ツルハシの魔法使い
お久しぶりです、吉善です。
ネットに公開する作品での初のバトル物「ツルハシの魔法使い」です。
ハウダーはナヤを救う事が出来るのか。
では、お楽しみください。
あるところに、古くから魔法使いの歴史がある、魔法の国があった。
その国の中央都市には多くの魔法使いが在住し、長年に渡り国力の基盤となっていた魔法はこの国にひつよう不可欠なものとなっていた。
……だがこの物語は、そんな都市とはろくに関わりを持たない、国の最東部にある小さな炭鉱の町から始まる。
「っだー! なんでつまみ食いしたくらいでバケツ一杯分も鉄取って来なきゃ何ねぇんだよ」
「ああもう、うるさいな。あたしが手伝ってあげてるんだから静かにしなさい」
人気のない坑道の一番奥で、ハウダーとナヤは採掘作業をしていた。
昔は一つ掘れば一つ取れると言われるほどによく鉄の取れる坑道だったのだが、掘り進めているうちに違う地層の中に入ったのか、最近はほとんどボタ(質の悪い石灰)しか出て来なくなってしまっていた。
そして現在この坑道はあまり使われる事がなく、十八にもなってたまにイタズラやつまみ食いをするハウダーを反省させるための労働場所になってきている。
そんなハウダーに見かねた坑道仲間でハウダーより一つ年上の女性ナヤは、今日だけならとボタと鉄の分別だけ手伝いに来ていたのだ。
「はぁああー。ここ、本当にボタにしかならんもんばっか出てくるな。ボタ山一トン作っちまう方が早いんじゃねぇの?」
そう愚痴をこぼしながらもハウダーはひたすら壁を掘り続け、ナヤは地面に落ちたボタの中の僅かな鉄を探してはバケツに放り込んでいた。
そんな中、掘り続けていた壁にある異変が起こる。
「……ん。あれ、抜けね」
「え?」
ハウダーが壁に突き刺したツルハシが、突然抜けなくなってしまったのだ。
刺した高さや角度はいつも通り。
だが、まるで途中から質の違う柔らかい地層にでも入ったかのようにするりとツルハシの根本まで綺麗に突き刺さり、そのまま抜けなくなってしまったのだ。
「このっ。抜けろっ」
ツルハシを持ったまま壁を蹴り飛ばし、強引に抜こうとするハウダー。
「あ、ちょっと。ツルハシ折る気あんた!」
「大丈夫。こんだけじゃ折れないって」
ナヤの制止を無視し、ハウダーは持ち手の部分を強引に上下左右させて抜こうとする。
この強引なツルハシの引き抜きが後の騒動の引き金になることを、まだ二人は知らない。
「うおっ」
「きゃっ」
突然ツルハシが抜け、ハウダーは後転でもするかのような勢いで後ろ向きに倒れてしまった。
避けはしたものの、突然転んでしまったハウダーに驚き、ナヤも尻餅をついてしまう。
「痛えー。あ、でも抜けた抜けた」
倒れた勢いで一回転しうつ伏せになったハウダーは、何もなかったかのようにへらへらとそう言った。
「そりゃあよかったね」
もう少しマシな抜き方出来ないの、と言いたそうに眉間にシワを寄せたナヤだったが、なんとなくツルハシの刺さっていた壁を見ると、それはどこかへ消えてしまっていた。
「何この穴……?」
薄暗い炭鉱に、ツルハシを抜いたときに開いた直径数センチほどの穴から光が差し込み、うつ伏せになったハウダーの頭の先辺りを照らしている。
ナヤがその穴を覗き込むと、奥行きはざっと百メートル、横幅は五十メートル、高さは五十メートルほどのとてつもなく広い空間が見えた。
その空間の地面には十メートル四方の大きな穴が開いていたり、三メートル四方のブロックを階段状に積み上げたような壁にハシゴが掛けられていたりしている。
自然のものではなく、人が使っていた時期があるようだ。
