ライアーズ・センテンス
やってしまった感が否めないクローズド・サークル。
物を投げないで下さいお願いします‥‥‥!
※犯行時の描写があります。ご注意下さい。
さて、今度は何を書こうかしら。
イチはそう言い、愛用のパソコンを立ち上げた。
今日も相変わらず暑い。
「何でクーラー使わないんだ‥‥‥。」
「節電よ、節電。イツキはこれでも読んで気を紛らわせなさいな。」
一人で涼しい顔をして言われ、無性に腹が立ってくる。渡されたのは、予想通りのそれ。前回の内容にどうしても納得が行かない俺は、懲りずに字面を追った。
その日は、ここ十年でも記録的な寒さだった。
「こりゃ、下山するのは雪が止んでからの方が良さそうだ。」
この小さなホテルのオーナーでもある、おじいちゃん‥‥‥もとい、秋吉耕史さんは言った。
「えぇー‥‥‥勘弁してくださいよ。明日は仕事が、」
「この感じだし、二、三日は無理かもねえ?」
別にいいんじゃない? 働き詰めなんだから、羽を伸ばせば?
あっけらかんと言ったのは秋吉楓さん。オーナーの娘だ。夫である秋吉昴さんは余程仕事が気掛かりなのか、そわそわとしていて落ち着かない。
「朱鳥は帰れなくて残念?」
「いえ、寧ろ天候を理由に学校を休めます。」
「はぁ‥‥‥この人も見習えば良いのに。」
「あははっ、そういう人と結婚したんでしょう?」
「‥‥‥相手、間違えたかしら。」
「え」
「聞こえてるぞー。朱鳥もなかなか酷いな。」
戸籍上、私はこの二人の娘だが、血縁的に正確な表現をするならば、姪、と言う事になる。ある事件で両親を亡くした私は叔母に引き取られる事になった訳だ。
「何やってんだ、こんな所で。荷造りはどうした?」
「あ、何か二、三日は無理かもって楓さんが。」
「え‥‥‥何だよもう。動いたら腹減った。夕食はまだかー。」
「さっき厨房行ったら作ってる最中だった。」
「よし、じゃあ遊ぶか。」
「切り替え早っ!」
久也くんは昴さんと楓さんの正真正銘血の繋がった息子。つまり私の同い年の兄で従兄弟。お互いそりゃもう本当の兄妹同然に育っている為か、接し方はかなりフランク。
「ごめんなさい、ちょっとだけ静かにして貰えるかしら?」
「あっ、!」
いっけない。そう言えばここ自分の家じゃ無いんだもんね。秋吉の人間以外にも泊まっている人はいる。久也くんもちょっとバツが悪いようだ。
「騒がしくしてすみません。」
「申し訳ありません。」
「あらあら、従業員でも無いのにそこまで謝る必要ないわよ。今寝た所だったから。」
「寝た? ‥‥‥あ。」
女性が示す通り、そこにはソファですやすやと眠っている子共がいた。
「わー‥‥‥可愛い‥‥‥。」
「お持ち帰りするなよ。」
「‥‥‥久也くん酷い。」
やり取りを見ていた女性はくすくすと笑う。
「やだ、もう‥‥‥ええと、名前をお聞きしても?」
「えぇ、勿論。私は中村乃愛。この子は浩和よ。よろしく。」
「乃愛さんと、浩和くんですね。記憶しました! 私は秋吉朱鳥です。で、こっちが‥‥‥。」
ちらっと久也くんの方を見た。何だか仰々しいお辞儀をしている。あー、またそうやってふざけて‥‥‥。どこのお貴族様ですか久也くん?
