1 街道にて
いつかどこかの二人 <1>
一人の少女と一人の青年が草原の道を歩いていた。
正確に言うなら少女の後を青年がついて行っている、か。
スタスタと前を行く少女に、青年は頭の後ろで手を組みながらのんびりと追いかける。
そんな図だった。
「……」
ピタリと少女が止まった。
それに何を思ったのか、青年は顔を明るくして小走りに近寄る。
「ついてこないで」
「おおっ。三刻ばかりぶりに口を開いたかと思えばそれ? そんな冷たい事言わないで
よ~」
「いい加減うっとおしいの。消えなさい」
「うわ。ザクっとストレートだね」
「……返事は?」
少女は大仰な身振り手振りを加えておどける青年に一切取り合わない。
しかしそれにもまったくめげる様子もなく、青年は底抜けに明るく笑いながら答えた。
「No!」
「目的は?」
「いやいやいや。それは恥ずかしくて僕の口からはとてもとても」
鯉口を切る音がした。
見れば、少女の腰の太刀の鞘から少し白刃が覗いている。
「ごめんなさい。実は君の持ってる首飾りが欲しいんだ」
「ダメ。消えろ」
「早っ! いやね、それ、かなりの骨董品なんだよ、知ってた? どこで手に入れたのか
は知らないけれど、それは実に2000年もの歴史を紐解いて――」
なにかどうでもいいことを喋り始めるが、少女は右から左に聞き流していた。
実際どうでもいいわけだが。
青年の語る価値なんて意味はない。
これは一人になってしまった自分に残されたたった一つの思い出だ。それ以上の価値は
ない。
どんな理由があっても手放す気にはならなかった。
だから、
「黙れ。これ以上付きまとうのなら……斬る」
声色が変わった。
今までよりなお深く、凍えるような声。
そして近づくもの全てに牙を剥くような目で青年を見据える。
その右手はいつでも抜刀できるように柄へと添えられていた。
しかし青年は怯えなかった。むしろ、先ほどより一層なれなれしく近づいてくる。
「まぁまぁ。これでも僕は役に立つと思うよ。ほら、昨夜だって君、火をおこせなかった
し」
「……」
途端、僅かながらも頬を朱に染めて憮然とする。
「……火のおこし方はもう分かった。だから、あなたは必要ない」
「ちなみに、生木の区別はつく?」
「くっ……」
実に悔しそうだ。
言うとおり、昨夜は何も知らずに生木を火にくべてしまい、次々と大きな音をたてて
弾けていくあの様にはかなり怯えていた。
「他にも地盤の緩んだところで野営しようとして危うく土砂崩れに巻き込まれる所だった
し、まだ言うなら危うく毒の実を食べるところだったしね。一人旅、慣れてないん
じゃないの? それに、僕が川で獲って簡単に調理した魚はおいしかったでしょ。
ふふふ。あっという間に3匹を平らげてたしね。いやぁ、見ていてうれしかったよ」
しばし黙考。
品定めをするように青年を見ていた少女はやがて、
「……好きにすればいい」
「おっ。やりぃ!」
「けど、これは決して渡さない。もし私から奪おうとすれば命はないと思え。
そして邪魔になれば斬る。それを忘れないこと」
「ふっふーん。甘い甘ーい。そんな事じゃ諦めないよ、僕は」
「……私はある集団に命を狙われている。あなた、ついてくれば死ぬわよ。
――本当に」
「おお怖い。じゃあじゃあ、その時は助けてくれるんだよね。君、落盤をその剣の一振り
でなんとかしちゃうくらいとっても強い『騎士』なんだから」
「なんで?」
至極疑問な顔だった。
彼女にしてみれば、こいつは勝手についてきてるんだから自分の知ったこっちゃない
程度でしかないのだろう。
「ああっ。冷たい。まいはーといずこーるどっ。ふりーずっ!」
「……」
やけに大げさな身振りで悲壮を謳う青年に、少女はなんだか人生の分岐点というものに
ついて真剣に考えてみる。
「あっ。ちょっと待ってってば」
少女は隣に並んで鼻歌を歌いながらついてくる青年を横目で一瞥した。
「……………変なやつ」
了