「何か見えるのかー?」
「この先空洞になってる。すっごい広い」
ハウダーの質問にそう答えると、ナヤは一度穴から目を離す。
「そっか。よし、じゃあ穴開けてみるか」
「は?」
先ほどまで愚痴をこぼしていたハウダーが、今までとは打って変わってやる気のある表情に変わり、袖もまくり直している。
明らかに、この壁を壊すつもりだ。
「え!? ちょっと!」
ナヤが静止しようとした時にはもうハウダーは掘り始めており、それ以降はいくら止めようとしても止まらない。
そして穴はだんだん大きくなり、ついには人が通れる大きさにまで広がっていった。
「広ぇー!」
自分で掘った穴から顔を出したハウダーは、まるで秘密基地に出来そうな場所を見つけた子供のように、すぐさまその空間に飛び込んでいった。
そのハウダーを追うように、ナヤも穴を通りその空間に入る。
偶然なのか、それとも誰かが計算したのかはわからないが、とてつもなく広い空間の地面とさっきまでいた坑道の高さがほぼ一緒だ。
もし空間の地面よりはるか高くにこの穴が出来たなら、高すぎて降りられないからと引き返す口実となっただろうとがっかりした。
だが、その反面、ハウダーがろくに地面の確認もせずに飛び込んでいった事を思うと、ナヤはゾッとしてしまう。
そこらをはしゃぎまわるハウダーに対し、ナヤは冷静であった。
自分達が今まで掘っていた坑道の位置から考えると、すぐ近くに坑道を私有地として所有している人物がいることを思い出した。
そうか、ここはその人の坑道で、掘り進めるうちに入り込んでしまったのだ。とナヤは冷静に考え、ハウダーを連れて一旦来た道を引き返し地上に出ようと考えた。
穴を開けてしまったのは謝らなければいけないが、今なら大して怒られたりはしないだろう。そんな事を思いながらハウダーを探すナヤ。
だが、ハウダーの姿ははるか数十メートル先。しかも、ナヤに背を向けて全力疾走していた。
なんとハウダーは、掘られたあとのある壁を見つけるやいなや、一目散にかけていってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待って! ここ人の坑道……」
ハウダーを引きとめようとしたが、それはもう出来なかった。
気が付いたのは、掘られた壁に向かう途中にある深度数メートルといった溝にハウダーがハシゴで降りていった直後。
濡れたティッシュのようなものを持った左手が、ナヤの視界に入る。
それとほぼ同時に、ナヤの右腕が強い力で後ろに引っ張られてしまった。
――背後からの、男の両腕。
それに気が付いたときには身動きが取れないように右腕でがっちりと掴まれ、口はティッシュで押さえつけられる。
驚き、ナヤの頭の中で警報機でも鳴ったかのような錯覚に陥った。
――ハウダー……!
助けを呼ぼうにも口を押さえられて声が出せない。
それどころか、ティッシュから臭う薬品のようなものを嗅いだ瞬間から、体がおかしい。
抵抗しようにも力が入らず、拳を握りしめることすら出来ない。まぶたが重くなる。
ナヤは何一つ抵抗も出来ないまま眠りについてしまった。
ガスッ、ガスッ!
ナヤの身の危険にまだ気づいていないハウダーは、面白いように鉄の出てくる壁を無我夢中で掘り続けていた。
壁に向かってツルハシを何度も突き刺す。
今まであんなに嫌だった掘削作業が、今ではまるで至福の一時。
だがしかし、地面に転がった壁の破片から鉄を取り出そうとしゃがみ込んだ瞬間、ハウダーはその一時から一気に現実に引き戻された。
ガンッ!
壁に石が当たり、手には当たらなかったが、ハウダーが拾おうとした鉄の横に落ちてきた。
(……!?)
