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日食の町で  作者: 白神 こまち
第二章
10/17

怪異

「これで太陽を観察すればいいんだ」


 慶介は隼馬に日食グラスを渡した。


 慶介の持っている日食グラスは、厚紙に遮光プレートが埋め込まれたもの。

 太陽を直接肉眼で見るのは失明の可能性があり大変危険である。


 なので太陽の有害な光を安全なレベルにまでカットする必要がある。

 この日食グラスを使用すれば安心して太陽を観察できる。



「けど、連続使用は2分か3分だ。それ以上はやっぱり危険だから休み休み観察しろよ」


「了解、了解! ――うわっ、なにこれスゲー!! 太陽まるみえじゃん!!」


 隼馬は早速、日食グラスの遮光プレートを通して太陽を眺めはじめた。



 その隣で慶介は三脚の足を展開して、雲台に一眼レフを装着。

 この一眼レフのレンズに日食グラスとおなじ役割を果たす特殊なフィルターを取り付ける。


 露出時間を設定し終えると、楽にシャッターを切るために、


「リモコンを持ってきたんだけど……下のほうで埋もれてるか?」


 慶介はバックパックの中を引っ掻きまわし、一眼レフのリモコン式シャッターを探す。


「おっ。あった、あった」と手にした瞬間、



(……なんだ?)



 リモコン式シャッターを掴んだ手のひらに違和感をおぼえた。


 シャッターのボタンがある表側をひっくり返すと、電池蓋に挟まるようにしてそれはあった。


「――和紙。なんなんだ、これは」


 デジャヴだった。

 が、そこに書かれてあった文字は、慶介の注意を強烈に引きつけた。



『異念刀 獣鬼子 斬れ』



 イタズラ。

 けれど、手が込んでいる。


 慶介はまたしても隼馬を疑った。

 が、旅館を出発する際に一眼レフやこのリモコン式シャッターをバックパックに詰め込んだときには、



(こんなものはなかった)



 のである。



 昨日の『シシギ姫様を追え』という和紙を慶介は財布の中に入れていたので、これを取り出して2枚を並べてみた。


『異念刀 獣鬼子 斬れ』という字が、自分の字に見えて仕方がなかった。



「どうしたの、慶介? 具合悪そうよ?」


 美沙が心配するような顔をしていった。


「いいや、まさかな。なんでもない」


 心中の不快を紛らすように頭を振り、



(ただの伝説だろ。考えるだけ馬鹿馬鹿しい)



 まるでテレビの中の道化師が予定調和の愚かな失敗を繰り返し行っているのを興ざめした目で眺める視聴者のように、慶介は蔑むがごとくかるく鼻で笑った。


 くしゃくしゃにまるめた和紙をズボンの尻ポケットに入れ、リモコン式シャッターを使って一眼レフの試し撮りをする。




 そうしているうちに、


「太陽が欠けてきたわ!」


 美沙が夏の空に向かって歓声をあげた。


「ホントだ!! 空腹のカバオ君に顔の一部を千切ったアンパンマンみたいになってきた!!」


 隼馬のテンションが一気に上昇する。


 慶介は、リモコン式シャッターのボタンを押して日食をパシャパシャ撮影する。

 撮影した画像はもう片方の手に持つスマートフォンにWi-Fi通信で転送されてその場で確認できる。



(やった! 上手く撮影できている。父さんと母さんに頼んで購入代金の一部を前借りした甲斐があった)



 慶介は記念すべき天体ショーを記録できて、ほくほく顔である。


「隼馬、これ見てみろよ。おもしろい現象を見せてやる」


 慶介はノートの用紙を1枚破り取ると、それをまた破って2枚にして、片方の紙にシャープペンシルを突き刺して小さなまるい穴をあけ、太陽へと翳した。

 そして、その穴から溢れる光をもう1枚の紙で受ける。


 すると、


「穴を通った光は太陽の欠けた分だけ、こっちの紙に欠けて写るんだ」


 三日月のように欠けた太陽の放射する光が、穴をあけた紙を通り、この光を受ける紙に照射されれば、そこへ写る光は三日月のようになって照らし出されるのである。


「なんだこれ!?」と隼馬。「日食ときって、こんな現象が起こるのかよ!! マジでスゲー!!」


「ピンホール現象を利用した観察方法だ。

 暗い部屋に小さな穴をあけると外の景色が逆さまに映って見えるアレな。

 理科の授業でやったろ? 金環日食のピークになると、これが輪っかになるんだ。

 もう少しでそれが見れるぞ」




 しばらくして、その時が来た。


 隼馬が夏の空を見上げて、興奮の声で、


「太陽を欠けさせている、あの黒いのが月か!?

