ハナの話
「あのね、笑顔がいいって」
町草が二人の顔を見て嬉しそうに笑う。
「初めて会ったときに、笑顔がいいって言ってもらえたよ」
浮かべる笑顔は確かに、かわいらしく。
彼氏の方へ駆けていく元・眉間二皺子を見送りながら彼が言った。
「かわいくなったね、町草さん」
それを聞いて彼女が言った。
「惚れないでよ」
「惚れませんよ。何言ってるの急に」
急も何もないだろうと彼女は思う。この一年、自分がどれだけ気をもんだと思っているのか。
おもしろそうだと思ったのは事実。
トヨといると毎日何かしらの変化がある。退屈なことが嫌いなハナが、彼と付き合うようにしたのも同じ理由だ。
目の前の男に、付き合ってよ。と言われた時、単純にハナは退屈していた。
相手のことは好きでも嫌いでもなく。まあ、嫌いじゃないからいっか程度の気持ちで。
「予想外の行動を起こすものですよ、人間というものは」
だけどあの一件で、この男の隣に別の女子がいるのは予想以上に嫌な気持ちになるものだと知った。
「なるほどね、確かに。ハナがうっかり僕に惚れちゃったみたいに?」
ぎょっとして男を見る。その目は細く笑っていた。
この男は気付いていたのだ、ハナの気持ちの変化に。
「だけれどもね、教えてあげよう。ハナが僕に惚れたのは予想外の行動ではない」
人差し指をぴっと立てるトヨ。
「そうなるように僕が仕向けたからだ」
ゆっくりと前に倒された人差し指は、真直ぐハナを指していた。
「……。」
どうしてだろう。なんだかとっても腹が立つ。
つまりはあれか、町草女史は囮のようなものか。踊らされていたのは眉間二皺子ではなく、この自分だったのか。
トントン、とトヨが彼女の眉間を軽くたたく。
「寄ってるよ、皺」
ますます深くなる皺を見て笑いだす目の前の男。
「美味しいあんみつを奢りなさい」
今のトヨに何を言っても、与えたい攻撃は羽で触れる程度のものにしかならないだろう。つまり、全く効くことがない。
代わりに甘味を奢らすのは、この訳の分からない腹立ちを収めるにはちょうど良い案に思えた。ただし有名店のあんみつに限る。
「はいはい。じゃあ行きましょうか」
当たり前のように細い腕を取り、指を絡める。
「ハナだけが僕の可愛い可愛い彼女だからね~」
どうしてだろう。やっぱり腹が立つ。
だけれども悔しいことに、同時に嬉しくもなってしまった自分に気付いたら、もうどうしようもない。
寄せた皺に何枚の紙を挟めるか。
その紙が気付けばラブレターだったなんてことが、あるかもしれないよ。