振り向くと、ハウダーは背筋が凍った。
野球のピッチャーがボールを投げた後のようなポーズをとっている迷彩柄のタンクトップを着た男が一人。
その後ろに同じ服を着た男が二人。
その男達はハウダーが普段共に仕事をしている炭鉱マン達とは比べものにないほどに、柄の悪い厳つい顔をしている。
外見だけでは内面は分からない、と昔ハウダーは聞いた事があった。
だが、ただ単に勝手に穴を掘ったから怒っている、とは思えないその睨み付けるような目付きは、ハウダーにはどうしても悪人にしか見えない風貌だった。
ちっ、とポーズを取っていた男が舌打ちをする。
この坑道を見つけた時、あまりの嬉しさにバケツを持ってくるのを置き忘れてしまい、仕方なく被っていたヘルメットを代用していた。
そのせいでハウダーの後頭部を守るものはなく、その男はそこに石を投げつけていたのだ。
「……え?」
ナヤが目を覚ますと、手足がロープで縛られた状態で体格の良い男性に担ぎ込まれ何処かへ運ばれていた。
「えっ……。ええっ……!?」
ナヤは辺りを見回した。
ここも、さっきまでいたようなとてつもなく広い空間。
だが自分は、縛られてさらに担ぎ込まれている。
他にも、迷彩柄のタンクトップを着た男性が数名。
ナヤにはもう、何が何だか意味が分らなかった。
「あら、もう起きちゃったの?」
混乱しているナヤの視線の先に、身の細い怪しい風貌をした男性が入ってきた。
どこがどう怪しいのかというと、まず目に入るのはその男の外見だ。
先端が若干上にカールした金髪のリーゼントを揺らし、中世ヨーロッパの紳士のような衣装に所々虹色を加えた独特な服装をしている。
その奇抜な姿もそうであったが、自分の置かれている状況にナヤはあ然とした。
「あらまあ驚いちゃって、私のこのサブリメイション(昇華的)な姿に見惚れちゃったのね」
その奇抜な男性がそう言うと、ナヤを担いだ男性を始め、周りにいるタンクトップの男性全員がそれを称えるかのように、今日もサブリメイション極まっております、だの何だのと口々に言い始める。
「あんた達誰!? 降ろしてよ!」
「あら、降ろす訳ないじゃないの。あなたは商品なのよ?」
その言葉に、ナヤは思い出したくないものを思い出してしまった。
最近、南部地方に人さらい集団が出現した事。
そしてその集団が、迷彩柄のタンクトップを身に着けていた事だ。
「ひ、人さらい……!」
怯えた表情をしたナヤを見て奇抜な男性がニヤリを笑う。
その時だった。
ドンッッ……。という爆発に似た音が男達が向かっていた出口近くから響いた。
その方を向くと、壁に先ほどまでは無かったヒビが入っているのが目に入った。
「……?」
ナヤを始めとするその場にいた全員が、いったい何なのだろうかとそのヒビを見る。
そして次の瞬間、その周辺の壁が吹き飛び、人が歩いて通れるほどの大きな穴が開いた。
砂埃が舞い壁の様子がよく見えない。
だが、その中から腕が一本、指差す形でとび出す。
「み、見つけたー!」
砂埃の中から作業着姿にツルハシを右肩に担いだ男が一人。
ロクに道も分らない坑道の壁を壊しながら縦横無尽に進み、ナヤを追ってきた男。
ハウダーだ。
「って、うわっ! なんだこの変なオッサン」
「オ、オッサン……!?」
ハウダーのその発言に敏感に反応する奇抜な男。
タンクトップの男達がそれをフォローしようとしたが、奇抜な男は大声を上げた。
「あなた達、このダナナ様をオッサン呼ばわりする不届きものを、後悔させなさい!」
ダナナと名乗る奇抜な男性がそう言った瞬間、ナヤを担いでいた男がナヤを降ろしたかと思うと、タンクトップの男達が一斉にポケットからナイフを取りだした。
「やっちゃいなさい!」
ダナナのその一言で、男達がハウダー目掛けて走り出した。
ハウダーまでの距離、約五十メートル。
逃げてとナヤがハウダーに向かって大声で叫ぶ。
