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心読⑤


 翌日から、谺はいつもの調子を取り戻したかのように元気だった。

 よく喋り、笑い、人の心を読んでは先読みしたりしてこっちが読ませて辱めたりして、くだらないやり取りをやる。

 昨日のことがまるで夢のようだ。

 いや、そもそもが勘違いなのかもしれない。

 俺が谺と関わったのはつい一昨日なのだ。今日でまだ三日目だ。そんな俺が谺のなにを知っているというんだ。

 昨日のことは谺にちってはなんでもない出来事で、俺の嫌な予感がただ外れただけだ。

 だから、これでいい。




 おかしくなり始めたのは次の週になってからだった。

 朝に教室に入ると、妙な視線と空気が俺に絡みついた。

「……おい、あれ」「噂ってマジなのか?」「よく平気な顔で」「真面目な人だと思ってたけど……」「誰か聞いてこいよ」「えー怖ーい」

 俺はそんな噂を聞き流しながら席に着く。

 どこがおかしくなったのか、最初わからなかった。

 ただ嫌な感じがそこにある。

 俺がなにがおかしいのか気付いたには、もっと後のことだった。


 谺が来ない。

 先週は谺が俺を迎えに来て俺が付き添う感じだった。

 友達になって一週間。まあこんな事もあるだろうと、弁当を机に出し谺を待つ。

 そこに、男が現れた。

「おい久遠。少しいいか」

 教室がざわついた気がした。この男も、普段と違って不安そうな感じだ。

「なんだ」

「いや。噂についてなんだけど」

「噂?」

 なんだそれ。

 朝から感じてる嫌な感じの原因だろうか。

「いや。お前と谺って後輩が、ラブホ入ったって噂が」

「……はあ」

 全く身に覚えが無い。

 というかラブホってなんだラブホって。

「どうなんだよ久遠」

 俺は行ってないから普通にそう返せばいい。

 そもそもなんでそんな噂を信じるのだろうか。ここら辺にはラブホなんて存在しない。ラブホがどれだけかかるのかは全くわからないが、ホテルなら金もかかるだろうし、そんな金をバイトもしない高校生が持っているとでも思うのだろうか。

 そもそもラブホって未成年OKなの? ルールが全くわからないんだが。

 いや、今はラブホなんてどうでもいい。

 俺はしょうがなくそんなしょうもない噂の真偽を聞いてくる男に答えることにする。

 が、口から出たのは全く違う言葉だった。

「俺が行ってないって言って、お前は信じるのか?」

「……え」

 その言い方には驚きが混じっていた。

 正直俺も驚いている。

 最近、心を読む谺といることが多かったから、それで周りが俺のことをどう思ってるのか疑問思ってしまった。

 俺がどんなことを考えても谺はそれを読み取り、俺を勘違いしない。谺は心を読めるせいで困っていたが、俺は心を読まれることで相手に自分を理解してもらっている安心感があった。

 安堵、気楽、油断という毒がここにきて回ってしまった。

 俺は、自分がなにか言って周りの人間がそれを信じるのか、わからなくなった。

 信じられることを、信じられなくなった。

「どういうことだよ」

 その声には怒気が含まれている。

「こっちは心配してやってんのに」

 たしかに、「噂について聞かれる=疑われている」という考えは安直過ぎた。

「いや。わ」

 そこで、言葉が止まる。

 心配してやってる?

 なんで。

 お前は俺を信じるのか?

 なんで。

 信じられてないから怒ってる?

 なんで。

「例えどんな答えでも、お前には関係無いだろ?」

「なっ……!」

 あ。やべ。

「……ああそうかよ。勝手にしろ!」

 男の声は完全に怒り一色だ。

 だが、そんな妙な噂を信じられても困る。一応弁解はしておこう。

「ラブホには行ってないよ。場所もわからないし今月は金欠なんだ」

「知るか!」

 完全に失敗だ。

 男との繋がりは完全に切れた。同時に、クラスとの繋がりもだ。

 谺も結局来ず、俺は弁当を食べることなくリュックにしまうハメになった。


 おかしい。

 いろいろとおかしい。

 現在は放課後になって、図書室の前だ。俺と谺が始めて会った場所でもある。

 もしかしたら谺が来るかもしれないと、時間を持て余していたから今日のことを思い返していた。

 男には悪いことをした。あの口調はどう聞いても怒っていた。

 流石に俺も無神経だったと思わずにはいられない。

 いや……。

 もうこの際しょうがない。

 切れたものは切れた。それだけだ。

 おかしいのは、今朝からの空気だ。

 あの嫌な空気。

 粘りつくような気配。

 原因が全くわからない。

 谺がいれば「それ。本気で思ってます?」なんて前置きしてサクッと疑問解決してくれるのに。

「……あーくそ!」

 がりがりと頭を掻き毟る。

 そもそも教室の変化とか俺にはわかんねーよ。

 わかるなら誰か教えてくれよ。

 どこだ。今ままでと違うところはいったいどこにある。

 そういえば男が噂とか言ってたよな。関係あるのか?

 ……。あれ?

 噂? 噂話?

 ……。

 …………。

 …………………………。

 ……………………………………あ。

 明らかに普段はしてなかった噂話をしてたじゃん!

