ネセサリティエビデンス
人間の証言だけで答えに行き着くことは出来るのか?
それは皆様方次第。
ではどうぞ。
「あっつー‥‥‥。」
「だらしないわね。シャキッとしなさい。」
イチは本当に人間なんだろうか?‥‥‥と、時々疑ってしまう。暑さは感じている筈なのに、それをおくびにも出さない態度は何なんだ?
「はあ、しょうがないわね。海にでも行く?」
「え、‥‥‥イチと?」
「行くのはイツキだけよ。はいこれ。」
そう言って渡されたのは、また紙束だった。
「‥‥‥一つ質問が。」
「あら何かしら?」
「まさか今回のが海水浴場とでも言うつもりか?」
「言うつもりだけど?」
「‥‥‥。」
これで行ったつもりになれと。そう言いたいのか。
激しく寂しい気持ちになったが、やっぱりそれを言うことはなかった。
「行かないのかよ? ここまで来ておいて?」
「‥‥‥俺はいい。」
海は苦手だ。と言うかプールも駄目だな。泳げないし。大体そう言うお前はナンパ目的だろうが。
「お前が来ないんじゃ連れて来た意味無いだろうが‥‥‥。」
「何か言ったか?」
「いや別に。」
そう言う町屋を右手で追い払い、パラソルによって出来たシートの日陰に寝添べる。
ざわついた喧騒も、この陽光の暑さも、何もかもが苦手だ。日焼けは趣味じゃない。
暫くそうしていると喉が渇いた。この日陰から出るのは惜しいが仕方が無い。脱水症状の方が厄介だ。
痛い程の暑さを肌に焼き付けながら、海の家へと足を運ぶ。
うん、最初からこうしていれば良かったんだ。冷たい物を扱っているだけあって中は涼しい。
ふと時計を見ると時刻は午前12時丁度。そう思い、昼食を済ませてしまおうかと思った時、背中合わせに座っている客の声が耳に入った。
「何時だっけ?」
「今日は後少しだな。」
「そうか‥‥‥。」
「でも混んでるから気を付けねーとな。すんません、お勘定!」
‥‥‥何の話だ?
何の時間なのか気にはなったが、追求するのは流石に躊躇われた。今の俺には到底理解出来そうもない。
「ね、岩場の方に行ってみない?」
「危ないから止めとけって。」
「ええー! 行こうよ! 幻の泉が見れるんだよー?」
「何だそりゃ?」
今度は別方向から、仲良さ気なカップルの声が聞こえて来た。周りの声と比べて、かなり突出しているようだ。声量はもうちょっと落とした方が良いだろう。
「‥‥‥‥‥‥え!? これ‥‥‥。前回の続きか?」
名前は出ていないが語り手は恐らく富樫だろう。イチが続き物を書くなんて‥‥‥! 気まぐれにしても珍しいな。
「まあこれ単体で読めるけど。さて何が起こるやら。」
居心地の良い海の家に居座ること3時間。いい加減に戻らなければと思ったその時だった。
「た、大変だっ! ひ、人が、し、し、死んでる!」
そういう事件が誰かさんのお陰で身近になってしまった所為か、最初は淡白に「へえ、そうか」と思っていたが、それを言いに来た人物を見て思わず顔をしかめた。
‥‥‥何故町屋が知らせに来るんだ?
「何だって?」
「何処で?」
「か、海岸の端にある岩場の洞窟内だ! 兎に角警察に‥‥‥!」
「あ、ああ。解った!」
ゆっくりと町屋に近付く。顔は青褪めていて生気が無い。災難続きで少々可哀想だが第一発見者になってしまったようだ。
「何もしてないだろうな?」
「なっ、俺を疑うのかよ?」
「違う。お前は人を殺せるような気概は持ち合わせていない。俺が言いたいのは、現場に手を加えたりしていないかと訊いているんだ。」
「あー‥‥‥遺体に手を触れるのは?」
「‥‥‥一応、人並みの確認はしたわけか。これでもし確認してなかったら第一容疑者確定だからな。」
あ、カマ掛けやがったな! と叫ばれたが無視した。知り合いだろうと確認はするものだ。でないと後々困った事になるのは目に見えている。
「小さい岩の下敷きになってたんだよ。声、掛けたけど返事しねえし。寝てるのかと思って揺さぶったら‥‥‥白目剥いてた。」
「‥‥‥ふむ。」
小さい岩、ね。凶器としては充分かも知れないが。いや、まだ見てもいないのに決めつけるのは良くない。
「大体富樫、お前海岸に居たんじゃなかったのかよ?」
「喉が渇いたんだ。どうこう言われる筋合いはない。」
「はぁ。‥‥‥で、どうする?」
「‥‥‥警察が来る前に現場。」
「だな。」
外に出た途端、またしてもじりじりと肌を焼く。熱い。でもそうも言っていられないので、町屋に話し掛けて気を紛らわせる。