「秋吉久也と申します。」
「あら、ご兄弟かしら。それに、秋吉って‥‥‥。」
「ええ、まぁ。ここのオーナーの孫になります。」
「あのなぁイチ。」
「なぁに?」
「読んでも涼しくならないから。何だよこれ。事件はどうした?」
「そんな事しか言えないの? 何の為に雪を降らせたと? イツキを涼しくさせる為じゃないわ。」
「‥‥‥クローズド・サークルだろ。それは解る。」
「ふっ‥‥‥一度やってみたかったのよねぇ。ただちょっとホラーチックになるのが頂けないわ。」
イチが文句を言える立場では無い筈だが、俺の口からは注意の言葉も、あまつさえ溜め息すら出なかった。
「おじいちゃん、お客様は何人泊まってるの?」
「朱鳥達も入れると、十人だよ。それがどうかしたのかい?」
「ううん、ちょっと訊いただけ。」
私は好奇心から、残りの客を確かめてみようと思った。どうせやる事も無いのだし、これ位楽しんでもいいよね。
「久也くん、ちょっと他のお客様を見てくるね。今日明日帰る人がいたら天候の事も話さないといけないし。」
「‥‥‥そうだな。俺も行こうか?」
「‥‥‥もしかして退屈を紛らわせたいだけじゃ‥‥‥。」
「いいから行くぞ!」
誤魔化したな。
私は溜め息を一つ吐くと、先へ行ってしまった久也くんを追い掛けて、談話室から廊下に出た。
途端に、久也くんの背中に顔面からぶつかる。廊下に出てすぐの所で何を思ったのか足を止めたようだ。
「あ、悪い。」
「もう、いきなり止まらないでよー!」
鼻を押さえながら文句を言うが、久也くんは何故か焦って人差し指を唇の前に立てた。
「‥‥‥ん?」
久也くんが指差す方向を見ると、誰かが廊下の陰で話をしている。二人? もう一人は完全に陰に隠れていて姿を見る事が出来ない。‥‥‥誰だろう?
「宿泊客みたいだが。どうする、後にするか?」
会話の内容まではここからでは聞こえないが、話し掛け難い雰囲気ではある。
「そうだね。邪魔したら悪いし。」
結局私達はその人に声は掛けず、廊下を逆の方向へ進んだ。こっちは遊戯施設方向だ。
「誰かいるかな?」
「ついでに遊んでいくか。」
「ダメです。久也くんはいつまで経っても終わらないもん。」
「撞球台あるんだぜここ。つい三ヵ月前に入れたんだってさ。」
旅館などでよく見掛ける卓球台は解るけど、撞球台?
「ビリヤード?」
「じいさんの趣味だな。昔、何か考え事する時やってたらしい。」
「ふーん。」
集中できていいのかもしれない。久也くんは言うと、遊戯施設に入る。
すると今まさに話題に上がっていた撞球台が姿を現す。そこには宿泊客と思われる男性が二人、ビリヤードに耽っていた。
俺が「動きが無いな」と漏らすと、「そう見えてるだけじゃない? ま、本当に無いのかもしれないけれどね。」とはぐらかす。
「事件は突然始まって突然終わる。これぞ醍醐味。」
「そーですか。」
「何よその反応は。そっちが訊いてきたくせに。」
口は災いの元。一つ学習した俺は紙が擦れる音を立てながら、ページを捲る。
「あれ、使用中?」
久也くんは本当に遊ぶつもりだったらしい。
その声に気付いた男性客二人がこちらを見た。「誰だ?」と言わんばかりに視線を向けてきたのは、
老年の男性だった。キューを持つ手がその年季を語っている。
「秋吉朱鳥です。」
「秋吉久也です。混ぜて頂いても?」
「秋吉?」
「このホテルのオーナーも秋吉さんでしたよね?」
もう一人の若い男性が当然の疑問を口にした。
「祖父ですよ。今日僕達は客ですがね。」
