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心読⑦


「おう、俺だ。……うんにゃー? ちょっと会いたいって思っただけだ。……ちげえよバケモン。ま、電話越しなら心読めねえだろうから怖くもねえがな…………いいから来いつってんだよ。……あー、あいつ。なんだっけお前の隣にいた奴。……なにをする気だと思う? ……お前が俺をふった呪いの場所だ。……ああそうだなって、あいつ言いたいこと言って切りやがった」

 果たして言いたいこと言ってるのはどちらか。そこのあたり聞きたかったが、利用とは言えこっちの都合で動いてもらっている以上強気に出ることもできない。

 電話を終えた人間はこちらに声をかけてくる。

「タイトルは【別れたはずの恋人が引き裂いた人間の仲裁によって再開】なんてどうだ」

「そのまんまだな。なんの興味も惹かれない」

「こういうのは分かり易さ重視なんだよ」

「分かり易過ぎてネタバレ過ぎるな」

 人間との軽口の押収。

 しかし、ここにきて俺はやっとか驚く。さっきまで思いっきり恨んでたはずの相手と普通に話している。

 心の中ではまだ憎い。だけど、さっきみたいに激情に任せたような感じじゃなくて、心の中に静かに佇むような感じだ。

 きっと俺がこいつを許すことは無い。この感情は死ぬまで残り続ける。確信できる。

 だけど、こいつと話すこと自体はそこまで嫌なわけじゃない。……不思議だ。

「なあ」

「なんだ」

「お前から見て、俺はどう見える」

「はぁ?」

 どうやら質問の意図がわからなかったらしい。

 うん、俺も急に初対面の人間から「俺どうよ」とか言われても困る。

「いや、なんでもない」

「お前っておかしな奴だな。まあ、だから谺の奴とも付き合えるんだろうが」

 普通の奴なら怖くて離れるっつの、なんて言いながら呆れてる雰囲気が溢れ出る。なぜ呆れる。

「俺から見てお前? そうだな。変な奴一択だな」

「へ、変な……」

「なんだ。自覚ねえのか」

 そんな自覚あってたまるか。

「俺としてはお前がどうかなんて関係ねえ。面白いことをしてくれればそれでな」

「お前の基準がわかんねえよ」

 終わりは唐突だ。

 それきりパタリと会話が止む。

 多分それは、会話を通じてお互いの距離感がわかったからだと思う。

 次にこいつと話すとすれば、それは俺が面白いことをやった時だ。


「先輩!?」

 声が響く。

 数日間だけしか離れてないはずなのに、随分と懐かしい。

「よ、よお」

「事情はそいつの心に聞くんだな。そんじゃキューピッドはこれにておさらば」

「二度と来んな!」

 珍しい谺の怒声が響く中、人間は颯爽と帰って行った。

 人間の背中が完全に見えなくなったところで、谺は今度はこちらを睨んでくる。

「…………この、大馬鹿者おおおおおおおお!!!」

「お、落ち着け谺!」

 どうやら全てを理解したらしく、一から十までこれまでの出来事を俺の心から読み取った谺が全力で殴りかかってくる。

「いったい! 私が! なんの! ために! 先輩から! 離れたと! 思ってるんですか!」

「悪かったよ! でも、俺だってお前と一緒にいたかったんだ!」

「私はバケモンなんです! 先輩と一緒にいちゃいけないんです!」

 谺の言葉は痛々しかった。

 谺は自惚れじゃなければ俺に好意を持ってくれている。なら、谺だって俺と一緒にいたいはず。だけど俺のために離れてくれた自分の気持ちを殺して。

 さらに、谺は魔女と言われるのを恐れていた。一番最初、俺の中から魔女という言葉を読み、真っ青になった。そんな谺が自分をバケモンと言った。決して軽い言葉じゃ無いはずだ。

 俺は谺の気持ちを、行為を、言葉を、全て無駄にしている。

 ……それでも。

「谺」

「っ! は、離してください!」

 俺は谺の手を強く握る。反対の手で攻撃してくるが、それを無視して言葉を続ける。

「俺はお前と一緒にいたい」

「っ!」

「例え全てを失っても、お前だけは失いたく無いんだ」

「う、嘘です!」

「嘘じゃない! 俺の心を見ればわかるだろ!」

 だけど、谺は子どものように目を閉じ、耳を塞ぐ。

「嘘です! 人の心は変わります! みんなそうだった。みんな私の能力を知って私を怖がった。嫌った。最初は平気だって言ってた人だって、みんな最後は私を見てバケモンって言った! 私を好きだって言った人も、みんなみんな私を魔女にした!」

