心読④
iPhone直った☆
話は入学式に遡る。
曰く、谺は式があまり好きではないということだ。
谺の能力は任意ではな自動で働くため、抑えるにはひたすらにぼーっとするか意思なきものを見つめるしかないらしい。
しかし式の途中でぼーっとするのもまずい。その日は入学式ということもあって、立ったり座ったり礼したり歌ったり、ぼーっとしてると他に遅れてしまう。
なら意思なきものを見つめるか。
これも難しいらしい。不自然にならない程度に見つめられるものといえばせいぜい椅子ぐらいだ。椅子を見てなんになる?
以上の理由から、谺が取る方法はいつも読んでも問題なさそうな人をいち早く見つけ出し、その人をじっと見つめる__もしくは睨みつける__ことだけだとか。
ここまで来ると察してしまうが、つまり入学式で谺が選んだ「心を読んでも問題なさそうな人」というのが、俺だ。
「いやそれはおかしい」
「何がですか」
「いやだって、一年は二、三年より前だろう? 自分より後ろにいる人間をどう自然に見続けるんだよ」
位置的に不可能だろう。
「大丈夫です」
「なぜ?」
「いつからか、意識すれば私は後ろも見れるんですよね。普段は通常視界ですが、本気出すと漫画みたいに周囲も探れるというか」
便利だな……。
いや、それともその特技は能力とは関係ない? だとしたら便利、というより純粋に凄い。
なんて思ってたら、谺は恥ずかしそうに頭をかいていた。
「どうなんでしょうかね。私の能力が関係してるのか、それとも私自身が自力で編み出したのか」
……ふむ。
「別に」
「ありがとうございます」
まだ何も言っていない。
「「別に自分で編み出したと考えていいんじゃないか? 最初から使えたわけじゃないなら、きっかけはもしかしたら能力かもしれないが、お前がなんらかの時を境に使えるようになったんだ。そもそも誰に言うでもなし、自分の中にとどめておくだけなら自分で編み出したのかことにして密かに優越感にでも浸ってればいい」ですか。そう考えてくれて私は嬉しいですよ」
自分の考えをそっくりそのまま人に言われるのって結構恥ずかしんだぞ。
なんて、言っても__もしくは思っても__お前は聞き入れないだろうが。
その問いに関する答えは、満面の笑みである。
「さて、続きですよ」
まだあったのか。
入学式で俺という人間の心を読んだ時、谺はとても驚いたらしい。
俺の心は今までに見たことのないタイプだったからだとか。
普通、どんな人間も人との関わりを持ち、誰かと繋がって生きていくのだ。少なくとも、高校まで通える普通の子どもなら、今までに一度も誰とも関係を作らないなんてことはありえない。
だけど俺は、無関心一色だったらしい。
自分ではそう意識していない。こいつのことも興味もてたし。
だが、谺に「じゃあお友達の名前と特徴を教えてください」なんて言われるとお手上げで、ここのところは認めざるおえない。なんせ俺は親の名前も忘れた。普段、母さん父さんで済むからな……。
そんな心の持ち主である俺を見つけた谺は、舞い上がったらしい。
なぜか。聞いたら、「もしかしたらこの人に認められれば、自分というものがわかるかもしれない」とのことだ。
中学から上がりたての谺は心を読む能力のせいかおかげか、いろいろと苦労し、自分というものを見失いかけてたとか。
なにに対しても興味を持たないクリーン(?)な心の俺なら正確な判断が出来ると思ったらしい。
だけど、そんな考えもすぐに変わる。
俺にいざ接触しようとすると、俺が意外なことに俺が周りと仲良くやってたからだ。
だけど、心は空っぽで、俺はその時点で同情され__同時に強い興味を持たれた。
そして、昨日ついに俺に接触した。
友達になるために。
「余計なお世話だ」
というか本当に全部話したな。
自分の心情とかよくそんなペラペラと。え? というかなに。俺ってそんなかわいそうな人間に見えたの。
「ええ。見えますね」
いい笑顔で言うね、お前。
「まあ以上が私が先輩に興味を持った理由ですよ」
「想像以上につまらなかった」
「ひ、ひどい……」
だがまあ。
「お前には興味を持てた」
「どうせ私はつまらないですよー……て、え?」
「だってさ」
「「だってさ。俺みたいな奴に興味を持つような奴、興味を持たないわけがない」ですがあなたのクラスメイトもあなたとは良好な関係ですよね。え。あっちは俺の中身を知らないがお前は知っている? まあたしかに。その上で自分に興味を持つなんて変な奴ってあなたに言われたく……じゃなくて、思われたくないです!」
