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日食の町で  作者: 白神 こまち
第二章
12/17

和賀様

「皆さんは湯田の伝説について、どこまでご存知なのですか?」


 千里が慶介たち3人の顔を見て尋ねると、隼馬が、


「皆さんってさ、俺は隼馬って名前だ。福原隼馬。数年後は有名ギタリストになってる予定だ」


「私は菱池美沙。あなたのことは千里さんでいい?」


 隼馬と美沙が自己紹介をした。

 続いて慶介も自己紹介をして、千里の質問に答えた。


 桧屋旅館の松倉から説明を受けた湯田の伝説、湯本鬼剣舞、異界と村人、シシギ姫様の活躍などを千里に伝えた。



 最後に慶介は、「いままで黙っていたんだけど」と前置きをして、


「昨日、こんなのを見つけたんだ。

 列車から下りるとき、俺の荷物のファスナーに挟まっていたんだ。見てくれ」


 財布から例の和紙を取り出して、千里の前に出した。

 隼馬と美沙も興味を示し、千里と一緒に額を寄せて和紙を覗き込む。


「『シシギ姫様を追え』。……これは?」


「だれかがイタズラしたとおもったんだ。隼馬とかな」


「俺はこんなことやってねーぞ」


 勝手に人を疑わないでくれと隼馬が、


「七度疑って人を尋ねろって子供の頃父親にいわれただろ?」

「逆よ、七度尋ねて人を疑えっていうのよ。あなたは少し黙ってて」


 美沙がつよい口調で言い放つ。


 慶介は苦笑いを浮かべて、はなしを続ける。


「それで、こっちが金環日食のはじまる前に発見した紙だ。リモコンの電池蓋に挟まっていた」


「『異念刀 獣鬼子 斬れ』。……これはまるで」


「ああ、まるで予言だ」


 慶介は大まじめな顔でいう。


「しかも、この字は俺の筆跡によく似ている。一枚目の、ここ。『え』の書き方なんかはそっくりだ」


「じゃあ、慶介が書いたのか?」と隼馬。


「当然ながら、ちがう」


 慶介は首を横に振り、千里に向き直って、


「俺たちが松倉さんにきかせてもらった湯田の伝説は小さくまとまった昔話だ。

 語られてはいない部分がある。ひょっとして、伝説にはこの和紙のような予言があったりするのか?」


 尋ねてみれば、千里は難しい表情を浮かべて、


「すみません、私も湯田の伝説について詳しいことはおぼえていないんです。

 幼い頃に祖母がよく語ってきかせてくれました。けれど、皆さんが……いえ、慶介さんたちが秀隆さんに語ってきかせてもらったのとほとんどおなじ内容です。

 ですので、その和紙が湯田の伝説に関係したものかは、私にはわかりません……」


「だけど、これはなにか意味があるとおもう。導かれているような気がする」


「私もそうおもいます。これが良いことなのか、それとも悪いことなのかはわかりません。ただ、シシギ姫様を追え。これは私のあとを追うことを伝えています。

 それに、異念刀・獣鬼子・斬れ。さきほどのことだと解釈できます。このメッセージは慶介さんの興味を引くように適切な場面で現れていますから」


 すると隼馬が、


「それじゃあ俺たちは千里に着いて行けば助かるのか!? ここは異界なんだろ?

 だからスマホの電波も届かないし、文字もバグってる。そうだろ!?」


「待ちなさいってば! そう急いだってダメよ」


 美沙が己自身を落ち着かせるようにいって、


「千里さんが知っている情報をきかせてもらいましょうよ。

 情報を共有して、どうするべきかを考える方がいいわ」


「私も美沙さんと同意見です。この獣鬼子の行動をみましたでしょう? 伝説通りのことが起こっています。

 もののけの姿をした邪神に襲われるも死人は蘇り、もののけになる。

 この世界で死ぬと半神児になります。祖母がきかせてくれたのは、獣鬼子というのは異界の波長に適さないものがなるのだと」


「波長に適さない?」と慶介。


「そのようです。半神児や神児の器ではない人間は、異界に取り込まれてすぐに獣鬼子になるのだと。

 この獣鬼子に殺されたら、私たちは獣鬼子になるのか、それとも半神児になるのか……考えただけでぞっとします」


「だけど、その刀だと神児や半神児、獣鬼子を昇天できるんだろう?」


「松倉さんがそういってたな! なんちゃら様がなんちゃら刀に宿るって!」


「和賀様が異念刀に宿る、ですか?」


「そうそう! それそれ! 和賀様が宿ってるんだろ?」


 隼馬にいわれて、「そういえば」と千里はハッとした顔をして、


「祖母がよく口ずさんでいた歌がありました」


 そういって、その歌を童謡のように歌いだした。



 陰陽五行説や五大明王を元にしたもので、これをゆっくりとしたテンポで全てを歌い終えた瞬間。


 背を向けていた三之神社の社殿の中から目の眩むような黄金の光が漏れ出ると、人魂のような赤い色の火の玉が、ボオッと現れた。


 そして、火の玉が千里が腰に差している異念刀目掛けて飛んできて、


「きゃっ!」


 千里の小さな悲鳴に掻き消えるかのように、異念刀に吸い込まれた。


「あっちからも飛んでくるぞ!」


 隼馬が桧倉山の向かいにある山を指さした。



 黒い光を放った火の玉が、物凄い速さでこちらへ跳んで来、異念刀に吸い込まれ、続けて青と白の火の玉が吸い込まれる。



「これは……!!」


 千里が異念刀を抜刀すると、1メートル程の刃が、青・赤・白・黒の光が代わる代わるに輝いて、虹色のような光を放つ。


「いまの火の玉が、加賀様……なんだとおもいます」


 断言はできない。が、伝説通りならば異念刀に宿るのは和賀様であり、いまの現象は、


「和賀様が異念刀に宿った。それも祖母が口ずさんでいた歌を歌って」


 その歌が、和賀様を異念刀に宿らせるための呪文だったのだろう。


「もしかしてさ! 千里のばあちゃんってシシギ姫様の役を務めていたんじゃねーの!?