「ついでに質問だ。何故お前はそこに行った?」
「結局訊くのか‥‥‥。い、良いだろ別に。」
「‥‥‥俺が質問を変える前にさっさと話した方が身の為だと思うがな‥‥‥?」
「解ったよ悪かったよ! 声掛けてきた女の子が、面白い所があるって言うから‥‥‥!」
「‥‥‥。」
声を掛けたのではなく、掛けられた。その辺りが普通では考えられない感覚だ。流石は町屋、釣り師だな。あらゆる意味で。
「で、それが洞窟内にあると?」
「って話なんだが‥‥‥そんな物は見つからなかった。」
「?‥‥‥そもそも、その面白い物って何だ?」
「泉があるらしい。」
「ん、‥‥‥。」
そう言えば数時間前に同じ様な話を聞いた気が。
話している内に現場へ辿り着く。
「あ、足元気を付けろよ。ここちょっと段差あるから。」
「‥‥‥段差、ねえ‥‥‥高さは?」
「階段っぽくはなってるけど、入り口から中まで2メートル位じゃね? 少なくとも俺の身長よりはある。」
‥‥‥深い。落ちたら一堪りもないな。不本意だが町屋の手を支えに段を降りる。ジャリ、と鳴る岩場。
「うーん‥‥‥。」
「何かしら?」
「事件とは恐らく関係ない事で引っ掛かってるんだよ。」
「ふうん?」
前回から妙に引っ掛かっている事がある。しかし決定的な根拠が見付からない。
「‥‥‥いや、今は良い。」
「そう?」
考えたところで事件とは関係無い。今は先を急ごう。
遺体を調べたが外傷は無かった。確かに白目は剥いているようだが‥‥‥それ以外に変わった点と言えば、遺体が少々ざらついている事位か。
遺体に乗っていたという岩を持ってはみたものの、持ち上げられなかった。
「無理すんなって。」
「これが遺体の上にあったって?」
「生きてるんなら助けないと、って思って退かしたんだよ。」
どうやら町屋が退かしたらしい。まあ俯せだったらしいし、それをやるのは当然か。
「‥‥‥まあいい。そう言えば泉があるって? 大きさは?」
「結構大きいってよ。」
「見当たらないんだが。」
「やっぱり? だよなあ‥‥‥。え、まさか嘘吐かれた?」
それが嘘かどうかは兎も角として、ここに遺体があるのだけは事実のようだ。だがどうやってここに?
「因みにその話はいつ聞いたんだ?」
「12時ちょい過ぎだったと思う。昼食の話題だったし。」
「そうか‥‥‥。ここはもういい。」
「え! も、もうかよ?」
「?‥‥‥何か都合の悪い事でもあるのか?」
「い、いやいやいや! 何も無いから!」
遺体と一緒にいるのも躊躇われた為、慌てた様子の町屋を無視して外に出る事にした。やはりこの段差はキツイ。
そして思っていた以上に外は暑かった。
海の家に戻ると、どうやら警察が到着していたようだった。これでお役御免‥‥‥と行きたい所だが。
暫くの事情聴取の後、見知った顔を見つけた。
「また、ですか?」
「‥‥‥ご無沙汰してます、小早川刑事。この間はお世話になりました。」
「‥‥‥はぁ。どうしてこう首を突っ込む学生が多いのか‥‥‥。」
等と言いつつその学生に情報を流してくれる。全くありがたい事だ。
「今に始まった事ではないでしょうに。」
「身も蓋も無い事を言うのは止めとけって。容疑者、絞り込めました?」
「あの洞窟の存在を知っているのはごく少数ですから、絞り込むのは簡単でした。‥‥‥が、全員が洞窟に足を踏み入れていますので。」
「成程‥‥‥。」
「うわ、何だその『心底楽しいです』って顔は。」
それは仕方が無い。被害者には本当に申し訳ないのだが、ここまでの推理で引っ掛かるような点は無く、実にあっさりとし過ぎていてつまらなく感じてしまっていたのだ。
「死亡推定時刻は?」
「まだ割り出していませんが、9時半から3時半の間なのは確実でしょう。」
「容疑者と被害者との関わりは‥‥‥。」
「一緒に来ていたサークル仲間の様ですね。」
「ほーん。ならあの洞窟の情報を全員が知っていても不思議じゃないって事か。」
「‥‥‥他にその情報を知っていた人は?」
「数名居ましたが、被害者とは関わりがありません。」
流石に仲間内以外の線は薄い、か。
「な、何でこの人がー!?」
「出しちゃいけないなんて言われてないもの。そんなのどうだって良いじゃない、くすくす。」
話の流れから察するに恐らく町屋の兄繋がりだろうが‥‥‥! 何故よりにもよってこの人なんだ?