相変わらずこちらの心を全部読みながら自分のセリフを言葉に出しても呼吸一つ乱さないこいつ凄いな。
今回は結構まくし立てたっていうのに。
「慣れですよ慣れ」
さいですか。
「でもまあ。そんな感じ。この興味をどう満たすか、方法はわからないけどな」
興味を満たすって具体的にどうすればいいんだろう。
俺は谺心読という人物に興味があっても、その経歴とか過去とかには特に興味はない。
「谺心読はどういう人物なのか」この一点に尽きる。
なら、どう満たせばいいだろうか。
「簡単ですよ」
それは、確信めいた言葉だった。
「私と友達になってください。私はあなたに興味がある。あなたは私に興味がある。そしてその人物について知るには、その人と同じ時を過ごすに限る。だから、私と友達になってください」
友達。
昔はいたような気がする。
いや、いなかったろうか。
気付いたら他人に興味はなく、流されるように生きてきた。
高校に入学するために面接練習をしていたころ、「友達はいますか」という質問に少し迷った末「いません」と答えた。
先生は凄く困った顔で、人付き合いは大事だということを小一時間説教くさく説明した。それからというもの、今みたいな「友達のような友達」という微妙な関係性を構築するようになった。
いつからだろう。変に悟った風な体で生きるようになったには。
そんな俺に、友達……。
「先生。友達ってなんですか」
「はい久遠くん。辞書でも読んでください」
俺は周りに先生や生徒がいないことを確認し、携帯を取りだす。
「友達」と打って選択、辞書。
「一緒に勉強したり仕事をしたり遊んだり、親しくまじわ人。友人。友。朋友」
「誰が本当に調べろと言いました!」
「♪〜♪〜」
なにがそんなに楽しいんだが。
俺はこいつの後ろを歩きながらそう思った。
「先輩と帰れるからですよ」
予備動作無しでいきなり答えるもんだから怖い。そういえば後ろにいても読まれるんだった。
俺と帰れるから、か。
自慢じゃないが、俺は大した人間じゃない。断言できる。
そんな俺と帰れて、なにが面白いのか。
__違うか。
こいつは、こうやって気兼ねなく帰れるという状況が嬉しいんだろう。
心を読む能力のせいで、他の人たちの裏が見えてしまう。誰もが心の奥でその存在を認め、容認してしまう裏を。
人間というのは思考する生き物だ。思考を止めてはいけない。考えることをやめてはいけない。人間の強みは高度な頭脳だ。
しかし、それを読まれることは手の内を晒すことになる。手の内を晒すことは弱みを握られるのと同義だ。
だから人間は本当に悟られたくないことは全力で隠す。言葉を弄し、証拠を消し、自分の弱みに至る道を全て塞ぐ。
誰もがそれをわかっている。自分に裏があるように、相手にも裏があるということを。
だが、それを知ろうとすることは禁忌なのだ。
だから触れない。
ここで問題なのが谺の能力だ。
谺の能力はいともたやすくその禁忌を犯す。
谺だって隠し事の一つや二つあるだろう。それに、まだ少ししか関わってないが谺の性格はどう見ても優しい。
そんな人物が相手の心の裏を読むことになにも感じない? んなわけあるか。
相手に裏があることを容認する「思考」と、強制的に裏を読み取ってしまう「能力」
矛盾する機能は谺を苦しめただろう。気が休む日なんて無かったはずだ。
だから、こんな風に矛盾する自分と気軽に歩けるような俺といるのは楽しいのかもしれない。
「あのー先輩。少し考え過ぎじゃありません? だいたいその通りなんですけど、少し恥ずかしいです」
やっとかこっちを向いたかと思えば、頬を赤く染め複雑そうな表情__しかし口元はニヤついている__の谺はそんなことを言ってくる。
「いや、こういう事を考えればお前は赤くなるだろうと」
「ハメられた!?」
心を読むというのなら、読まれた上でそっちが赤面しそうなことを想像してやる。
「な、なんてことを考えるんですか! というかなんでこっちの能力を逆手に取れるんですか!」
「心を読まれるせいで思考を先読みされ、そっちが俺をからかうならば、いっそ逆転の発想だ。そっちが能力使うなら、こっちもそっちの能力を使ってしまえ、と」
「本当になんなんですかあなたは!」
「なんだかんだと言われたら」
「世の情けとかいらないので答えなくていいです!」
「さっきから「!」が付き過ぎだぞ谺。いっかい落ち着け」
「誰のせいですか……。もう……」
怒ったような表情を見せても全く怖くない。むしろ可愛いぐらいだ。
バカな奴だ。そうすればそうするほど俺の今夜のオカズが痛ッ! ちょ、痛い、痛いから!