 スゲーな!!

 太陽よりちょっと小さい月が太陽を覆い隠して太陽の外輪しか残ってないぞ!

 太陽がスゲーぞ!

 太陽が!!

 これあれだな!

 太陽が金の輪っかになった日食だな!!」


「それを金環日食っていうのよ」


 美沙があきれ果てた口調でいった。

 空へ顔を上げ、日食グラスを通して太陽を眺めながら、


「金環の『環』の意味は、輪の形をしたもの、っていうことなの。

 金は太陽の光の色。

 月に隠されて金の輪の形をした日食だから金環日食っていうのよ」


「マジかよ!? うわあ、スゲーなあ。感動の嵐とインスピレーションの宝庫だぜ」


 金環日食に感激する隼馬の隣で慶介は黙々とシャッターを切った。


 隼馬とちがって慶介は興奮を面に出さないタイプである。

 その代わり、リモコン式シャッターを握る手に汗を掻きながら目を爛々と輝かせ、嬉しさに口角を上げた静かな表情で金環日食の撮影を続ける。



 5分程して、


「……おかしいわ、ずっと金環日食よ」


 美沙は日食グラスを掴んでいる手を下ろし、慶介に向けた。

 美沙のその顔には当惑と恐怖が入り交じっている。


「気づいたか」と慶介はいった。そして時間を確認するため袖を捲りながら、


(予定では、もうすでに金環日食は終わって三日月のようになっているはずなんだが)


 腕時計を見やれば、アナログ式の時計の針がピタリと停止していた。まるで故障したかのように。


「時計が止まってる。こんなときに壊れたのかよ、まったく」

「私のも止まってるわ」


 美沙が手首に着けた時計も停止していた。

 腕を振ってみるものの短針長針、秒針も動かない。


「隼馬、いまの時間を教えてくれ」


「んあ? 別にいいけど。それにしても、金環日食って長い間観測できるのな」


 いいながら、隼馬はポケットからスマートフォンを取り出すと、



「ああ!? なんじゃこりゃ!! 俺のスマホがぶっ壊れた!」



 突然大声を出し、慶介と美沙にその画面を突き出すように勢いよく見せつけた。



「いったい、これ、どうしたんだ? アイコンの絵はそのままだけど文字がバグってるぞ」


 日本語や英数字を含めた全ての表記が見たこともない文字に置き換わっていた。


「それに、電波が1つも立ってないわ。圏外よ。――私のも圏外」


 美沙が、自身のスマートフォンを取り出して確認すると圏外になっていて、


「ヤダ、私のスマホもバグっちゃってる!」


「くそ、俺のもだ。なんなんだ? 急にどうしたんだ?」


 慶介のスマートフォンも、やはり文字表記が意味不明の文字へ置き換わっている。


 隣で隼馬が、「昨日は圏外じゃなかったぞ」といい、スマートフォンを操作しながら、


「文字がバグってるけど操作はできる。文字だけがおかしくなった。

 つっても、ネットができなきゃ意味ねーってば!」


 スマートフォンを高く揚げて振ったりして、電波をキャッチしようと奮闘する。


 すると美沙が、大小様々な石をこんもりと積み重ねたところへ上がり、麓を見下ろし、


「慶介こっちに来て! 湯田町の温泉街が変よ!! なによアレ!?」


 驚愕の声をあげ、ふるえた手で麓を指さした。


 慶介と隼馬が「どうした!?」と駆け寄れば、


「…………」


 その光景に絶句した。



 温泉街が変わり果てていた。

 いや、山頂から眺められる湯田町の全てが、変わり果てていた。


 慶介たちが宿泊している桧屋旅館の場所には、高さ30メートルもあろうかという尖った岩が旅館の敷地を埋めるようにして聳えていたのである。


 この尖った巨石を桧屋旅館以外に4箇所、確認することができる。

 そして、ここへ来る途中に通り過ぎた、夏草の茂っていた空き地には藁葺き屋根の家が建っているのが見える。ほかの空き地だったところにも建物が建っていた。


 突如として湯田町の風景が変貌した……。

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