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空集市ご案内3 溜池弾

 昨日の後始末を上に言いつけられスーツ姿の異形の男の隣に立つ。

 角田の横で始末書の作成を手伝ってやる。

「大穴開けやがってよー。寒いじゃねえか」

「悪い悪い」

 大きな指先で仕事のパソコンを角田は案外器用に叩く。

 こいつキーボードのキーより指大きいのによくやるわ。

「弾、昨晩の娘っこはどうした?」

「朝市役所に送ってやった。ちょうどテラーの手続きしてるんじゃないか。本当は俺が代理でやろうかと思ったんだけど、一人でやるって妙に可愛げがない」

「それで貴方が非番なのに署にいるわけですね」

 背後の声に振り向けば、俺の相棒の男性が立っていた。

 歳は壮年、清潔な身なりでぱっと見て警察官には思えない。

 どこか浮き世離れしている雰囲気を持ち合わせる彼に俺は挨拶をした。

「おはようございます。サキョウさん」

「おはようございます。溜池くん」

 本名は別にあるのだが、とあるドラマのせいでサキョウと署で呼ばれるようになった変わり者の彼。

「サキョウ、こいつ昨日から公認幼女保護しているぞ」

「お聞きしました。とても可愛らしくて凛々しいお嬢さんとのことだそうで」

 角田の野郎、人が手伝いしてやってるのに……。

「だから行ってやれ弾。あれはうっかりしてると転ぶぞ?」

「転ぶってなんだよ」

 漢字が違うと文書の文字を差しながら首を傾げる。

「昨日、皆が力を解かれた後も固まっていたのは気付いたか?」

「鈴風の声のか」

「そうだ。人間ってのは不思議なもので自分に姿形が近ければ近いほど、特別な力を持った存在を好奇と警戒の目で見る。いくら娘っこがテラーで、俺たちがテラーの犯罪に日々頭を悩ませているからといって、あの視線は12の娘にはキツいだろう」

 助けようとした人間にそう見られるのは確かに心地よくない。

 あいつの肩はコートをかけた時に震えていたのは気付いていた。

 それが寒さだけではなかったということに俺はあの時判らなかった。

 寮についたとたんに眠りこけたあいつの袖口から見えた包帯は、朝食の前に取り替えてやれば左腕は毒々しい紫に膿んでいた。

『呪術師にやられて、病院に行っても治りません。平気です、これぐらいなら2週間ぐらいで消えます。』

 慣れているように鈴風は呟いていた。

 あれは、人を信じていない奴の目だ。

「新田平は多くのテラーが集まります。特区に選ばれた空集市の住民はテラーに友好的ですが、我々警察官は市民にもテラーにもそういった目線を向けなければならない時がありますから」