だが、ハウダーは逃げもせず、かといって怯える訳でもなく砂煙の中から飛び出す。
そして、肩掛けていたツルハシを手に持ち、高々と振り上げる。
「イメージするっ!」
ハウダーが大きな声でそう言った。
ナヤやハウダーに襲いかかろうとしている男達には分らなかったが、ダナナだけはその意味を理解し、ほう、とだけ言った。
「イメージすれば……何だって出来る!!」
振り上げたツルハシをハウダーが地面に叩きつけると、約一メートル四方のブロックが地面から三つ、押し出されるように出現した。
「くらえー! ブロックノック!!」
ハウダーはそう叫ぶと、一番下のブロックをまるで野球のバッティングの様にして、打った。
日々の掘削作業によりハウダーの体格はなかなかのものになっていたが、明らかに一トンは下らないブロックを、それも巨大なハンマーではなくヒビを入れるのが精一杯と思われるツルハシで打っている。
それにもかかわらず、ブロックは打たれた野球ボール並みの速さで跳んでいく。
ナヤはそれを見て驚く。
だがそれ以上に驚いたのは、ダナナのタンクトップの男達だ。
何せ、単なる炭鉱マンだと思っていた男が、超人さながらの力でブロックを弾き飛ばしているからだ。
「魔法使いね」
そうつぶやいたダナナの言葉に、ナヤは耳を疑った。
魔法使い。炭鉱の町で育ったナヤやハウダー達には半ば無縁の存在であったが、小さい頃に話だけは聞いたことがあった。
中央都市にいると聞いた事のある魔法使いだが、実際に見たのは今日が初めてで実感がわかない。
ましてや、今までそんな素振りすら見せなかったハウダーが魔法使いだなんて実物を見ても信じられなかった。
「ハウダー! あんた、いつから魔法なんか……」
「ついさっき!」
ナヤの問いかけにそう答えるハウダー。
鉄を採ろうと穴を掘っていた際、ハウダーは男達に襲われた。
男達にされるがまま暴行を受けたハウダーだったが、とっさに手に取り振り回したツルハシが地面に突き刺さった瞬間、その部分が爆発した。
そして魔法を使って男達を倒し、まだ気を失っていない男の一人からナヤがさらわれたことを知り、ここまで駆けつけた。
これが、ハウダーが魔法に目覚める第一歩であった。
魔法を使う以外はいつも通りのハウダーは、一発ブロックを飛ばすたびに男を二、三人まとめて吹き飛ばし、たった三発のブロック飛ばしでタンクトップの男達を全滅させてしまった。
「おい! 後はもうおまえ一人だ、諦めてナヤを放せ!」
汗だくで息切れまで起こしながらも、ハウダーはツルハシをダナナに向けてそう言い放った。
だが、ダナナはにこりと不敵な笑みを浮かべた。
「あらあらあら……。ほんのちょーっと魔法が使えただけで、無敵にでもなったつもりかしら、坊や?」
その笑みと言葉に、ハウダーは危機感を覚えた。
あの大勢の男達に命令していたところからして、おそらくダナナはリーダー的存在。
なのにこの奇抜な男、非常に細身でとても人さらい集団のリーダーには見えない。
まさか。と、ハウダーは思い、ツルハシを振り上げる。
「おらああぁぁああ!!」
地面にツルハシを突き刺し、今度は地面から押し出されたブロックを大砲のように直接飛ばす。
だが、ブロックが直撃する三メートル手前でダナナが手をかざしたとたん、ブロックが空中で停止。
そしてそのまま無数のヒビが入り、ブロックは粉々に砕け散ってしまった。
「や、やっぱりこいつ、魔法使い……!」
ふふん、とダナナは鼻で笑う。
「魔法が力ずく。私とは大違い。あと、私がもしブロックを避けてしまったらこの子に当たるかもって事を気にしないのね。あなた」
そう言うと、ダナナはナヤの方をチラリと見た。
もう一発打とうとした、ハウダーのツルハシが止まる。
「卑怯よあんた! アタシを盾にする気ね」
「まさか。あなたは大切な私の商品なのよ、キズなんか付けたくないわ。だから……」