「ああ、なるほど。自分は荻野賢一です。で、こちらが城島国正氏。」
軽めの会釈を交わすと、ここに来た経緯を教えてくれた。どうやら城島さんはおじいちゃんと親しい付き合いで、ここに招待されたんだそうだ。荻野さんはプロのハスラー。撞球台を見付けて一人で黙々と打っていた所に城島さんがやって来て意気投合したらしい。
「もう一人居るんですけど、‥‥‥ああ、来ました。」
「腹の調子はどうだ?」
「まぁ、何とか。」
どうやらトイレにでも行っていたのだろう。私達が来た反対方向からお腹を押さえつつ眼鏡をかけた男性が歩いて来た。この人は中村悠斗さん。先程会った乃愛さんの旦那さんだ。
「そうだ、忘れる所でした。明日、明後日でチェックアウトする方はいらっしゃいます?」
「あ、自分は明後日です。」
該当者は荻野さんだけだった。が、兎に角知らせておかないと。
「雪が大分酷くて、二、三日は下山出来ないかもしれません。」
「そうですか‥‥‥参ったな。」
「明後日ならば止んでいる可能性もありますし、気を落とさないで下さいね。」
言うだけ言ったし、遊んで行くのかと久也くんに訊こうとしたが、当の本人は何故か難しい顔をしていた。どうしたのかと問えば、返事は「‥‥‥いや」としか返って来ない。
「そういやまだ全員に言ってないだろ?」
「え? ‥‥‥あ、うん。」
「用事が済んだらまた来ますんで、それまでやってて下さいよー?」
結局そうなるんですか。
声には出さなかったが、言いたい事は恐らく伝わったであろう。
再び廊下へ出ると、久也くんは消した筈の難しい顔をまた出していた。
「どうか、した?」
「確証が無い。朱鳥、この先を“記憶”してくれ。」
「‥‥‥それはいつもしてるよ。好きでやってる訳じゃないけれど。重要なの?」
「ああ。」
「瞬間記憶能力?」
「ま、"信憑性"は捨て置くとして、だけどね。」
登場人物はまだいるわよ。早く続きを読みなさい。にやにやと笑いながら言われると、余計に腹が立つ。
「ああそうかよ! ったく次から次へと‥‥‥。」
「何かしら?」
「イイエナンデモ。」
そして結局、俺の怒りの矛先がイチに向けられる事は無いのだった。
廊下へ出て、元来た道を戻ると、制服を来た人物が二人話し込んでいる。
「あっ、綾ちゃん!」
「修? 何やってんだ?」
高峰綾ちゃんと佐橋修くん。ここの従業員だ。いつも来る度に会うのですっかり旧知の仲になったつもりでいるが。
「‥‥‥朱鳥様、『綾ちゃん』と呼ばないで下さいと何度申し上げれば‥‥‥。」
これである。
お堅い。堅すぎる。反して修くんの方は。
「よ、久しぶりだなー! 二人とも元気だったか?」
綾ちゃんとは全く正反対の反応が返って来た事に、思わず安堵した。相変わらずだと言うと、満足した様子だった。
「で、何か話し込んでたみたいだけど。どうかしたのか?」
「ああ、ほら。俺等は通いじゃん? 雪が降っちまって帰れねえんだ。」
従業員は交代でシフトが組まれている。恐らくこの二人は今日下山する予定だったのだろう。
「この雪ですから、交代の要員も望めないでしょう。」
「じゃあ、お休み無しなの?」
「そういう事になりそうです。」
マネージャーも、突然のシフト変更で大忙しの様で、暫く執務室から出られないと言う。
それは嫌だなぁ、と一人で思っていると、久也くんが何を思ったか質問攻めを始める。
「今居る従業員は何人だ?」
「オーナーとマネージャー、料理長プラス俺等。五人だな。」
「‥‥‥十分前位にロビーへは行ったか? 誰かに会ったとか。」
