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日食の町で  作者: 白神 こまち
第一章
2/17

金環日食

「だからね、日食にも種類があるの。もう一度説明してあげるから、ちゃんときいて」


 湯田町に向かう電車内、4人が腰を下ろしているボックスシートで。

 菱池美沙ひしいけ みさは、正面に座っている福原隼馬ふくはら はゆまの頭の悪さに苛立ちと呆れの混じった表情を浮かべ、


「皆既日食は太陽が月によって完全に覆い隠されること。

 金環日食は、月よりも太陽の見かけの大きさが勝ってしまって、太陽を完全に覆い隠せない現象のこと。

 これが金環の由縁よ」


 わかった? という美沙の瞳は少しばかり睨みを利かせたもので、威圧的で挑戦的だ。

 それでいて美沙は、黒縁のメガネをかけた大人びた高雅な顔立ちで、冷え冷えとしたような印象の美貌を醸し出している。

 白い肌は夏の暑さで頬のあたりがやや紅潮し、車内の冷房も効きが悪いため、背中まで伸びた艶やかな黒髪を頭のうしろで束ね、ヘアクリップを使ってアップヘアに決めている。

 露出させたうなじのあたりが涼しそうである。


 ライムイエローの半袖パーカーチュニックを着、カーキ色の7分丈レギンスに明るいベージュのパンプス。

 とてもラフな格好で、涼しげだ。


 対して、正面に座っている隼馬は茶髪に黒いキャップをかぶり、ヘッドホンを首に下げて、


「太陽を覆い隠すのはどっちも月なんだろ? なのに、なんで太陽を隠せないんだ?」


 美沙に説明されてもチンプンカンプンだ。

 そんな2人を、江口慶介えぐち けいすけは美沙の隣に座って見るともなく見ていた。


 そして、美沙の横顔を視界にいれたまま、車窓の外へ視点を合わせ、山の緑が流れて行くのを眺めた。

 

 と、慶介の正面、隼馬の隣に座っている竹田輝明たけだ てるあきが、慶介へ、


「江口、ちょっと」


 首を横に動かし、ボックスシートから立とうと顎でしゃくって示した。


 席を立ち、連れたって列車の先頭に行けば、


「お前も遊ばれるなよ、病気移されるぜ」


 輝明が慶介の横で、視線を美沙に向けたままいった。


「それってどういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。美沙のやつ、いろんな男と遊んでるらしいぜ」


 輝明は声のトーンを抑えながらも、ねちっこくいう。


「今回の旅行で性病を移されて帰ってきました、なんて笑えない旅行記になる。

 お前は美沙と仲が良いし。

 だから忠告というか警告というか……まあ、老婆心ってやつだな。

 クラスメイトからの意見さ。美沙の乳首、真っ黒だぜ、きっと」


「そうなのか? そんな感じは受けないけど……?」


 慶介は訝しげな表情をつくり、輝明の視線の先へ目をやった。


 美沙が隼馬に皆既日食と金環日食のちがいを説いている。

 一瞬、こちらに一瞥を呉れる。が、すぐに車窓の流れる景色へ目を逸らした。


 美沙のその仕草が、慶介には忌まわしげな感情を含んでいたように感じた。


 とそこで、車内にアナウンスが流れ、下車する駅に列車が到着することを知らせた。


 ボックスシートでは、隼馬が美沙に質問を繰り返している。


「部分日食ってのはどーゆーことなんだ?

 皆既や金環だって、部分日食になるんじゃねーの」


「理屈ではそうだけど、皆既や金環を部分日食とはいわないわ。

 部分日食といえば、普通は皆既にも金環にもならない日食のことをいうの。

 月が太陽の一部分を掠めるように隠すことよ。

 とにかくね、明日になれば理解できるとおもうわ。あなたでも」


「俺でもわかるって? んじゃ、明日は天文部についてくぜ。

 金環日食って珍しいんだろ? 滅多に見れるもんじゃねーし、俺には世紀の一瞬だ」


「……ええ、そうね。世紀の一瞬ね……」


 美沙は指先でこめかみを押さえ、かるく頭を振った。




 慶介、美沙、隼馬、輝明は高校2年生だ。隼馬以外は天文部に所属している。

 明日見ることのできる金環日食の観察をしに、東北は岩手県、湯田町に半日掛かりでやって来た。


 美沙と隼馬が座っている、向かいのボックスシートでは、引率の顧問に促されて天文部のほかの部員たちが網棚から荷物を下ろしはじめた。


 慶介がボックスシートにもどり、


「ここで下りるぞ、隼馬。忘れ物するなよ」

「わかったって。もういうなよ、俺が悪かった」


 隼馬はすくりと立ち上がり、網棚へ手を伸ばして、


「学校でもいうなよ?