ダナナは視線をハウダーに戻す。
ふざけ半分の様な雰囲気だったダナナの目がついに、本性を現した悪人の目に変わる。
「あなた、邪魔なのよ……!」
そうぼそりとつぶやくと、ダナナは右手をぐっと前にかざす。
その時、坑道に突風が吹き抜けた。
「!」
風圧に飛ばされまいとハウダーはとっさに踏ん張ろうとする。
だが、小石をいくつか巻き込んだ小さな竜巻に巻き込まれたとたん、体が浮き三メートル以上後ろに飛ばされてしまった。
「うおわぁぁっ!」
地面に背中から激突。
すぐさま起き上がろうとするが、ダナナはそんな暇も与えない。
握り拳ほどの真っ赤な火の玉が数個、ハウダーめがけて飛んでくる。
「くっ……」
突風の中でも放さずに持ち続けたツルハシを仰向けの状態で振り上げ、ハウダーから見て頭部より上の位置にある地面に突き刺す。
津波のような形で跳び出した地面がハウダーを包み込み、火の玉から守る壁となる。
「守ってちゃ勝てないわよー!?」
火の玉が再び襲いかかり、ハウダーを守る壁を少しずつ破壊し始める。
攻めなきゃ勝てないのなんか分ってる。と、ハウダーは歯を食いしばりながら心の中で思った。
先手必勝。ハウダーはナヤを救うためには、何が何でも攻め続けなければと考えていた。
実際、迷彩柄の男達が襲いかかった時も攻撃される前に攻撃し、その男達には勝つことが出来た。
まさに先手必勝。攻められる前に攻め、倒される前に倒す。
だが、このダナナにはそれが通じない。
攻められる前に攻める。よりも先に攻められる。
身を守るのが精一杯。いや、壊れていく壁を見る限り、守りきるのも恐らく不可能。
そしてついに、火の玉によって壁に穴が開いた。
「……!」
とっさの判断だった。
ハウダーはツルハシを使って自ら壁を破壊し、その破片で火の玉をかき消しながら横に避ける。
守りきれないなら、避ける。そして、攻める。
火の玉が跳んで来ない位置に来たのを確認し、ツルハシを振り上げたハウダー。
だが、ハウダーは奇妙なものを目にした。
ダナナが胸のあたりまで手を上げ上を指差し、人差し指をくるくると回し始めたのだ。
「伏せてハウダー!」
ハウダーがその意味を理解するより前に、ナヤがそう叫んだ。
だが、間に合わなかった。
「がああぁぁああ!!」
ハウダーの背中に何かが直撃し、爆風が吹く。
火の玉が、まるでブーメランのように急激なカーブをし、ハウダーの後ろから襲いかかったのだ。
ハウダーは吹き飛び、まるで糸の切れた操り人形のように前に倒れ込む。
「ハウダー!!」
倒れ込んだハウダーに、ナヤは叫び声を上げながら泣きだす。
「……さて、これで邪魔者は消えたわね」
倒れ込むのを見終えたダナナが、ナヤを無理やり立ち上がらせる。
ハウダーという男はもう動けない。
ダナナがそう思った瞬間だった。
「待てよ」
爆風から起こった砂煙の中。
そこには、頭から血を流しながらも立ち上がったハウダーの姿があった。
「まだ、勝負はついてねえ」
「あら、以外にタフなのね」
ダナナは動揺すらせず、もう相手をするのが面倒くさそうな表情をした。
「ふざけんなよ……。さっきから邪魔だ邪魔だって、ナヤを自分の物みたいに言いやがって……」
ハウダーは再びツルハシを振り上げる。
「ナヤは……お前なんかに渡さねええぇぇええ!」
ツルハシは、振り下ろしされた。
――が。
ハウダーの反撃。そのために振り下ろしたツルハシ。
だが、ツルハシの先が刺さった地面からは、何も起こらなかった。
「アーッ! ハッハッハッハッハッハァー!」
ダナナは高笑いを始め、ナヤもそれが何を意味しているのかを悟った。
精神力、つまり心をエネルギーに変え、動力や風、火などに変える魔法。
だがその源であるエネルギーも無限ではない。例えそれが、心であったとしても。
「魔力切れ……」
ガララァン!
