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日食の町で  作者: 白神 こまち
第二章
13/17

金環日食の木漏れ日

「これ、修理に幾らかかるんだろう……」


 倒れた三脚を起こした慶介、見るも無残な一眼レフに力を落とした。

 レンズを交換する接合部分が歪み、液晶モニターにも罅が入り、高価なレンズも割れてしまっている。


 電源が入るかどうかは、



(怖くて確認できない)



 慶介は異界に取り込まれたよりもショックを受け、泣きたい気分だった。


 そんな慶介を見かねた隼馬が、三脚の足下にひろげていたノートなどを片づけてやろうとして、しゃがみ込んだ瞬間、


「おい、慶介!!」


 突然、大声をあげた。


「お前、いつのまに異界の文字が書けるようになった?」


「ああ? なに、いっているんだ。そんなの書け」


 るわけないだろ、と、いいかけて慶介、日食の経過などのデータを書き記したノートに目をやれば、


「――はっ!? なんだこれ! 俺はこんな文字を書いたおぼえはないぞ!!」


 ついさっきまで日本語や数字の混じった文字を書き連ねていたのに、いまはスマートフォンのバグで表示されたのとおなじ意味不明の文字がノートを埋め尽くしていた。


「どういうことだ、いったい! いつのまに……こんな……」


 ノートを捲り返す手の先に嫌でも力が入る。

 自分が書き記した全ての文字が意味不明の文字に置き換わっていたのである。


「異界に取り込まれた影響です」


 千里がいった。


「シシギ姫様の役を務めるにあたってお払いをした際、その文字を見たおぼえがあります。それは異界に取り込まれた村人が持ち帰ってきた古文書だということでした。

 どうやら異界には異界の文字が存在するようです。私のケータイも、そのような文字になっていました」


「えっ、千里のもか!? 俺たちのもバグっちゃってさ!」


 隼馬はポケットからスマートフォンを取り出して、

「見てくれよ、こんな文字見たことねーし、どうすりゃいいんだ?

 一応、操作はできるけどさ。前にスマートフォンの言語をアラビア表示にしてもどせなくなった気持ちがぶり返してるんだけど」


「気持ちがぶり返す?」


 千里は「面白い表現ですね」と含み笑いを浮かべたのち、皆にいった。


「さあ、まずは山を下りましょう。ここにいても仕方ありません」


 千里のあとに続いて桧倉山を下山する。


 夏草の茂みを踏み分けてできた細い筋道を歩いている途中で、慶介はバックパックを背負い直しつつ、


「山頂から麓を眺めたとき、桧屋旅館のあった場所に巨大な岩が生えるようにして伸びていた。もしかして結界の影響なのか?」


 と、先頭を歩いている千里に尋ねた。


 千里は足袋に草履という足下だが、スニーカーを履いてうしろに続く美沙よりもきびきびと足を動かして草を掻き分け、


「そうだとおもいます。私のいた保育所も、その敷地に岩が聳えていました。その岩を注連縄が囲っていました。

 おそらくは注連縄を張ってつくった結界の内側に、あのような岩ができるのでしょう。

 ですから、異界の者たちは結界内の人間に手を付けられないんだと……」


「昨日やっていた、清めの儀式は? 聖水で湿らした縄で道路をなぞっていただろ?

 あれは、なにか効果があるのか?」


「あの儀式は広範囲に結界を張るものです。桧屋旅館や保育所の敷地を注連縄で囲む結界と比較すると効果は弱いものですが……。

 けれど効果なかったら結界の外にいた人間は全員、異界に取り込まれてもおかしくないはずです」


「ということは取り込まれていない人もいる?」


「たぶんそうです。取り込まれる条件は私にもわかりません。

 取り込まれた人間に共通するものがあるのかも知れませんし、アトランダムなのかも知れません……。

 ただ、慶介さんたちは清めの儀式でつくった結界からも外にいましたから。それで秀隆さんから電話をもらい、心配になって来たんです」


 しゃべりながら下山していると、一番後方を歩いていた隼馬が、


「しっ! ストップ!」


 そういって、皆の足を止めさせた。


 千里、美沙、慶介が隼馬へ振り返る。


「どうした隼馬?」

「なにかきこえないか? 上の方からきこえるぞ」


 いいさして、山頂の方から慶介たちへ向かって草を掻き分けて駆けてくるような足音。


「だれか下りてくるぞ……? 俺たち以外に山頂にいた奴がいたか?」


 隼馬が額に汗を浮かべ、慶介から千里へ目線を向けた。


 千里は瞬時に悟り、


「皆さん隠れて! 獣鬼子です!! 復活したんだわ」


 慌てて、慶介たちを筋道から草むらへと誘導する。

「腰を低くして隠れてください。見つからないように」と千里がいって、すぐに、


「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」


 口で息をして、犬のように麓の方へ駆けて行く獣鬼子。


 その姿を目に入れた美沙が、慶介に目を向けて、


「さっき切り落とした腕が繋がってる……!!」


 小さな声で、されど驚愕しきった声でいった。


 獣鬼子は、慶介たちが草むらの中で身を隠しているその前を3メートル程通り過ぎた所で踵に力を込めると駆けてきた勢いを殺して急に立ち止まった。



(しまった! 見つかったか!?)



 慶介の顔が緊張で強張って全身が金縛りにのように固くなった。


 獣鬼子はカブトムシのような角のある頭を擡げると鼻穴をひくつかせ、周囲を臭いを嗅ぐと空へ向かって遠吠えをし、そしてふたたび犬のように筋道を駆けて行った。


 千里が安堵のため息を漏らした。


 すると、慶介の横で隼馬が、


「慶介、これスゲーぞ……。木漏れ日が金の輪っかになってる」


 金環日食状態の太陽の光が、木漏れ日から降り注ぎ、隼馬の手のひらに射し込んでいる。

 気がつけば辺り一面が金環の木漏れ日で溢れており、幻想的な光景がひろがっていた。

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