心読①
新作スタート。一日一話全八話構成でいきます。よければ八日間ほどお付き合いください。
何気ない日常が退屈だった。
日々なにかを願っては、なにもせずに生きていた。
なにを成すでも、なにを達成するでもなく。
人の集団の中で、顔に作り物の笑みを貼っつけて、人の顔も名前も覚えることはなく、流されるように生きていた。
その習慣は変わることは無く、親にだけはばれていて、直せ直せと言われるが、結局直すこともなく。
日々を堕落で埋めていた。
アニメや漫画の中が俺の現実だった。
楽しく、辛く、喜び、苦しみ、最後にはハッピーエンドがある。
現実なんて糞食らえ、なんて思ってた時期もある。
__もしも、全てを一変させるような出会いがあるのなら。
神様、どうか俺にその出会いをください。
三葉高校二年三組。久遠千歳。
人間関係はそこそこ。趣味はアニメ鑑賞。得意技は流されるままに流されること。
席は二列目の真ん中という中途半端な位置。
春という心機一転の時期に、なにもせず時間が過ぎるのをただ待っていた。
「……ふぁ」
退屈であったことと、春の陽気にあてられて、思わず欠伸が出る。それを聞いて、クラスの至る所で忍び笑いが漏れていた。
「はい、じゃあここまでまとめておいてください。久遠くん、眠る前に板書してくださいね」
容赦ない名指しに、また密かに笑いが漏れる。
適当に相槌を打ち、少し伸びをしてから黒板に書かれた内容をノートに書き始める。
「よお。さっきは盛大に欠伸したな久遠。夜更かしでもしてたか?」
休み時間。
高校の休み時間は短く、さっさと移動せねばならぬというのに、目の前の男は馴れ馴れしく話しかけてくる。
というのも、まあ同じクラスで選択科目も同じだから、こいつとは学校にいる間ずっと同じ部屋で勉強しなくてはならないから、その分話す時間もある。それだけの付き合いだ。
昨日今日ですでに埃を被りつつある脳内名簿を探して、少し時間がかかってから目の前の男を引っ張り出す。
「夜更かしの常習犯に言われたくない。俺がこの時間帯に眠くなるのは何時ものことだろ」
名前いらなかったな。
僕は男と会話しながら次の授業の準備をして、教室を出る。
男は物を準備していなかったから少し遅れてきた。
わざわざ走ってきたらしい。俺は殆ど会話の内容は頭に入ってないし、対応も面倒だから別にそこまでしなくていいのだが……。
「おいおい。置いてくなんて酷いじゃないか」
「準備をしていないお前が悪い」
「せめて待ってくれても良かったじゃないか」
そんな義理は無い、と言おうと思ったが、会話をこれ以上続けてもあれだと思い「そうだな」と言って打ち切った。
しかし、男の方はこれで切らすつもりは無いらしい。
「そういやさ、新入生の女子見た? 今年はレベル高い子が多いって友達と話してたんだよ。お前はどう思う?」
「興味ない」
「だろうな」
だろうなって、お前。
最初からわかってる質問はしないで欲しい。
「もう教室つくぞ」
「へーへー。お前も少しくらい興味持てば、人生面白いだろうに」
興味、ね。
そんなのが持てるような生徒がいるんなら、きっと持つだろうさ。
「……きろ。起きろ。久遠」
「……ふぁい」
若干呆れの混じった笑い。
俺が寝るのはもうお決まりで、学年の間でも有名だ。なんて不名誉な。
えーと、今なんだっけ。HRだったか。
「はぁ。来年には就職か進学だと言うのに、大丈夫か?」
「えっと、大丈夫じゃないですかね?」
もう半分諦めてるのか、隠すこともなく盛大にため息をつく先生。
まあ今回で初めての反応、というわけではない。
クラスも慣れたもので、すぐに帰りの挨拶へと流れた。
「さようなら」
『さようなら』
「よし。清掃をしっかりやれよ」
清掃。しかし僕は当番ではない。
机を運びリュックを背負う。
さて、どうしようか。放課後となればすぐにでも帰りたいが、電車時間があるためそういうわけにもいかない。
こういう時ほど地元通学民を羨ましく思ったこことはない。
つまりはほぼ毎日思っている。
……図書室かな。
図書室はあまり人が来ないから、一人になりたい時にはオススメだ。なにより図書室独特の空気感が例え他に人がいても、不干渉の空気を作り出す。
静かにまったりと過ごせる数少ない聖域である。リア充は部活に寄り道に忙しいから近寄ることは無い。
開くのは掃除が終わってからだから、少し待ってから図書室へと移動した。
「あれ。まだ閉まってたか」
扉はまだ硬く閉じられていた。
少しすれば司書さんが来るだろうし、待つか。
リュックから持参のラノベを取り出し、隅っこで読む。
……すっかり集中し、どれくらい経ったかも意識しなくなったころだ。
「すいません」
「あ、はい」
突然の声に驚き、間の抜けた返事を返してしまった。
少し恥ずかしくなりながら顔を上げた。
__驚いた。
そこには美少女、という言葉が真っ先に出るであろう容姿の女がいた。
派手な感じではなく、落ち着いた、大人しめの感じの子だ。髪と目は鮮やかな青で水を彷彿とさせ……。
……青?
いや待て。あり得ないだろう。
そんな色の髪と目があってたまるか。カラコンか? 染めたのか? いや、そんな事ならとっくに先生に怒られ、学校中で問題児として有名になってるだろうし、この容貌も合わされば美少女に目がない我が名も知らぬ友人なら確実に情報を仕入れて教えてくれるはずだ。
僕にしか、見えてない?
いや。そんなわけないか。
「いえ。それで合ってますよ」
「そ、そうです……か?」
いやちょっと待て。
今流れで返事したけど、この子変じゃ無かったか?
この子は、なにに返事をした? 僕の心を?
「鋭いですね。その通りです」
僕の心を見透かしたように__実際見透かしている?__少女は、花が咲いたような笑顔を見せた。
女子耐性の低い俺はそれだけでドギマギしてしまう。
「可愛いところあるんですね」
「っ」
「動揺ですか。まあ心を読まれてるかも、なんて思ったら動揺もしますよね」
……本物か?
この女は、本当に、俺の心を読んで……。
そんな俺の心さえも読んだのか、女はにっこり笑う。
「唐突ですが自己紹介です“久遠さん”。私の名前は谺心読と言います。今日は顔見せだけですので、それでは」
そう言うと、女は風のように去ってしまった。
頭の中がぐちゃぐちゃとなって、今起きたことが現実か妄想か判別できていない。
「……なんだったんだ。今の」
図書室は、閉まったままだった。