ナヤがそうつぶやいた瞬間、ハウダーは掴んでいたツルハシを滑り落とした。
そして、両ひざと手のひらを地面につけ、額を地に叩きつける。
「頼む。ナヤだけは、連れて行かないでくれ」
――土下座。
文字通り為す術のなくなったハウダーに出来ることは、地に着くまで頭を下げ、そして……。
「代わりに俺を、どこにでも売り払っちまっていいから……!」
と、言うことだけであった。
ふふっ、とダナナは心の中で小さく笑った。
魔法に目覚め、雑魚を倒しただけで強くなったつもりな身の程知らず。
実力もなければ、魔力が切れればすぐに降参する根性なし。
そして、頭さえ下げれば許してくれるという甘い考え。もはやただのガキ。
ダナナの目には、今のハウダーはそんな風にしか写らない。
だが、魔法使いをさらう話など聞いた事がなく、もしかしたら高く売れるかもしれないのも確か。
連れ去る価値はある。
とはいえ、片方を見逃す気などさらさらない。
だがあえて、あなたが捕まればこの子は見逃す、とダナナは言った。
「バカッ! 逃げなさいハウダー!」
「うるせえナヤ! 黙ってろ!」
ダナナの考えに感付いたナヤが逃げるよう促すが、ハウダーはまるで聞く耳を持たない。
土下座をしたままのハウダーに、ダナナはゆっくりと近づいていく。
そしてある程度近付いた地点で、ダナナはハウダーを絶望させるためにこう言い放った。
「助けてあげるなんて嘘ー! 二人まとめて売り払ってや……がはっ!」
最後の部分はダナナ独自の高揚感を表現した言葉……な訳がない。
ダナナが背後から攻撃を受けたのだ。
結果的には、ダナナは三メートル四方、厚さは一メートルほどの壁に押し潰されている。
その一部始終を、ダナナを背後から見ていたナヤが目撃していた。
それは、ハウダーに向かって歩いていたダナナがある程度近づいた瞬間だった。
背後からの地面がまるで仰向けの状態から上半身だけ起こした人間のように、巨大な板状の地面が起き上がり、そしてその勢いのままダナナ下敷きにする形で倒れ込んだのだ。
「……!?」
ハウダーは魔力切れなのにもかかわらず、魔法としか思えない力が働いた。
だが、それがハウダーの仕掛けたトリックであるという事を、ナヤはその直後に知ることとなる。
「昔っからあるネズミ取り用の罠と、同じ仕組みだ」
土下座から頭を上げ立ち上がったハウダーのその言葉に、ナヤはそのトリックを理解した。
魔力切れにより不発となったと思われた最後の一振り。
だが、それは確かに発動していたのだ。
ハウダーも言ったように、魔法はイメージをすれば何でも出来る。
その瞬間ハウダーがイメージしたものは、罠だったのだ。
まず大きな板が起き上がり、そのまま押し潰すように魔法で仕掛けを作る。
そしてそれと同時に、起き上がろうとする板を押さえるフックと、それを特定の位置の地面を踏んだ瞬間に壊すスイッチとなる仕掛けを作る。
その後、魔力切れで不発したフリをして降参し、代わりに自分を連れて行くよう頼み込む。
そうすればダナナは、チーズに誘われたネズミのように地面のスイッチに向かって歩み寄り、まんまと罠にはまってしまうのだ。
土下座は、ダナナをほんの僅かでもさせるための一種の演出。