 新幹線に着替えの入ったボストンバックを忘れたなんて恥ずかしい。

 これでおしまいにしてくれ」


 忘れ物タグが持ち手のところにくくり着けられたボストンバックを手に悪びれる顔も見せずにいうと、正面に座っていた美沙が、


「そのくせ、ギターだけは忘れなかったもの。

 肌身離さず結構な愛情を注いでいるのね」


 素敵だわ、と、たっぷりと皮肉をいってやり、網棚から旅行バッグを降ろした。


 隼馬は美沙のことばを皮肉とは捉えず、表面的な意味を直に受け取って微笑んでいる。

 そして、足下に置いたボストンバックの上に愛用のエレキギターを収納したギグバックを乗せて下車の準備を整えた。




 天文部でもない隼馬がなぜ慶介たちと皆既日食の観察に同行しているのか。

 それは明日の金環日食が終わった2日後に湯田町で行われる野外フェスにエントリーしていて、ステージで演奏予定なのだ。

 むろん、1人での参加ではない。

 バンドを組んでいて、メンバーには輝明もいる。

 残りのメンバーは野外フェス前日に湯田町に来ることになっている。


 輝明がバンドの傍ら、高校2年に進級して間もなく天文部に入部し、今回の観察旅行を隼馬に伝えると、


「うわっ! お前だけ、ずりぃな!

 しかも公欠だし、うらやましすぎでしょ、俺も旅行してえ!」


 それから、旅行先である湯田町を調べると野外フェス開催の情報を目にして、


「これに俺たちのバントも参加決定でしょ! え、学校? 休んで行こうぜ!」



 そんなわけで、いまに至るのである。


 車窓の景色が次第に速度を落としている。


 慶介も網棚から荷を降ろし、一旦、ボックスシートの座席にボストンバックを置いたとき、それに気がついた。

 ファスナーの務歯に噛み挟まった厚紙に。


(……なんだこれ)


 不思議だった。

 ファスナーは完全に閉められていて、閉めたのは慶介本人だ。

 網棚に上げる際には、こんなものは挟まってはいなかった。


 厚紙に触れると、それは和紙だった。

 真っ白で厚みがあり、縦横10センチ程。

 ざらざらとした手触りで、髪の毛のような細い繊維が浮いて見える。


 和紙はまるでファスナーで縫い付けられたように挟まっている。


(噛み合っている務歯に厚紙が挟まるわけがない)


 慶介は訝った。

 たとえファスナーのつまみをスライドさせて故意に挟もうとしてもそれは不可能だ。

 一瞬、隼馬のイタズラかと疑ったが、列車に乗ってから隼馬の行動を目の前で見ていたし、網棚の荷物にはだれも手を触れていなかった。

 不可解なことだった。

 しかし、より不可解なことは、


「シシギ姫様を追え……?」


 裏返した面にマジックで、掠れてはいるがそう書いてある。


 しかも、その字の筆跡は、


(俺の字か?)


『え』の文字の、書き終わりのはらいの箇所が抑揚なく流れていることに既視感をおぼえる。


 駅のホームに列車が進入し、ブレーキが掛かる。

 ガクン、と揺れるのと同時に、慶介はその和紙を毟り取った。


(だれかのイタズラだ)


 そのままポイ捨てするわけにもいかず、慶介はまるめた和紙をズボンのポケットに入れた。


「どうしたの?」


 美沙が切符を取り出しながら尋ねる。


 慶介はなんでもないと首を横に振り、シャツの胸ポケットから切符をつまみ出した。


「なあなあ、この電車って、電車?」


 隼馬が妙にテンション高く、好奇心溢れる顔をして慶介にいった。


「は?」と慶介。「電車って電車? なにをきいているんだ、お前は」


「いや、だからさ。電車は電気で動くだろ?

 けど、この電車の走っている線路に電線がないぞ!

 んじゃ、どうやって動いてるんだ!? 普通に気になるだろ」


「気になるなら調べたらいい。いつものようにさ」


 こちらは輝明だ。

 ベースを収納したギグバックを股で挟む格好で、片手はキャリーケースを押さえている。


「スマホあるだろ? 調べて見ろよ、検索マスター」


 いわれて、隼馬がスマートフォンをポケットから取り出した。

 同時に列車は駅に到着し、天文部顧問の「よし、下りるぞ」の声で皆が荷物を持って席を立ち、ドアへを移動する。


 野外フェス関係者も乗車していて、『ユダ☆ロック』とプリントしてあるTシャツを着ている。

 おそらくは野外会場の建設を手伝うボランティアスタッフだろう。


 美沙がホームに下り立って、

「へぇ、駅舎内に温泉施設があるんだ。珍しいわね。

 温泉に入っているときに電車が来たらどうするのかしら?」


 だれにいうでもなく素朴な疑問を口にした。


 そのうしろで隼馬、ギグバックを背負ってボストンバックを抱きかかえ、スマートフォンを扱いながら、


「キハ100系気動車ってあるぜ!

 なんだよ気動車って!? 新種の電車かよ!?

 田舎のくせにスゲーの走ってるぞ!」


 ひとりで勝手に興奮して観察旅行を楽しんでいる。


 隣で慶介は、周囲の目を気にして隼馬を制す。


「隼馬、あんまり大声だすな。

 一緒に行動している俺たちが恥ずかしい」


 慶介は金環日食を記録すべく、星座や天体などの天文に関する参考資料、コンパクトデジタルカメラや一眼レフ、ノートなどを、中学時代にボーイスカウトで使用していたバックパックの中へ詰め込んでいる。

 そのバックパックを背負い、ボストンバックを手に提げて、もう片方の手には三脚と、小指と薬指の間には切符を挟み、改札口へと向かって歩く。


「旅館の人が迎えに来てくれているはずだ」という顧問に続いて天文部の部員、これに同行する隼馬が改札を通過した……。

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