「先程までお部屋の掃除を。ロビーへはフロントに用事があったので二人で通りましたが、誰も見ておりません。」
「フロント?」
「外線、そこにしか無いだろ? 雪で帰れないし、交代の要員もどうしたらいいか解らないだろうと思ってさ。電話しに行ったんだよ。」
「そうなんだ。交代の人とは連絡ついた?」
その質問に、ぐっと言葉を詰める修くん。その先を言うのが怖いとでも言うかの様。続きを引き取ったのは綾ちゃんだった。
「電話は、していません。」
「‥‥‥は? 何言って、」
「正確には『出来なかった』のです。」
切られてました、電話線。
淡々と言う綾ちゃんに反して、私達は一気に青ざめた。
「段々らしくなって来たわねえ。‥‥‥ちょっと、不貞腐れないで頂戴よ。」
「廊下で見掛けた二人が未だに出て来ない‥‥‥!」
「ま、登場人物だけでこんなにスペース使うとはまさか私も思ってなかったわ。」
「自分で書いたんだろー!」
そう叫ぶとイチは、急に神妙な顔つきになり、言った。
「イツキ、貴方なあなあに読み過ぎよ。だから小さいヒントを見落とすの。いい加減学習なさい。」
「それで話し込んでたのか‥‥‥じいさんにはこの事?」
「報告済みです。」
「兎に角さ、ちょっと休んだ方が良いよ。」
「だな。オーナーにも言われてるし、高峰から先に休めよ。」
「では、お言葉に甘えて。」
綾ちゃんはそう言うと、従業員専用の通路に消えていく。この先がどうなってるかは私も知らない。
‥‥‥談話室へ戻ると、廊下で見掛けた男性の一人がテーブルを囲む椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。
「紅茶のおかわりは如何ですか、浪川様。」
修くんは慣れた手つきで仕事をしている。こちらも非常に優雅だ。紅茶がとても美味しそうに見える。
浪川様と呼ばれたその人物は「貰おうかな」、と言っておかわりを頂戴している。
「久也様、朱鳥様もどうですか?」
「え? えっと‥‥‥。」
「貰おうか。」
「畏まりました。」
そう言って空になったポットを下げに行った修くんはこちらに向かってウインクする。
どうやら雰囲気を察して、このテーブルに着席する権利を作ってくれたらしい。
「さっきの彼と仲が良いのかい?」
驚いた事に、話し掛けてきたのはたった今話し掛けようとしていた人物からだった。
「何故そう思ったんですか?」
「名前で呼んでいたから。久也君と朱鳥ちゃん。」
「‥‥‥、俺達の事は秋吉で結構です。」
い、今何だか久也くんの周りの空気が一気に冷え込んだ気が‥‥‥!?
「秋吉? へぇ‥‥‥じゃあここのオーナーの?」
「孫に当たります。」
「そうなのか‥‥‥ああ、私は浪川孝明。以後お見知り置きを。」
何だか芝居懸かってる人だなあ。自分に酔っていると言うか‥‥‥。
「二、三日の間下山出来ないかもしれません。」
「聞いたよ。しかし私には関係の無い話だ。私がここを出るのは五日後だからね。」
「そうですか。‥‥‥それともう一つ。」
「何かな?」
「先程廊下で、誰と話していたんです?」
「‥‥‥ああ、さっきの彼だよ。紅茶を淹れに行った。」
「え、修くん?」
修くん? ‥‥‥え。だってさっきは‥‥‥。
「あの‥‥‥ほ、他に誰かに会いましたか?」
「いや? 彼だけだよ。」
「‥‥‥。」
もし浪川さんが修くんに会っていたのなら、綾ちゃんと一緒に居た事を知らないのはおかしい。
え? ちょっと待って。そんな筈無い。それじゃあ浪川さんは、一体誰と会話をしていたの‥‥‥?