「絶対に二度と出て来ないと思っていただけに‥‥‥!」
「残念だったわねえ。」
「本人達と話せませんか?」
「ま、話すのは自由だろ。」
「あまり嗅ぎ回らないようにしてくださいよ。」
「解ってます。」
とは言うものの、それが口だけだと言う事も小早川刑事は理解しているのだろう。酷く曖昧な表情を浮かべていた。
海の家には関係者が集められている。その内の一人に話しかけると、案の定嫌な顔をされてしまった。警察からしつこく質問されたと見える。
「誰だアンタ?」
「富樫です。こちらは第一発見者の町屋さん。」
「そうか、災難だったな。巻き込んだようで悪かった。」
「い、いえそんな。」
「話をお伺いしても?」
「ああ。」
町屋から批難めいた視線を感じる。自分を交渉材料にされたことが気に食わないのだろう。
この人物は梁瀬という。被害者をサークルに勧誘した先輩だとか。
「洞窟の存在をご存じと聞きましたが、何処で?」
「うちの女子達の中に、ここの地元出身がいてな。幻の泉が見れるってんで誘われたんだ。」
「その泉は見れました?」
「いいや。教えて貰った場所に行ってみたが無かった。」
「それはいつ頃?」
「着いてすぐ‥‥‥確か9時半位だと思ったな。」
「一度だけですか?」
「ああ。」
「ではその後は?」
「サーフィンしてたぜ。元々そっちが目的だったしな。」
「他にサーフィンしていた人は?」
「桜井がそうだ。」
あそこに居るぞ、と指し示す。その方向を見ると、成程町屋の同類がそこにはいた。話が合うかどうかは解らないが。
ありがとうございますと一言礼を言って桜井の方へ向かう。
「町屋まで来る必要は無いが。」
「ちょ、おいおい気を付けろよ。」
「何をだ?」
訳の解らない注意に耳を傍立てる筈もない。
構わず話し掛けると、成程やはり町屋の同類だ。軽く受け流すとさっさと本題に入る。
「洞窟には行きましたか?」
「ああ。でも何も無かったけどな。」
「何時頃?」
「10時ちょい過ぎ位に一度だけ。その後は昼を食ってからずっと梁瀬とサーフィンしてたぜ。」
「その時間帯に見当たらなかった人はいますか?」
「‥‥‥そういや、榊を昼に誘おうとしたけど見当たらなかったな。」
「榊?」
あの子だよ。そう言って示された方向には可愛いという形容詞が良く似合う女の子。うわ、解りやすい。
近付くと刺さる様な視線を浴びた。いや、まあ日頃からやられているせいで寧ろ安心感を抱いてしまった。良くない傾向だ。
「‥‥‥何?」
「洞窟にはもう行きました?」
「行ったわよ。」
「それはいつ頃? 何回行きました?」
「12時少し前に一度だけ。」
「泉は見れました?」
「残念ながら見てないけれどね。私よりも他の人の方が詳しいんじゃない?」
彼女の態度が軟化する事は無さそうだ。それにしても‥‥‥。
「あの、結局泉は誰も見れなかったんです。」
「え‥‥‥貴女は?」
「あっ、すみません。金森と申します。」
金森と名乗ったその女性は、この中で一番の年下らしい。
「富樫です。貴女も洞窟へ行ったんですか。何時頃?」
「私は1時半過ぎ位だったと思います。」
「貴女も一度だけですか?」
「ええ。」
これで、大体の時間が出揃った。町屋が遺体を見付けたのが3時少し前。誰も泉を見ていない?
「‥‥‥それで、誰も見ていないというのは‥‥‥?」
「言葉通りですよ。早苗ちゃんが居れば、もっと詳しく教えて貰えたのに‥‥‥。場所が合ってるか、とか‥‥‥。」
「早苗さん、ですか。」
「ここが地元の友人なんですが風邪を引いて、急に来る事が出来なくなってしまって。」
‥‥‥、"そんな事は"ありえない‥‥‥。
これは、まさか‥‥‥。
「どうかしたのか富樫?」
「いや、何も。皆さんにお聞きしたい事があります。各自、洞窟には一度しか行っていない。間違いないですか?」
「そうよ! 一体何なのさっきから?」
「警察も確認済みだぜ。」
という事は‥‥‥全員が"同じ"洞窟に行ったと見て間違いなさそうだな。
「泉の情報はその、早苗さん、でしたっけ。その方から直接聞きました?」
「ええ、皆で旅行の計画立てた時に顔付き合わせてましたから。」
「終わりか?」
「ええ。今回は犯人より寧ろトリック重視ね。」
「知識があれば解けそうだけどな。」
「‥‥‥それ、知識が無ければ解けない、って言ってるような物よ? うっふふふふ‥‥‥。」
解答がいくつも飛び出しそうな話になりましたが、
基本は一本のロジックです。
では恒例のヒント
・此処は何処ですか?
・富樫って結局何者なんでしょうね?
・ミスリードにご注意ください。
次の話で一旦区切ろうかと思います。
※身も蓋も無い=明らかなこと、分かり切っていること。
町屋自身がこの用法に気づいているかどうかは‥‥‥ご想像にお任せします。