少年は選択する2 水無月颯
後悔はしていない、ただ残念とかわかっていた結果にため息だけはでた。
母が無理矢理受験させた大学は私立空集大学の人間健康学部というところ。
スポーツ選手にとって、トレーナーが重要なのはわかっている。
わかっているけれども、俺は皆と同じようにバスケットがしたかった。
その未練を持ったまま特急から空集駅で降りた。
こちらは、まだ春から遠い。
平日の駅前を見渡せば、あちこちにテラーとわかる人々が多くいた。
噂には聞いていたが、かなりいる。
「颯、こちらですよ」
「岸露の叔父さん」
スーツ姿の叔父がすぐに声をかけてくれた。
相変わらずの気品はお袋そっくりだ。兄弟だよなと思いながら頭をさげる。
「おや、髪を染められたのですか?」
現在俺の髪は黒と銀と金が混じっている。
「いや、テラーになったら抜けてしまって。……色々体に出て来てなんだかなって」
「そうでしたか……。大丈夫ですよ僕もサポートさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「ようこそ空集へ。さっそくですが行きましょうか」
叔父は信号を一つ渡った所のケータイショップへと俺を案内した。
マキナショップ 空集駅前本店という看板の下の自動ドアから中に入る。
「あ、サキョウ様お久しぶりです」
声をかけて来たのは羽を持った妖精の女性でトンボのような羽で宙を飛んでいた。
背丈は小さな女の子が遊ぶ人形ほどしかない。
「お久しぶりです。本日お願いしていた件で来店しました」
「はい、伺っております。ただいまライリーなのですが、別のお客様の応対中ですのでそちらにお掛けになってお待ちいただけますか?」
「わかりました。颯、少し待ちましょうか」
俺がわからないという顔をしていると叔父は僕からの入学祝いですよと答えてくれた。
15分ほどして先ほどのフロアの店員が俺と叔父をカウンターに案内した。
「こんにちは」
「よろしくお願いします、ライリーさん」
二十半ばぐらいに見える店員はこちらに笑いかけてくれる。
ちょっとクセのある髪をシュシュでひとくくりにして前髪は無理矢理ピンで七三分けにしてあるのが特徴。
ただ、子どもの様ににかっと笑うので面白いギャップを感じた。
ちぐはぐ感とでもいうのだろうか、それも魅力的に見える。
「こちらこそよろしくお願いします。私、担当させていただきますライリと申します」
「お願いします」
「はい!機種変更と連絡先登録でお伺いしております。サキョウ様に取り置きの予約いただいた機種がこちらですね」
そういってライリさんが出したのはテラー用の強化外装の新製品の携帯端末。
「この前オーガの方に握ってもらいまして音がしなかったので品質は保証できると思います。こちらお客様のように身体強化される方に人気の新機種です」
「すいませんね、無理を言ってしまって」
「いえ、さすがに4色取り置きはできなかったので人気の白だけ予約取り置きであとは昨日の入荷分です」
デモ機を触ってみて、意外と使いやすいことに驚く。
「じゃあ、この黒で」
「はい、ではお手続きさせていただきますね」
決まった所で叔父のポケットから着信音が流れる。
「失礼、ライリーさんあとはお願いします」
「かしこまりました」
カウンターで身分証明書などを見せながら手続きを済ませていく。
「ライリー、サキョウと来たこの坊や。溜池の鈴と同じ保護?」
すらりと長い腕がカウンターにのびてくる。
振り返ればグラマラスな女性が立っていた。
気配なく後ろに立たれ、長くて紅い人外の髪が俺の頬に当たる。
髪だけなのにぞわぞわ寒気がした。
「バキュスさん、後ほどご案内いたしますので」
「いえ、手続きは別の子にやってもらうからいいわよ。それで?この子もテラーでしょう?その機種ここだとテラーにしか販売しないもの」
「……甥です」
ライリさんは言わなさそうなのでこちらから情報を伝えた。
「あら、それじゃあ元人間ね。私はバキュス、よかったら今度いらしてね。うちのお店、未成年でも大歓迎よ」
胸の谷間というよりはシャツと肌の隙間から名刺ケースを出した彼女は俺に名刺を渡して軽く手を上げて待合席に戻る。
「……他店の営業はお断りです。もう」
一瞬ぷくりと頬を膨らませて呟くライリさんが可愛い。
「あの方もテラー、ですか?」
「はい。空集でテラー登録されている方は8、9割ここで登録されますから」
「じゃあライリー……ライリさんもよく案内を?」
「むしろ専門扱いですね。当店ではテラー対応機種の修理も受け付けていますから。この二階に事務所と修理工房がありまして。テラー対応機種の修理を店で出来るのは東京に一つと九州に一つと当店だけになります。それと名前伸ばしてもいいですよ、サキョウさんみたいなもので、皆ライリーって呼びますから」
署名をして後は叔父が戻ってくるだけになったので少しライリーさんと雑談をする。
「空集大学に今年から入学なんですね。あの学校、周りに田んぼしかないので車か原付で通学されている方が多いですね」
「一昨日まで合宿で免許を取ってきました。取らせられたのはそういうことなんですね」
「車で移動がほとんどですね」
住まいは叔父が決めてくれて、荷物はすでにそこへ送ってある。
『バイトしなさい。これからは金銭管理も身につけていかないといけないのだから』
高校大学と苦学生だった父は空集の大学に行くと決まるとおめでとうの言葉と共にいくつかの条件をだしてきた。
父なりの配慮で学費と家賃は払ってくれるそうだ。
「テラー登録すると携帯の使用料金は補助がでますから。学業を疎かにしない程度に頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
再びライリーさんがにかっと笑う。
「お待たせしました。会計ですがカードでお願いします」
「かしこまりました。お帰りなさい」
手続きは進み、最後にテラー登録の説明になる。
「テラー登録の際、今までの戸籍がある方は戸籍の備考でテラーということが記されます。以前は新しい戸籍でテラー登録することもできたのですが……」
「犯罪が増えましたので規制されました。危険性を現場側から指摘したのはあなたでしたね」
「はい。意外と二重戸籍を選ぶ方が多かったので。実際その隙間をくぐり抜けた犯罪も多かったと思います」
5年かそこらでテラーに関する制度が固まって来ているのは、この特区の人々とテラーがお互いの関係を良好にしようと協力しているからと以前叔父からきいた。
ライリーさんもその協力者の一人ということだろう。
「……怖く、ないんですか?」
「怖いですよ?でもね水無月様知らない方がもっと怖いと思いませんか?それは例えば人種の違いみたいなものですけれど、人間関係ってそういうもので話し合えば理解出来る部分も多いですから」
「幸い日本に現れる皆さんは日本語を使えますからね」
「本当に。私英語苦手なんですよー」
恐れない、話し合う、協力する。
バスケットのコートの外と同じだ。
ライリーさんと目線があって、ダチやコーチと同じ優しい目をされて空集に来て初めて少しだけども笑顔になることができた。