 なんか「真面目な人だと思ってたけど……」とか言ってる奴いたじゃん!

 なんか小骨が取れてスッキリというか、こんな大骨引っかかってなぜ気づかないのか自分で自分に呆れるレベルだよ!

 そして男が言っていたラブホ。

 明らかにそれだ。そのせいでなんか微妙な空気と変な視線を感じたんだ。

 空気とか視線って言ってもあくまでそう思っただけの錯覚でしかないけど。

 いや、今はどうでもいい。

 問題は噂をどうするかだ。

 噂。……噂かー。完全に孤立した今、無理だよなー。

 でも事実無根だし、大人しくして入れば大丈夫だよな。人の噂も七十五日、とか言うし。実際に七十五日も待ってたらかなり長いけど。

 でも、流したのは誰だ?

 正直な話、俺は目立たない。今日までの話だけど。明日からは悪目立ちしまくるだろうし。

 良くも悪くも流されながらの人生。こんな仕打ちを受ける覚えは無いはず……。

 じゃあ、谺? 魔女って呼ばれて一部じゃ有名らしいし。内容は全く知らないけど。

 ……知ってる奴に聞きたいが、今じゃもう無理だよな。

「……あ〜。どうしよ」

 昼間のアレ。

 どうしてあんなこと言ってしまったのだろう。

 良くも悪くも流されながらの人生だったはずなのに。自ら流れに逆らってしまった。

「……土下座か?」

 日本人の秘奥義、土下座。

 これをすれば完全に関係が乖離(かいり)していなければたいていは許してもらえる。少なくとも人前でやられたらもう大人の対応というものをとるしかない。

 明日男に土下座し、事情を聞くだけ聞けばいいはずだ。

 ……考えれば考えるほどクズだな俺。

 結局谺もこないし、方針も決まったし今日は帰るか。

「……先輩」

「谺……なのか?」

 帰ろうとしたところで谺が現れるってなんてラッキー。

「良かった。昼休みにも来ないしなにかあったんじゃないかって」

「え、ええ……。いきなり来れなくなってすいません」

「いいよ。というか大丈夫か?」

 笑顔なのはいいんだけど、疲れた感じの笑顔だ。

「……私、笑ってるんですね」

「谺?」

「いえ。今日は、言わなくてはならないことがあって」

 胸騒ぎがした。

 それを言わせてはならない、という予感。

「こだ」

「私はもう、先輩に会いません。本当に短い間でしたが、本当にありがとうございました!」

 唐突だった。

 あまりにも唐突だった。

 動揺して、口も頭もうまく回らない。

「い、いや……俺か? なんか、やっちまったのか?」

「いえ。先輩のせいじゃありません」

「なら!」

「これは、遅かれ早かれの問題だったんだと思います」

 俺は動揺している。

 谺の声を聞くたびに、俺の心は荒れ、不安定になる。

 俺は、ここまで谺に依存していたのか。

「先輩と過ごした日々は、信じてもらえないかもしれませんがとても楽しかったです。ですが、この問題はいつか起こる問題でした。少し早かったですが……お別れです」

「問題って」

「「問題ってなんだよ!」なんて、言わないでくださいね」

 いつもと同じように、言われた。

 思考を読んで、先回りして、こっちの口調真似て。

 だから、信じられない。

「私のせいなんです。私が先輩と会ったから、先輩に酷いことしちゃった」

「お前は何もしていない!」

「だって……私が先輩に近付いたから先輩はクラスで孤立したじゃないですか!」

 いきなり荒げたように声を上げた。

 今までせき止めていた何かが、崩れ去ってしまったかのように。

「嬉しかった、楽しかった。先輩といる時間がなによりも楽しみだった。今まで、心が読めることでいいことなんて無かった。本当の意味で私を見てくれてる人なんていないってわかってしまったから。みんなが私の目と髪を見ても黒色にしか見えないのが証拠。誰も私を見ていない!」

「俺は見てる!」

「だから! だから嬉しかった。でも、だからこそ私のせいで先輩に悪い噂が立つのが一番許せない。噂を立てた人よりも、無責任に騒ぎ立てる人よりも、なによりも私自身が許せない。……だからもう、先輩と一緒にはいられない」

 __わかってしまった。

 多分、俺がなにを言っても谺は俺のところから消える。

 俺にそれを止めることはできない。

「ごめんなさい。そして、短い間でしたがありがとう。最後に、さようなら」

 谺は最後まで笑顔だった。

 谺が垣間見せた激情は、それが彼女の本音だと感じさせられた。

 俺は去っていく谺を追いかけることができない。

 足からは力が抜け、その場所にへたり込む。

「は……ははは」

 なんでこんな事に気付かなかったのだろう。

 谺はいつでも笑顔だ。

 嘘をつく時でも、とても悲しい時でも、かなり怖い時でも、谺はきっと笑顔だ。

 俺はなんてバカなのだろう。いつだったか、自分でも思ったじゃないか。谺の笑顔は処世術なんだって。

 きっと谺は今まで俺と一緒の時間の間にも、きっと幾つか嘘をついている。俺はそれを飲み込んでいる。

 俺は嘘をつけなくても、谺は嘘をつけるのだ。

 そんな大切なことに、俺は気づけなかったのだ。

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