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日食の町で  作者: 白神 こまち
第一章
8/17

金環日食の日

 慶介たちは松倉がポットにほうじ茶を補充するのに合わせて長イスから立ち上がり、部屋へともどった。


 その途中、廊下を歩いているときに。


 隼馬が神妙な顔つきで、小さな声で、


「あのひと、嘘いってるな」


 松倉の姿が見えなくなってから、慶介と美沙にいった。



「わかるのか? はなしのどこで?」

「最後のほうだ。慶介、質問したろ? 気は確かな人もいたんじゃないかって」



 隼馬のことばに、慶介はうなずいて、


「それじゃ、こっちの世界に帰還した人の中に正気の人がいたってことか?」

「さあな。そもそも異界とか神児だっけ? そんなのあり得ないでしょ」


 とたんに隼馬はあっけらかんとした口調になり、


「浦島太郎だって、亀を助けたばっかりに酷い目にあったんだぜ?

 一時の幸せに浮かれてる間に、実は裏でとんでもないことが起きてたんだ。

 湯田の伝説は亀を助けるどころか、普通にノーリアクションの村人が酷い目にあう。こんな理不尽なことねーわな。

 せめてかちかち山くらいの救いがないとな」


「あなた、意外に昔話好きね? それに人間観察が上手いわ」


 美沙が部屋の前で立ち止まり、戸のカギをあけながら、


「そうそう、2人とも忘れてないでしょうね? 今日の夕食の魚はイワナよ。

 賭けに勝ったのは私。明日は荷物をもってもらいますから。

 はい、それじゃおやすみなさい」


 ピシャリと戸が閉まり、かちゃっ、とカギがかかった。



「どうやら賭けの約束は守らないといけないらしい。

 ……イワナだったとは予想外だ」


 慶介は閉じられた戸から隼馬に視線を向けて、悔しそうにいった。









 翌朝。


 桧屋旅館の主人・松倉は還日祭のため早朝からその準備に出ていた。



 慶介は、昨夜の松倉のはなしをきいたこともあって、


「旅館を囲んだっていう注連縄でも見るか?」


 隼馬を誘い、玄関の外へと出た。



 すると、旅館敷地の境界に沿って木の杭が何本も打ってあった。地面から1メートル程の長さの杭が旅館を囲ってある。


 注連縄は、この杭の上部に括り付けられており、隣の杭へ、さらに隣の杭へと伸びている。

 まるで小さな電柱と電線のようだ。


 注連縄には奉書紙を稲妻型に折った紙垂が挟み込まれていて、ひらひらとそよ風に靡いていた。

 さすがに旅館の玄関のところは2メートル程の長さの杭が打ってあり、縄が出入りの邪魔にならないようにしてあった。



「スゲーな、これ」と隼馬。「いったい何本の杭を打ったんだ?」


「この旅館を1周するとなると50本は必要だろうな。

 ここまでやるあたりが田舎の風習ってやつか。悪くいえば密教って感じだ」


「だな。豆まきで鬼を追い払う程度ならいいけどさ。

 この杭を打つだけでも結構な力仕事だぜ」


「だからじゃないか? 松倉さん、体つき良かったからな」



 今日の還日祭を執り行うのに、松倉の存在はおそらく、還日祭のおなじ役員たちに重宝がられているのだろう。



 注連縄を見るのにも飽きた慶介は、隼馬へ、


「金環日食の観察に必要な道具を整理して、昨日山登りした神社に行こう」


 そういって、部屋へともどる。



 コンパクトデジタルカメラや一眼レフ、天体に関する参考資料のほかに筆記用具とノートをバックパックに詰め込み、手には三脚を持って、美沙の部屋を訪ねた。


「さ、私の荷物を持ってもらうわよ。慶介は三脚とかもってるし、隼馬が持ってよ」


 美沙は隼馬に水玉模様のリュックサックを手渡した。


「まあ、いいさ。俺、手ぶらだし。財布とスマホだけ持って行けばいいだろ」


 隼馬はジーンズのポケットに財布とスマートフォンのみ。


「あら、ギターは持って行かなくていいの? 貴重品でしょ?」


「なんだ? まだ引きずるのか? もう、いわない約束だったろ。

 部屋にカギをしてきたし、盗まれないって」


 美沙にからかわれた隼馬は下唇を突き出して不愉快そうに顔を顰めた。


 けれど、すぐに表情を明るくさせて、美沙のリュックサックを背負いながら、


「美沙の部屋は朝方どうだった? 寒くなかったか?

 俺と慶介が寝てる部屋さ、窓あけて寝たら朝方めっちゃ寒くて凍死するかとおもったぞ!

 朝風呂に入っていなかったら死んでた」


「ああ、そうだった。寒くて目が覚めたからな」


 慶介もバックパックを背負い、肩ベルトの帯を引き締めて調節して、


「さすが山間部だ。

 日中の暑さは変わらないけど、夜から朝にかけては異常に冷える。

 湯田町の人は熱帯夜と無縁だな。うらやましい」


「そうだったの? エアコンの送風をつけて寝たから気づかなかったわ」


 美沙は部屋のカギを閉め、帳場へと歩き出した。





 時刻は10時を少しまわったところ。

 帳場に天文部の顧問がいて、仲居にカギを預けている。

 玄関のほうでは慶介たちとは別の、班を分けた天文部員たちが集合していた。


 輝明もいる。

 

 慶介は顧問に、


「桧倉山の山頂が観察場所として良かったので、そっちで観察したいとおもいます。

 帰ってきてから、金環日食の見え方など輝明の班と観察結果を交換したいとおもいます」


 といい、その許可を得た。



 顧問と輝明たち天文部員たちは、野外フェスの会場でもある錦秋湖川尻運動公園の野球場へ向かうことに。

 こちらも慶介同様に三脚や一眼レフを手にしていて、嬉しそうで楽しげな表情からは金環日食を心待ちにしている様子が見て取れる。



 いっぽうで、輝明は美沙を機嫌の悪そうな態度でじっと見ている。

 やや睨んでいるような目つきだ。


 対して美沙は、輝明から目を逸らし、不愉快そうにため息をついた。

 あからさまに、嫌悪感を表に出している。


 旅館の前で顧問が「気をつけて。なにかあったら電話するように」と慶介にいい、輝明たちの班を引率して野球場へと歩き出した。


「俺たちも行こうか」


 慶介は美沙と隼馬に声をかけ、輝明たちに背を向けるかたちで桧倉山の山頂を目指す……。

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