今日の従業員は五人。おじいちゃんは談話室にいた。マネージャーは雑務に追われて部屋から出られない。料理長は全員の食事を用意している最中だ。修くんと綾ちゃんは部屋の掃除をしてから電話を掛けようと一緒にフロントに行っている。ここまでは良い。
問題は、客の人数。
中村乃愛さんに、彼女の息子の浩和くん。二人とも談話室にいた。遊戯施設でビリヤードをしていたハスラーの荻野賢一さんとおじいちゃんの招待客である城島国正さん。乃愛さんの旦那さんの中村悠斗さん。
そして、何者かと話し込んでいた浪川孝明さん。談話室にいた私達家族を含めて、‥‥‥‥‥‥含めて?
『朱鳥達も入れると、十人だよ。』
九人のアリバイは証明されている。つまり、そもそも『誰も浪川さんと話をする事は出来ない』のだ。
人数の辻褄が、一人分‥‥‥合わない?
それならやっぱり修くんが嘘を? だとすると綾ちゃんも同じ嘘をついた事に‥‥‥。彼らの話の内容全てに信頼性が無くなってしまって、何が何だか解らない。
「お待たせしました。」
新しいポットに淹れられた紅茶が湯気を立てた。はっとして顔を上げると修くんが戻って来ていて、これまた優雅に紅茶を注いでいる。
「修、この雪いつから降ってた?」
「え? そうだな‥‥‥俺達が帰ろうとしてた時はもう降っていたから‥‥‥午前10時以前の筈だ。」
「今は午後4時‥‥‥随分長い事降ってるな。」
止んでも雪掻きが必要だろう。だから下山する為には日数が必要なのだ。
「その午前10時以前に客は来たか?」
「いや、今日は居ない筈だ。急な客の連絡は貰ってないし、誰か来たらすぐに判るし。このホテルの存在を知っているのもごく少数だからな。」
山道は一本道で、所々にカメラが設置されている。映像は従業員がチェックしていて、今日はマネージャーが担当らしい。本当に忙しい人だ。
「‥‥‥外部もアウト、と。」
「え、久也くん何か言った?」
「いやなんでも。紅茶ごちそうさん。」
さーて、ビリヤードまだやってるかなー。とか何とか言いながら、久也くんは席を離れた。
「謎の十一人目の客、ってか。本当に居るかどうかも怪しいのに。」
「居るかもしれないわよ? 居ないかもしれないけれどね。うふふっ。」
この後の展開が非常に気になる所だが、今までのトリックに比べると‥‥‥チープ過ぎる。
「誰でも解るぞ。」
「『解るからこそ』、陥る。‥‥‥かもねぇ? ‥‥‥ああ、そうそう。読めば解る事だけど、ここから変えるから。」
「は?」
一頻りビリヤードを楽しんでから部屋に戻ると夕食の時間になった。‥‥‥が、料理は一向に運ばれて来ない。気になって部屋に居ても落ち着かない。
「お腹‥‥‥減ったね‥‥‥。」
朱鳥がそう呟く。俺の方もかなり限界だ。両親も大分空腹らしく、さっきからあまり動かない。
「ちょっと見てくる。」
「あ、私も行くよ!」
「食事が運ばれて来たらどうするの!?」
「先に食っててくれ!」
両親を置き去りにして談話室へと戻る。じいさんは相変わらず客の相手をしていた。城島さんが一緒のようだ。
「じいさん!」
「久也に朱鳥か。どうした?」
「『どうした?』じゃなくてだな、『夕食はどうした?』だろ。」
「む?」
いや、「む?」でもなくて。
じいさんは徐に、談話室にある柱時計を見た。
「おお、こりゃいかん。歳を取るとどうも感覚が鈍くなる。」
「厨房はどうなってる? 料理がまだ出て来ないんだ。」
「すぐに調べよう。国ちゃんの相手を頼むぞ。」
「("国ちゃん"‥‥‥?)」
まさか城島さんの事か? 城島さんをそんな風に呼ぶ程仲が良いのか。一人で納得して突っ込むのは止めにした。
「ここは良い所だな。」
「え?」
「誰も私の事を訊いてこない。」
「‥‥‥ここは、そういう所ですよ。俺達は小さい頃からそれを知っています。」
あの事故の後も、それに救われたんだった。
昔を懐かしんでいると、じいさんが戻ってくる。‥‥‥ただし、先程とはうって変わって焦った様子だった。
「おじいちゃん?」
「じいさん! どうしたんだ?」
「料理長が、し、死んでる‥‥‥!」
「なっ‥‥‥、何だよそれ!?」