「先輩の変態!」
「男は皆変態だ!」
「ど変態!!!」
この子はなんということを住宅街で叫んでくれたのでしょう。
俺はどうやら明日から周囲の目線を気にしなければならないようだ。
この後も心を読まれたり読ませたり、一緒に同じ道を歩いた。
「谺は家、こっち側なのか」
「はい。そうですよ。あと隣同士でも向かい合わせでもないので期待しないでください」
ラブコメの神。俺はお前を許さない。
「いもしない神様になにを望んでるんですか」
「なに言ってんだ。神様はいるよ」
「へえ。意外ですね。そういうのは信じる人なんですか」
「青い髪した読心少女がなにを言う」
やれやれといった感じに、俺は説明してやることにした。
「あのな」
「理解しました」
こういう時、凄く寂しいと思う。
「先輩ってこういうとこちょっとおかしいですよね」
「だから」
「青い髪した読心少女に言われたくねえ、ですよね」
悪戯っ子のようなしてやったりというドヤ顔。これがまたいい笑顔なんだ。
しかし困った。どうやら俺は大変な奴と友達になったらしい。
差し詰め、悪魔の契約とでも言うのか。
まあ、目の前の悪魔は悪魔でも小悪魔だが。
そんな思考さえも読み取ったか、谺はべっ、と舌を出す。
やれやれ。
なにがそんなに嬉しいのか、谺は駆け出しては先の方で手を振っている。
__神様はいるよ。こんな出会いをくれらんだから。
さて。どのくらいの距離まで心を読めるのかは知らないが、まあ読まれても問題はない。
もし読まれたのならこれをネタに話せばいいのだから。
「……ん?」
少し距離が離れてるうちに、谺は見知らぬ男子生徒と話をしていた。
「谺ー」
とりあえず距離を空けて呼んでみた。
振り返った時の谺の顔は__泣きそうな顔だった。
……え?
嫌な予感がした俺は、少し急ぎ目に谺の元へ向かう。
男子生徒がなにかを言ってるのかはわかるが、距離が若干空いてるのと風のせいでうまく聞こえない……!
結局会話は聞こえず、男子生徒は去って行く。
「谺。どうした」
「……なにもありませんでしたよ」
笑顔。
「私の通ってた中学校の同期です。高校別々だったから少し思い出話をしてただけです」
楽しそうに谺は語る。
だけど……本当に? 本当に、そうなのか?
「そうです」
有無を言わせずに断言する。
「だから、心配しなくていいんですよ。先輩」
「……そうか」
「もうお母さんじゃないんですから! ほらほら行きましょー」
そう言いながら谺は俺の背中を押す。
谺が言うのなら、きっとそうなのだろう。俺は心を読めないから、谺の言うことを信じるしかない。
「先輩! じゃあ私こっちなので! さよならです!」
「あ、ああ……。じゃあな」
分かれ道で俺と谺の道は別れる。
すぐに谺の姿は見えなくなった。
……聞かなくて、良かったんだろうか。
「……くそ」
喉の奥に魚の小骨が引っかかったような、妙な感覚。
人には裏があり、俺たちは互いに裏があることを容認しながら生きている。
だから、谺がなにも言わないなら俺からもなにも聞かない方がいい。
だけど、この時だけは、心の底から、心を読む力が欲しいと思わずにはいられなかった。