の顔は背景も同じ。背景はモノクロじゃないでしょう? 青だってあります。だから見えたんです」
は、背景って……お前。
否定できないけどさ。
「ん? じゃあ、なんで今は認識できてるんだ? 背景で青色でも、目の前に人の顔があれば普通に黒って思うんじゃ」
「先輩は例えば視界の端にUFOがいたらどうします?」
急になんだ。
でも、関係あるだろうから答えた方がいいよな。
視界の端にUFOがあったら……。
「まあ、流石に見るよな」
「じゃあ、カメラを使うとして、奥の景色を撮ろうとしてるんですがピントがずれてたらどうします?」
「そりゃ、合わせるだろ」
「それです」
どれだ。
「先輩にとって私の髪はUFOであり奥の景色だってことです。いきなりあり得ないものを見たからそっちに視線を合わせ、同時に本当に青色かどうか確かめる過程でピントを合わせた。だから、私本来の色である青色が見えたんですよ」
「ははぁー」
わかったような、わからないような。
「うーん、選ばれた者とかじゃなかったか」
「残念でしたね。それでも私は嬉しいですけど」
「なんで?」
「だって、どっちにしても一般人には見えませんし同世代で見えるのは先輩だけです。だからこの髪は、先輩だけが見える本当の私の色。それが嬉しいんです」
目もですけどね。
なんて、恥ずかしそうに心読は言った。
そして俺は……超ガッツポーズ。
つい舞い上がって、心読に顔を近付ける。
「心読。俺とキスをうふっ!?」
鳩尾ぃ!?
「床とキスでもしててください。変態」
ち、ちくしょう。
「あはは。千歳先輩は本当に変わらないですねー」
「うっせえ」
でもまあ、いいか。
どうせいつでもできるしな。ウェッヒッヒ。
「……」
さーせんした。だからそんなゴミを見る目で見ないでください。
「ま、許してあげましょう」
そして谺はこっちをじっと見つめてくる。
なにかを待ってるような。
……?
「あー、もう。これじゃ私の嘘を見破るなんて一生かかっても無理ですね」
焦ったそうに言ってくる。
嘘?
え、ついたの?
どこで?
……あ。
「やっと気付いた」
えっと、つまり、それって……キス、ですか?
「……」
無言の肯定。
「キス魔」
「そ、そっちだって」
言ってるうちに互いに恥ずかしくなる。そして、互いに笑い合う。
俺は、俺にしか見えない青い髪を撫で、同じく俺にしか見えない目を近くで覗き込み、互いの唇を重ねた。