「……え」

 あれ。

 それって、俺が前に考えたことと同じなんじゃ。

「……あ」

 谺ははっとしたようにこちらを見る。

 そして、俺はまた自分の愚かな間違いに気付いた。

 俺が魔女と呼ばれた理由について考えた時、俺は勝手に好きになった男が秘密をバラされるのを恐れて魔女に仕立て上げたのだと考えた。だけど谺は否定した。

 そして、その言葉は嘘だった。

 同時に、俺は愚かにもその嘘を信じてしまった。

「違います! 先輩のせいじゃ」

「悪い。俺は嘘がつけなくても、お前がつけること、理解してなかった」

「違う、違う」

「だから、谺」

 俺はもう、谺と離れ離れになりたくない。

 だったら、俺はなにをするべきか。

「俺はもう、考えることをやめない」

「……」

「お前のことをいつだって考えてやる。無気力久遠はもう終わりだ」

 いつだったか、クラスメイトが言っていたあだ名。

 俺は興味の無いことに対して全く興味を持たない。思考を働かせない。

 思考を止めて、谺を理解していなかった。なにも理解していなかった。考えた気になっていただけだ。

 こいつに会う前の俺は、いや会ってからも、俺は人間じゃなかった。

「もう簡単に騙されないようしてやる。お前の嘘なんかすぐに見破ってやる。お前が逃げてもすぐに見つけてやる。だから、一緒にいてくれ」

「……そんな気持ち、続く確証なんて」

 俺は谺の口を塞ぐ。

 __自分の口で。

 ……。

「…………あ、あわわわわわわわ」

 ……勢いでやってしまったけど、どうしようか。

「き、鬼畜変態ヤロー!!!」

「ごぶほぉっ!?」

 クリティカル!

「お、乙女の初めてをなんの許可もなく奪うなんて、ば、バカですか!」

 顔を真っ赤にしながらなにかしら叫ぶ谺を見てると、自分のやったことを棚に上げていつもの調子に戻ってきたことが嬉しくなって、つい軽口を挟みたくなる。

「ごちそうさまでしたー!」

「なんでハイテンションなんですか!」

「たいへん美味しかったです!」

「へ、変態だー!」

「俺は鬼畜変態野郎だからな」

「開き直りやがったこの先輩!」

「真っ赤な顔も可愛いぞ」

「死ぬがいいですー!」

「ついでにもう一歩踏み込んだ関係に」

「……」

「あ、こら。無言で殴ってくんな。心読んでフェイントかけんな! ちょ、痛い!」


「はぁー、なんか悩んでた私がバカみたいです」

 俺もそう思う。

「……」

「なんか暴力への耐性が消えてきてない?」

 現在、互いに隣り合って某呪いの場所で二人して座り込んでいた。

 そんなわけで殴られてもすぐに防御できるけど。

 ……あ、いい香りが

「ふんっ!」

「っ!」

 針のように刺さる激痛のち、ハンマーで殴られたような鈍痛が男の象徴に走る。激痛によって声にならない声を上げながら、鈍痛でいつまでも残り続ける痛みに苦しむ。

 この小娘……男の永遠の弱点を……!

「変態!」

 そうやって俺を変態キャラにしていくのはやめろ。

「嫌です。変態は私の苦労を全部無駄にしたんですから、その分の苦しみも受けるがいいです」

 ……悪かったよ。

「ならいいです」

 なので膝枕を

 ガツン、と頭に硬い衝撃が走る。

 ……これ以上はやめておいた方がよさそうだ。

「いい判断です」

 ……久しぶりにお前の笑顔を見たよ。

「……そうですね」

 谺は少しだけ自分が笑顔のことに驚き、そしてゆっくりと微笑む。

「先輩も変な人です。なんか一緒にいるといろんなことがどうでもよくなります。周りからの評価とか、自分の能力のこととか」

 少なくとも俺は気にしない。

「興味がないだけでしょう」

 うぐっ。

「だから私なんかとも付き合えるんでしょうね。こんな」

 バケモンって言ったら殴るぞ。

「……」

 お前はバケモンじゃない。

 たしかに他とは違う。だけど、普通に笑ったり傷ついたりする、普通の女の子だ。

「……股間抑えて悶えている状態で言われても」

 誰のせいだ!

「自業自得でしょう」

 一概に違うとも言えないのが悔しい。

「でも、ありがとうございます」

 ……。

 ……なあ谺。

「もういなくならないでくれ」

 ……セリフ取るのやめない?

「正直、そんな滑稽な姿の人に告げられたくないです」

 しまいにゃ泣くぞ。

「まあでも、及第点ですかね」

 ……え。

「そこまで言うからには、責任。とってくださいね?」

 ……え、マジで。本気? 夢じゃない? やった?

「後悔しないでくださいね?」

 もう遠慮はしませんから、と伝え、谺はこっちに満面の笑みを見せてさよならしていった。

 ……。

 あれ? これおいてかれた?

「……っしょ」

 痛みが大分引いた体を起こし、空を見上げる。

「……色が戻った」

 そこには、色彩が失われていた景色が鮮やかな色で映っていた。

 大切なものは取り戻せた。

 俺はやっとか、この世界に興味が持てそうだ。

「帰るかー!」

 テンションがめちゃくちゃ上がりながら、飛び上がり思いきり伸びをする。

 俺は久しぶりに、心から笑えたのだった。

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