確認されている全ての人間がこの談話室に集まっている。確認出来ていないのは、料理長と、マネージャーと、浪川さん。ここに全員が揃わなかった為、じいさんと修と綾が確認しに向かったが、マネージャーも同様に死亡していたらしい。浪川さんは行方が解らない。
「皆、今まで何処に?」
「私達はもうすぐ夕食だろうと思ってずっと部屋にいたわ。」
中村一家もだが、皆夕食時と言う事もあって自室に居た者が殆どだ。残りは談話室にいた城島さんとじいさん、仕事で歩き回っていた修。綾は先程起こされたばかり。
‥‥‥つまり、『全員にアリバイが無い』。
さっきは『全員にアリバイがあった』。だが今度はその逆、『全員にアリバイが無い』。
「どっちの方が難しいかしら?」
イチは笑いながら言った。アリバイがあるのと無いのと。推理はどちらが難しいか。そんなの、勿論‥‥‥。
「無い方に決まってるだろ。」
「流石にそこまで頭悪くは無いわよねえ? くすくすくす‥‥‥。」
「朱鳥、お前平気か?」
「‥‥‥やっぱり少し、思い出しちゃうかな。」
私は忘れたくても、忘れられないから。小さく呟く朱鳥を見て、失敗したかと思った。
「大丈夫だよ。これくらい。」
「‥‥‥そうか。」
「それにしても、誰がこんな事?」
「朱鳥が厨房に行った時はまだ料理長は生きてた。」
「うん、それは確実。マネージャーの方は解らないけど。」
「問題はその後、って事になるか。」
「修くんはマネージャーさんの部屋確認してるかもよ?」
「‥‥‥いや、恐らく無理だ。綾が休んでたから、その間は全部修の仕事になる。かなり忙しくて確認する暇は無い筈。‥‥‥駄目だ、本当に全員にアリバイが無い。」
全員にアリバイが無いという事は。誰にでも犯行が可能になってしまう、という事。
‥‥‥最悪の状況だ。
電話を掛けようにも電話線は切られているし、こんな山奥じゃ、携帯電話の電波も入らない。おまけに外はいつ止むかも解らない大雪で、一歩も外に出られないと来た。
「待ってください! 部屋に戻るのは危険です!」
あの綾が珍しく大声を張り上げた。客を分散させまいと必死なのだろう。
「浩和がそろそろミルクの時間なのよ。それにオムツも取り替えないと。」
成程、母親としては確かに一大事だ。そう思った俺は、数人で行動する事を薦めた。一悶着あったが、修が護衛を買って出た為、他の客達もついでに部屋にある必要な物を持ってくる事になったようだ。
残ったのは朱鳥と親父、じいさん、綾。乃愛さんに浩和君は結局取りに行くのを悠斗さんに任せたようだ。母さんは荷物持ちを俺に選んだ。
「本当に大丈夫か? ‥‥‥特に親父。もしもの時は頼んだからな。」
「おいおい、俺を誰だと思ってる?」
「じゃあ、すぐに戻るから。」
「いってらっしゃーい。」
「う、嘘だろおい‥‥‥朱鳥!? じいさん!! 返事しろよ!!」
「久也、見ては駄目!」
「た、高峰‥‥‥何でお前まで死んでんだよ?」
荷物を取りに行って戻る、たったそれだけの間に何が起きたのか。俺にはもう、考える余力が無かった。親父もじいさんも、綾も、乃愛さんと浩和君‥‥‥そして朱鳥まで。夥しい血がそれを物語っている。
「乃愛っ? 浩和! う、うわあああああっ!?」
悠斗さんのこの反応は無理も無いだろう。
「やっぱり、犯人は浪川さんなんじゃ‥‥‥?」
荻野さんは、恐らくずっと思っていたであろう疑問を口にする。
「まだ決まった訳じゃ無いけど、彼だけだよ。生存者の中で姿が見当たらないのは。」
口にはしないが、皆そう思っているんだろう。誰も否定しなかった。
「‥‥‥行方不明者=犯人?」
「死ねば被害者、生きていれば容疑者、ってね。往々にして行方不明者は第一容疑者にされやすい。クローズド・サークルではお馴染みかしら?」
「お馴染みだろうと何だろうと、こんな物は話にならない。そんな単純な結果が出るとは思えないぞ。」
「まあ第一容疑者にされても、結局犯人じゃありませんでしたー、なんて展開はザラだものねぇ。」
その裏を描いて実は本当に犯人かもしれないんだけどね? あっははは。
だからどうしてそう人を混乱させる事を言うんだお前は?