 絶対にそうだって!

 そうじゃなかったら、そんな歌をおぼえていないし、孫の千里にきかせたりしないだろ!? 俺だったらそうだ!」


「もう! 隼馬は黙っててよ!」


 美沙が苛立ちを抑えられず、隼馬をしかりつける。


「とにかく、これで奴らに対抗できるってワケだ」


 慶介は冷静さを取りもどし、千里にいう。


「問題はこの次だ。

 異界から現実世界へもどるためにはどうすればいいのか。それを俺たちは松倉さんからきいていない。千里はどうだ? 知っている?」


「すみません、シシギ姫様が命をかけて村人を救った、としか……。

 どのような手段を講じてもとの世界へ村人を帰還させたのかは私も知りません」


 千里は顔に残念さを滲ませて、


「近年は日食もなく、数年ぶりの還日祭だったんです。

 そのため伝説を知る町民の減少や異界に対する危機意識の希薄によるところもあって……シシギ姫様の役に抜擢されました私も、まさかこんなことが起きるなんて予想もしていなかったんです。

 なので、湯田の伝説などについては『町に伝わる伝統行事』程度の知識しかなくって、恥ずかしいことですけどその本質をほとんど知りません……」


「だけどさ! 刀は本物じゃん? それ真剣なんだろ?」と隼馬。


「はい、そうです。結界へ入る際に持たせられました。といっても警察に許可されて、警官立ち会いの場に限るという条件付きですけどね。

 警官は湯田町の駐在さんです。まさか本当に和賀様が宿るなんて……」


 異念刀の柄をかるく握り、親指の先で刀の鍔に触れてその感触を確かめる。

 柄の形はまるく、龍の彫り物がしてある。



「結界? 清めの儀式のこと?」と美沙。「千里さんは結界の中にいたのに異界に取り込まれたの? それって本当に結界かの? 欠陥の間違いじゃない?」


「いいえ、たしかに結界です。私もはなしにきいただけなんですが……」


 千里は美沙の皮肉に眉ひとつ動かさず、落ち着き払った姿勢で答える。


「シシギ姫様は特別な存在なんです。結界の中にいても、村人を救い出すために異界へと進入できる……らしいのです。

 けど、進入できると断言してもいいでしょうね。

 現にシシギ姫様の役を務める私自身が異界にいるのですから」


「この世界からどうやってもとの世界へもどるの?

 異界に来れたって、帰還する手段が不明のままじゃ意味ないわよ」


「そせって美沙。千里が悪いわけじゃない」


 慶介がいった。

 美沙の焦燥感を浮かべた顔を見やり、諭すように声をかけて落ち着かせる。


「むしろ俺たちは千里に感謝すべきだ。

 ここへ千里が来てくれなかったら、俺たちは獣鬼子に殺されていたかも知れないんだからな。そうなればコイツとおなじ姿になっていた可能性だってある。もしかしたら半神児か?

 どっちにしろ最悪だ。千里に感謝だ」


「いえ、そんな。私のほうこそ危ないところを助けていただきました。

 旅行中にこんなことに巻き込まれてしまって、だれだって怒りたい気持ちを抱くはずです。美沙さんの反応は普通なんだとおもいます。

 私は湯田の伝説を幼い頃からきかされていたからこそ、シシギ姫様らしく振る舞うことができているだけです。伝説を全く知らなかったら私も美沙さんとおなじことをいうはずです」


「それで充分だ。落ち着いて状況を分析してくれるだけで有り難い」


 慶介が感謝すると、千里は目を伏せて、押し潰されそうな気持ちを打ち明ける。


「……私だって、こころの中では戸惑っているんです。

 目の前で展開される光景が現実離れしていて、いまひとつ、状況を飲み込めていません。

 いまはただ、シシギ姫様の役を精一杯務めるだけです。それが私の役割ですから」


 打ち明けてもなお、慶介たちを現実世界へと帰還させるため、シシギ姫様でいようと決意を表明する。



 この姿勢に、美沙は自分のエゴを押し付けていたことを自覚して、


「なんだか……ごめんなさい。私だけが異界に取り込まれたわけじゃないのに……」


 申し訳なさそうにいった。


 とそこで、隼馬が妙に明るい声で、千里へいう。


「それで、どうすりゃいいんだ? シシギ姫様的には上手い解決方法とか策を持ち合わせていたりするんじゃないのか?

 『シシギ姫様を追え』っていうメッセージ通り、俺たちはシシギ姫様についてくぜ」


「そうだな、いまはそれが得策だ」


 慶介が隼馬に同調する。

 和紙に書かれたメッセージが、たとえ予言ではなかったとしても現状ではシシギ姫様の役を務める千里と行動を共にしていたほうが無難である。


 けれど、頼みの綱である千里は、


「私に行動の選択権を与えられても、どうすればいいのか、どこへ行けばいいのかわかりません……」


 異界から現実世界へと帰還するために必要な儀式を知らないので、実質手詰まりなのだった。


 千里は考え込んでしまった。


 黙り込んだ空気の中、口をひらいたのは慶介だ。


「とりあえず、なにが起こったのか把握するために麓へもどらないか?

 町の様子を確かめたほうがいいとおもう」


「それもそうですね。私はスキー場から10分程の場所にある保育所にいました。

 保育所の後方は道もなく行き止まりなので、温泉街の方へ向かうのが良いとおもいます」


 まずは山を下りましょう、と千里がいった。

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