「人間は転びやすい。だから年長者が支えて守って導いてやるんだ。テラーを利用する悪人に捕まったらそれこそ手に負えない」

 判っていた、がまだ妙な偏見があるのを咎められた気がした。

 以前、何人も死人を出した事件はテラーの影に操っていた人間がいたっていうのに。

「溜池くん、角田くんの始末書は僕があとを見ましょう」

「悪いな、まだこっちの字と文体がよくわかんねえんだわ」

 サキョウさんが俺を目配せ一つで扉の方へと促した。

「すいません、失礼します」

 ポケットの中の鍵を取り出しながら小走りに車へと向かう。

 手続きを進めるとなると鈴風はあの場所に案内されるはずだ。


 自動ドアが開けばそこは人で賑わっていた。

 ここはテラー専門の携帯端末を扱うショップ、マキナショップ空集駅前本店。

 普通の店では見慣れない種類の携帯端末のデモ機をテラーが触っている姿がある。

「こんにちは」

「あ、ダンダン」

 女性店員が鈴風に展示品を見せながら説明しているのが見えた。

 空集市に住むテラーは住民票を取得する際に必ず連絡が取れるように携帯電話の登録が義務づけられている。

 他にも数店舗あるが、市役所から一番近い店はここだ。

「ライリー」

 この店、店員の名前を全てカタカナ表記で表しているが俺も含め彼女の名字の語尾を伸ばさない奴は滅多に居ない。

 呼ばれた女性店員のライリーは軽く会釈して鈴風に尋ねる。

「溜池さんの寮にいるのですか?」

「はいです。ライリー、私やっぱりこの色にしますです」

「かしこまりました。ではお手続き進めさせていただきます」

 よろしければ、溜池さんも。とライリーに言われてカウンターの席に並んで腰掛ける。

「ダンダン、どうしてここにいるってわかったのです?」

「空集に来るテラーの9割がここで連絡登録の手続きするからな。可愛い端末選んだな」

 タッチパネル式の最新モデルだったが、カラーはパステルピンクのもの。

 女性向けなのかいくらか小さいがそれでも鈴風の手には余っているようだった。

「ライリーが勧めてくれました。これならパソコンと繋げればソフトも作れますです」

 鈴風は今朝と同じように他人を信じていない眼差しをこちらに見上げてくる。

 子どもらしくない目。

 大人の汚れた部分を知っているから覗き込んでくる。

「ふふふ」

 一瞬鈴風とにらみ合いをしてしまう。

 笑ったライリーに文句を言ってやろうかと思った。

「失礼しました。うふふ……溜池さんと指定割引にしておきましょうか?」

「いらな「加入しておいてくれ、あと俺の携帯のプランにも鈴風の番号入れてくれ」

 鈴風の言葉に割り込んで基本プランにいくつか便利なオプションをつっこむ。

 ライリーは笑顔でいくつかの注意点を話しながら手続きをしていく。

 こいつが受付担当でよかった、仕事は早くすませることができる奴だ。

「ダンダン勝手に進めないでください」

「すねるな。俺が悪かったよ、一人で手続きやらせてさ。お兄ちゃんがこの後の買い物お供するから。」

 鈴風がその言葉に固まった。

「鈴風?」

「今の発言に他意がないとしても30手前の男の言葉としてお兄ちゃんは無いと思います」

 地味なライリーのツッコミ。

「やっぱりロリコンでしたか……」

「何かあったらすぐご連絡を青木さん。私、仕事柄よく相談事には乗りますから」

 間違った勘違いをされている。

 違うと訂正しようとしたら鈴風はコクコクとうなずく。

「わかっています、ダンダン。……この目は父が殺されてから戻らない最もたるものです。無理に気にしなくても平気です」

 そう言って目をそらされた。

「溜池さん」

「ライリー、何」

 初期設定は自分でやると鈴風が言い張ったので、俺はライリーと残りの必要書類などを確認していた。

 テラーを保護するとなると通常の移住よりも提出する書類が多い。

 鈴風はカウンターではなく待合のイスで飴をほおばって端末に指を滑らせる。

 しばしライリーと二人で小さな声で話し合う。

「青木さんはあなたを信用してもいいと思っている。私があなたがここへ来る前に聞いた話のかぎりですけども」

「勝手に推測するな、魔女」

「魔女言わないで下さい。だから女性にもてないんですよ」

 ぷくりと頬を膨らませるライリーはどこか子どものようで可愛く魅力的だが騙されてはいけない。

 この女、仕事の顔と私事の顔が違いすぎる。

「お兄ちゃん役頑張ってくださいね。応援してます。小さい頃って頼れないとつらいですから」

 封筒を受け取って、端末をいじっていた鈴風に声をかけて店を出る。

 

「さてと」

 ライリーに封筒とは別に渡されたメモに目をうつす。

 女の子が生活するのに必要なものがリストアップされていた。

 俺と話しながら何書いてんだと思ったら、あいつ。

 基本は世話焼きだよな。

「鈴風、腹減らないか?」

「すきました。ぺこぺこです」

「うん、じゃあ飯先にしようか」

 なるべく自然に左側の荷物を持ってやる。

「それと思ったんだけどな、やっぱり一度病院行くぞ」

「ダンダンしつこい」

「テラー専門の医者がいる。治るかもしれないだろ、放っておくなよ……痛いんだろ?」

 鈴風はしばらく黙りこくってから小さく頷いた。

 兄貴ってほどの男でもないけど、まあ素直じゃないこいつは言いたいことははっきり言うからまだいいかと思う。

 まずは頼られることを目標にしてみよう。

 少なくともこっちの事情は俺の方が詳しいしな。


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