「さあ、続けなさい。この物語も、後僅かよ。」
扉に背を預けた修は、大分憔悴しているようだった。それも当然か。ずっと働き詰めで休みを取っていないのだから。
「修。」
「‥‥‥大丈夫か、お前?」
「そっちこそ。」
「まあ、な。」
母さんの提案で、朝食に使用した食堂へ皆で移動した。ここになら非常食もあるから、鍵を掛けて籠城しようと考えたのだ。内側からは誰でも容易に鍵を掛けられるが、外側からは解錠出来ない。
「雪が止んだら、皆で‥‥‥ううっ。どうしてこんな事に‥‥‥。」
「母さ、」
バチン。
音がして、急に目の前に暗闇が広がった。
「停電、ですか?」
この声は荻野さんだろうか。皆よりは幾分か落ち着いている。
「ブレーカーが落ちたのかもしれない。様子を‥‥‥うぐっ!? だ、誰、‥‥‥だ? ‥‥‥ぅ‥‥‥。」
ドサリと、誰かが身体を崩したような音。いや、ような、じゃない。見えないが崩したんだろう。それに、今の声は‥‥‥!
「修? お、おい! 返事しろって。」
「きゃあああああ!」
「母さん!?」
「がはっ、つ、強い‥‥‥。」
「に、逃げろ! うっ、何をする? ぐああああ!!」
「ぎゃあああああ!!」
「荻野さん、城島さん!? 悠斗さん!! くそ‥‥‥っ。」
俺は必死で扉を探り当て、何とか光を入れようとする。幸いにも扉のノブが手に触れた。
「痛っ、」
運悪く何かガラスのようなものを踏んでしまい、たたらを踏む。‥‥‥その時。
「そこまで。」
どす、と身体に真っ直ぐ突き立てられる異物。
くそ‥‥‥、油断、した‥‥‥。
意識が朦朧とする中で、最期に聞いた声の人物を頭に浮かべた。
どうやらここで終わりらしいな。それにしても‥‥‥、とんでもないな、これは。
「全員死んでないか?」
「浪川は生きてるかもよ? 行方不明。まだ犯人の可能性は捨てられないわ。」
「なのに文章はここで終わっている。」
「今回は‥‥‥そうね、『犯人』。それを考えて貰うわ。ああ、だからってその他を考えるな、なんて絶対に言わないから。自分で考えなさい。」
ええ、解ってますよ文才無い事位は。
こんな短い文章に一つのクローズド・サークル作ろうって思うのが間違いの元だって事位解ってますよ!
良いですよもう‥‥‥え、ヒント?
こんなペテンに必要なんですか?
すいませんでしたすぐに書きますだから物は投げないで下さいお願いします!
・ライアーズ・センテンス、ですよ。
・とにかくよく読む事をお薦めします。
・探偵役は誰でしょうね?