ハウダーは例え実力に雲泥の差がある相手であろうと、諦める気なんかさらさらなかったのだ。
「背中に火の玉くらった時、後ろから不意を突きゃあ倒せんじゃねえかって思ってな」
「なぜ……。なぜ魔法に目覚めたばかりのあなたが、こんな膨大な魔力を……」
下敷きになったダナナは、今にも気を失いそうになりながら、そう言った。
「魔法のエネルギーは心。こんだけブチキレりゃあ、いくらだって使えるに決まってんだろ……。さっきからナヤを商品商品って、人さらいだか何だか知らねぇが……!」
ハウダーはそこで、息を大きく吸った。
「ナヤは俺の物だ! お前なんかに渡すかよ!!」
そう口を滑らせてしまったハウダー。
彼が耳まで真っ赤になるほどに赤面するまで――あと、二秒。
――それから、約一月半後。
「本当に行っちゃうんだね。ハウダー」
「ああ。この前の事が魔法学校の人に知られて、そこに招待入学だもんな。強制だけど」
ハウダーの手には新聞紙で包み、その上から布で包まれたツルハシが握られていた。
どうもこれがないと魔法が使えないようで、これからもツルハシが相棒になるようだ。
そう……。と返すナヤ。
「ところでさ。アタシって今、誰のものなんだろね?」
漫画でいう吹き出しが、ハウダーの背中に突き刺さった。
ナヤに顔を見られないように、特に何もない向かい側の列車のホームを見つめるハウダーは、なぜナヤ以外の皆が駅まで見送りに来なかったのかを悟った。
「ナ、ナヤの親。じゃないかな……」
「ああ。だから『僕に娘さんを下さい』ってセリフが定番なのね」
ハウダーの背中に、また何かが突き刺さった。
「あ、来たね。列車」
ナヤのその言葉にハウダーが線路の向こうを見ると、列車が向かってくるのが目に入った。
そして、ハウダーの目の前に列車の扉が現れた。
その扉が開いた瞬間、ハウダーはナヤに背中を押され、押し込まれるように列車の中に入れられた。
まだ閉まっていない扉越しに、ハウダーはナヤの手によって回れ右をさせられる。
「ハウダー」
「え……?」
いきなり真剣な表情になったナヤに、ハウダーは少しドキッとした。
「付き合っていいから、頑張ってね」
「お……。おう」
そこで二人の間は扉によって阻まれ、ハウダーとナヤの会話はここで終わった。
あまりに急に言われたため反応しきれなかったが、扉が閉まった瞬間にハッとし、ハウダーは窓の外を見た。
窓の向こうにいるナヤは背を向けて、背中を見ろと言いたげに自分の背中を指差していた。
まさかと思いハウダーが背中に手を伸ばしてみると、冒頭に追伸と書かれた一枚の紙が張りついていた。
『付き合ってもいいです。ですが、うつつ抜かしてプー太郎状態で帰ってこられても困ります。ですので、最低でも魔法使いとして一人前になって帰ってこなければ、約束は守りません。じゃ、頑張ってね』
「な……。なんだそりゃー!」
ナヤの最後の一言の意味を少しだけ理解したハウダーの大声は、列車中に響いたという。
そしてこの物語は、後にツルハシの魔法使いとして名をはせる男の人生の、ほんの序章に過ぎない。
改めまして吉善です。
「ツルハシの魔法使い」いかがでしたでしょうか?
感想を書き込んでくれると嬉しいです。
では、次回作でまた、お会いしましょう。